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53話

デート前日の準備は、何の問題なく終わった。受け取った花束は綺麗だった。それをディナーの店に預け、指輪とネックレスも問題なく買えた。

そして今日、当日。僕はクローゼットからお気に入りで、普段はあまり使わないとっておきの服を取り出す。黒のスラックスとジャケットだ。

これなら街を歩いても浮かないカジュアルさもあり、ディナーの雰囲気を壊さない程度にはきちんとした服装になれる。

『こういう服着てカフェに入ると、俺たちは社会人と見分けがつかなくなってカッコいい』

そう前田くんが言ってたときはちょっと馬鹿馬鹿しいと思った。けれど、実際やってみると楽しかった。それに、今日みたいな日にも役立つ。買ってよかった。

僕は着替えて髪をセットする。約束の時間まで余裕がある。あまり早くマヤを家まで迎えに行って、準備が出来てなくて焦らせてしまっても申し訳ない。僕の準備は終わったが、少し待つことにした。

スマホを確認して緊張を紛らわせる。『マヤちゃんへの告白を成功させようの会』に新しいチャットが来ている。水瀬さんからだ。

『今日、私シフトに入ってるから、帰りにコンビニ寄ってくれれば会えるよ!マヤちゃんがどの服選んだのか気になるから、寄ってくれない?』

僕は返信する。

『分かった。寄るよ。』

スタンプを添えて送ると、水瀬さんからもスタンプが返ってきた。

おかげで、いい感じに緊張もほぐれた。僕はマヤの家に向かう。異様に蠢く迷彩に覆われたマンションは、見ていると不安な気分になる。今日という日はなおさらだ。

僕はエントランスホールに入りセキュリティ装置兼インターホンに、マヤの部屋番号、503を入力する。

「はい、醒さん。準備できてるので、今開錠しますね。」

マヤの声が機械から聞こえた後、自動ドアがひとりでに開いた。僕は中に入りエレベーターの前まで行くと、既に猫が待っていた。

「お疲れ様です。」

声をかけたが、猫は一切動じなかった。多分、聞こえたうえで無視されている。そういう動物だと聞いたことがある。

猫が先にエレベーターに入り、足元のスイッチで4階を押す。するとミャオ、と声をかけられたので、

「5階です」

そう答えると、足元のスイッチで5階を押してくれた。

猫は先に4階でエレベーターを降り、次の階で僕も降りる。

503号室の呼び鈴を鳴らすと、足音がして玄関の扉が開く。

「おはようございます。…醒さん。今日はカッコいい服着てますね。いつもカッコいいとは思ってますけど。」

そういうマヤも、綺麗だった。黒のワンピースと長い金髪のコントラストが見事で、芸能人ではないかと錯覚するほどの美しさだった。

「おはよう、マヤも綺麗だよ。」

「えへへ、ありがとうございます。私はこの服が好きです。醒さんはどうですか?」

好きって言え、という圧力を感じる。

僕も何回か口にして少しだけど言えるようになった。それに、マヤに対して好きと直接言うわけではない。マヤの服に対して言うのだ。ならば、僕のポリシーにも反するわけではない。

「僕もその服、好きだよ。」

「嬉しいです。好きって言ってくれて。その調子でたくさん言ってくださいね!」

僕たちは二人で駅まで歩き始めた。

「帰りにコンビニ寄って行こう。確か水瀬さんのシフトだったはずだよ。」

「そうなんですね。この服、実は結愛ちゃんとヴェリティさんと一緒に買いに行ったんです。改めてお礼が言いたい気分です。ぜひ寄りましょう!」

実は知ってたけれど、

「そうなんだね。楽しかった?」

そう言って。話を合わせた。

「はい!花瓶と花、綺麗な洋服、それと女の子だけの秘密の買い物も。とっても楽しい時間でした。」

女の子だけの秘密の買い物。その話は、全く聞いていない。

「秘密の買い物って?」

「それは秘密です。でも、買ったものは、その時が来たら見せますね。」

なぜか顔が赤くなっている。体調が悪いわけではなさそうだが…。

話しながら歩いていると、駅についた。

マヤは入り口でこなもんのパスケースを取り出し、改札機にかざした。…どうやら残高不足だったようだ。改札機のバーにぶつかり、通せんぼされている。

「痛いです…。」

僕はマヤにチャージの方法を教えて、改めて駅の中に入る。

電車はすぐにやってきた。僕たちは二人で座る。

「電車からの景色って素敵です。あっという間に流れていくのがいいです。テレビでも放送してくれたら楽しいのに。」

「世界のいろいろな電車の車窓からの景色を放送する番組、好きだったな。今もやっているのかな。」

そんなことを話しながら過ごしていると、あっという間に二人の思い出の街に着いた。


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