63話
僕はマヤと一緒に埼玉の郊外の街に来ている。家とコンビニ、それと少しの畑しかない。ベッドタウンという言葉が相応しい町だ。
僕は実家のチャイムを鳴らした。
ドタバタと足音が聞こえた後、玄関の扉が開く。
「「醒、お帰りなさい!」」
僕の両親だ。
「ただいま、お父さん、お母さん。」
両親はマヤを見て驚いたような表情をしている。そういえばマヤの外見については何も話していない。
「お前、とんでもないべっぴんさんを連れてきたな?」
「べっぴんさん?」
マヤが首を傾げている。
「醒、この子は絶対に大切にしなきゃだめよ。」
「とりあえず、褒められていることはわかりました。マヤ・ベネットと言います。今日はよろしくお願いします。」
「こちらこそよろしく。さあ、入って。」
そこからは、僕の知らない両親の一面を見ることになった。
まずは、父さんが寿司の出前を頼んだ。これは僕が生まれてから一回もない、初めてのことだった。ちなみにアメリカ人と伝えたマヤの口に合わなかった時のことも考えて、ピザも注文していた。
父さんは寿司が食べたくなったら、自分で魚を釣って、捌いて握るくらい、ドケチというか真面目というか、堅い性格だ。話を聞いたマヤも、
「お父さんの時給を考えたら、買った方が安くないですか?」
と言っている。さりげなく「お父さん」と呼んでいる点に目をつむれば、僕も同意する。だが父さんは、
「休みの日は給料出ないし、趣味みたいなもんだから。」
と言っていた。
母さんは、あらかじめ用意していたアルバムをマヤに渡すと、
「可愛いでしょう?好きな写真があったら印刷してあげるから!」
と言った。マヤが写真を指さすと、パソコンを開いてSDカードを入れ替えながら、プリンターで写真を印刷していた。そんな管理方法をしていたのは初めて知った。あと、恥ずかしいからあまりたくさん見せないで欲しいとは思った。
出前の寿司とピザが届くと、みんなで食事をしながらマヤの紹介をした。幸い、僕の両親には催眠が効いた。
「アメリカのどこ出身なの?」
「本当は宇宙人です。」
「へ〜、結構都会育ちなんだな。」
と、催眠が効かない僕にとっては、気持ちの悪い会話になったが、マヤの紹介は無事に終わった。
その後は、かなり真面目で、僕にとっては意外な話が始まった。
まず、父は自分たちの通帳の預金残高を見せて、
「これは私たちの介護に備えているお金だ。ただ、孫ができたら学費に回して、後から返してもらえればいいと考えている金でもある。そしてこっちはお前たちの家の頭金に使えそうなお金だ。うちで一緒に住むならこっちの金も浮く。」
など、お金の事情について事細かに説明し始めた。まだ僕には実感しきれない人生のお金についての話で、難しかったが勉強になった。
母はパソコンを操作して、ネット証券口座を開いた。
「緊急時のお金を用意した上で、すぐ使わないお金の一部を、私たちは投資に回しているの。NISAっていう制度がものすごく優秀なのよ。後でお父さんから渡される本に詳しく解説されているわ。」
と、実際に何に投資をしているのかを説明してもらった。
その後、父さんから山ほど本を預かった。これがあるから、前もってリュックサックなどの大きな荷物が入るものを持ってくるよう言われていたのだ。
「このメモに書かれている順番で読むといい。父親として生きる上で大事なことは、この本たちに教わった。」
その中には僕が大学に入ったばかりの時にマルチ勧誘をしてきた人が持っていた、『金持ち父さん、貧乏父さん』という本もあって僕は少し不安になった。
父さんは、そんな僕の気持ちを察したのか、
「内容をよく理解せず、悪い使い方をする人がいる本なのは知っている。だが、本に罪はない。内容自体は名著だ。お前にも読んでほしい。お前なら理解できる。」
と言っていた。
そんなことを話していると、あっという間に空が暗くなっていた。
車を持っていないと交通の便が悪い町だ。僕たちは車で駅まで送ってもらい、そこからは電車で帰ることにした。
車の中では、
「まだまだ未熟者だが、お前が立派な人間になることを信じている。応援しているぞ。」
「マヤちゃん、交通の便が悪くてなかなか来れないだろうけど、いつでも遊びに来ていいからね。家事のことならなんでも教えられるし、空のアルバムを買っておくから、追加で欲しい写真もあげられるわよ。」
などと、そんなことを言われた。
僕たちは駅のロータリーで降ろされた。マヤと一緒に見えなくなるまで手を振ると、マヤは最初にこういった。
「なんか、醒さんをより濃くしたような、変わった人達ですね。初対面で通帳の残高や証券口座を見せられても、びっくりします。」
「変わった人ってのは否定できないな。」
「でも、いい人なのは伝わりました。今日、挨拶に行けてよかったです。」
そう言ってもらえてよかった。僕たちは自分たちの街に帰ることにした。




