47話
僕は目覚める。まだ頭はフラフラするが、理性を保てそうだ。
「おはようございます。醒さん。」
マヤさんは『醒さん』を強調してそう言った。
醒さん?大事なことをまだ思い出せていない気がする。
マヤさんは、膝枕をしてくれている。僕はゆっくり起き上がる。
「気をつけてくださ…あれれ、足が痺れて動けません。」
まだ何も思い出せないが、かなり長い時間膝枕をしてくれていたようだ。申し訳ない。
僕は注意しながら立ち上がり、冷蔵庫へ向かう。水と肝臓サポート飲料の入ったビニール袋を持ってマヤさんの元に戻る。
「とりあえず二人で水を飲もう。酔いを覚まそう。」
「「乾杯」」
と二人で小さく言って今度は水を飲む。
肝臓サポート飲料は初めて飲んだが、あまり好きじゃない味がした。
「醒さん。ずいぶん酔ってましたし、寝ちゃいましたね。どれくらい覚えています?」
「僕は飲んだ直後は記憶が曖昧になるけど、必ず思い出すよ。だから恥ずかしくて酔いたくないんだ。」
マヤさんは、「じゃあ、」と切り出して口を開いた。
「醒さん。今度はお酒の力を借りずに、もう一度お願いします。」
アルコールでフラフラになった頭で考える。思い出せ、何があった…。
しばらく水を飲んで冷静になり、全てを思い出した。
「マヤさ…。じゃなかった。マヤ、とんでもないことをしてくれたね。」
「だから言ったじゃないですか。悪い子になってもいいですか?って。醒さんも私のおっぱいを触ったので、恨みっこなしにしましょう。」
それを言われると言い返せない。
それに一度口に出してしまった言葉を引っ込める、不誠実なこともしたくない。今後はマヤさんじゃなくてマヤと呼ぼう。
そして…。
「どうしましたか?思い出したんですよね?じゃあ、早く早く!」
「…やっぱり無責任だよ。好きって言葉は、マヤの幸福を保証できる立派な大人になってから言いたい。」
「それじゃあ嫌!って言ってるんです。醒さんは子供たちの純粋無垢な『好き』って言葉も全部否定するんですか?」
「話を壮大にしても、僕には関係ないよ。それに、他人がどうとかじゃない。誰が誰に好きって言っても自由だと思う。でも僕の好きって言葉は僕が自由に使う。そして、大切にしたいと思うんだ。」
「冴木さんの考え方は素敵だと思います。でもヤダヤダヤダです!たくさん好きって言って欲しいです!」
珍しく喧嘩のような雰囲気になってきた。マヤさんは駄々をこね始めている。
僕はこれ以上マヤと揉めたくない。仲良くしたいと思っている。
「じゃあ、とりあえず一回。無責任に言うから。ちゃんと聞いてて。」
「はい。わかりました。」
僕は緊張してしばらく沈黙が続いたが、それを打ち破ってこう言った。
「マヤ、好きだよ。」
「はい!私も好きです!ありがとうございます!」
言ってしまった。無責任に。罪悪感と心地よさが混じる、変な感覚だった。マヤは笑顔になっている。とりあえずは、それで良かったということにしておこう。
その後は僕の体調が戻るまでマヤが面倒を見てくれた。
寝室の布団で休んでいいと言われたが、流石に遠慮して、ソファに横になって休んだ。
マヤは今、近くのコンビニまで追加の水と肝臓サポート飲料を買いに行ってくれた。
僕はソファに横になって考える。今後マヤに好きって言うかどうかだ。
確かに人は、僕みたいに大げさに考えずに人を好きって言うだろう。でも、僕はもっと言葉を大事に使いたい。
答えは出なかった。
すると玄関から物音が聞こえた。
マヤだろうか。ずいぶん早い。最寄りのコンビニに行って帰ってきたとは思えない速さだ。
とりあえず僕は出迎えるために玄関に向かうと、そこには予想外の人物もいた。
「やっぱり冴木くんが85でマヤちゃんが888か。」
ヴェリティさんだった。後ろにはマヤがいる。
「ヴェリティさんに途中で会ったんです。詳しい事情はこれから話しますが、冴木さんを心配して水などを買って様子を見にきてくれたそうですよ。とりあえず上がってください、リビングで話しましょう。」
お酒に酔ってるわけではないのに、わけがわからず困惑した。
僕たちはリビングで話を始めた。ヴェリティさんは話し始める。
「説明するね。私のプレゼントした当社の製品の利用により取得されたデータは、当社のサーバーへ自動的に送信され、今後の製品品質向上や不具合修正のためなどに利用される。」
仕事モードの話し方だった。
「超ざっくり言うと、マヤちゃんと冴木くんが私のプレゼントを使ったデータは会社で見れるんだ。そこで、888という異常値が検出されたの。」
「888って、エラーじゃないんですか?」
「エラーの場合は『E』と一文字だけ表示される。ほらここ。説明書にも書いてあるよ。」
宇宙語なので全部はわからなかったが、それっぽいことが書かれているのはなんとなくわかった。
「冴木くんが888だったなら、マヤちゃんを優しくリードしてくれるだろうから心配はしてなかったんだけど。地球人で出るデータじゃないからマヤちゃんだろうと思って。それで、冴木くんの身を心配して水をたくさん買って行こうとしたところ、マヤちゃんに出会ったってわけだ。」
「なるほどです。やっぱり私はお酒に強くて、機械も故障じゃなかったんですね。」
僕もなんとなく理解した。
「で、ここからは私のお仕事の話。二人の邪魔はしたくなくて気は進まないんだけど、冴木くん。マヤちゃん貸してくれない?今うちの部署は異常値のデータで大騒ぎ。本人のマヤちゃんに話を聞きたい、体の調査をしたいってんでドタバタしてるんだ。」
「さと…冴木さん。私もお仕事なので、気は進みませんが行こうと思います。もしまだ体調がすぐれないようでしたら、鍵を預けるので、良くなるまで休んでください。鍵をかけて帰ってくれれば、いくらでも休んでいいので。」
醒さんと呼ぶのは二人きりの時だけのようだ。僕もうっかり呼び間違えそうで怖い。
「じゃあ、少し休んでもいいかな。まだ正直頭がフラフラするんだ。」
「では、はいこれ。じゃあ、私たち先に行きますね。」
マヤさんから合鍵をもらう。こなもんのキーホルダーがついている。
「行ってきます。」
そう言って二人は玄関を出て会社へ向かっていった。
僕はしばらく休んだ。水をたくさん飲んだおかげでだいぶ体調も戻ってきた。一人で問題なく帰れそうだ。
目に入ったメモ帳とペンを借りて今日のお礼の手紙を書いて、鍵をかけて家を後にした。




