40話
僕は家の冷蔵庫を確認する。ケーキ、よし。甘くて度数が低めのお酒、よし。割り材のジュースや炭酸水、よし。酔い覚ましのお水と肝臓サポート飲料、よし。冷蔵庫の中はマヤさんと楽しむためのものでいっぱいだ。どれもビニール袋に入れており、すぐ取り出せるようにしてある。
冷蔵庫の横のビニール袋には映画を楽しむためのポップコーン、色々なお酒を適切な度数で楽しむためのウイスキーとカシスのリキュールを用意した。張り切ってしまい、相当多めに用意したが、余ったら二人で分けて後日のんびり楽しめばいい。
冷凍庫には多めに氷を用意してある。製氷皿で作ったのではなく、透明で、ちょうどいい大きさの氷をスーパーで買ってきた。
それと、誕生日プレゼント。喜んでもらえるといいな。これは念のため、棚の中に隠してある。
これだけ準備すれば、仕事終わりに僕の家に寄るだけで必要なものは全て揃うだろう。
今は21時。このあと3時間後に、マヤさんは仕事中に誕生日を迎える。帰ったあとの映画鑑賞会兼誕生日会の準備は万端だ。
たまにはマヤさんを誘って一緒に出勤しよう。
そう思ってチャットで連絡を取る。
『たまには一緒に出勤しない?うちに寄っていってよ。』
それだけ送信するとすぐに返事が返ってきた。
『はい、喜んで!家で待っててくださいね。』
僕がスタンプを送信すると、マヤさんからもスタンプが返ってきた。
僕は髪のセットを始める。最初は面倒だと思っていたが、仕上がりをみると苦労も吹き飛んでいく。最近、『スプレータイプのワックスは時短にいい』と聞いて、気になっている。まだ買っていないが。
その後、しばらく待っていると、玄関のチャイムが鳴った。覗き穴からマヤさんがきたことを確認して、カバンを持ってドアを開ける。
「冴木さん、おはようござい…。その髪、どうしたんですか?」
ん、ああ。美容室に行った後マヤさんに会うのは初めてだった。なんだか少し不安になってきた。
「変、かな。」
僕がそう聞くと、マヤさんは力強く首を振った。
「いえ、全然変じゃないです。むしろ…。格好いい、です…。」
マヤさんは小さな声になりながらそう言った。そう言ってもらえてうれしい。
「じゃあ、行こうか。」
僕たちは二人で歩き出した。
「少し寄るだけで冴木さんと出勤できるので、今後は毎回一緒に出勤したいです。」
「この前たまたま一緒に出勤した時に、水瀬さんに『二人は付き合っているんですか?』って言われたじゃん。変な噂を立てられるかもよ。」
「…?私はかまいません。」
僕は恥ずかしい。マヤさんは全然気にしていない。意識しているのは僕だけみたいだ。
「それにしても、映画と誕生日会、とっても楽しみです!私、特に準備してないので、お店が開き始める時間になったら一緒に買い物に行きましょう!」
「それなんだけど、もう僕が用意してあるよ。仕事帰りに僕の家に寄って行こう。必要なものは全部、家に置いてきてあるんだ。」
「わかりました、ありがとうございます!」
そんなことを話していると、店に着いた。今日のシフトは…。店長と水瀬さん?水瀬さんは予定通りだが、店長は今日いないはずだった。
二人で店に入る。
「お、二人ともお疲れさん。」
「冴木さん、マヤさん。こんばんは。」
店長と水瀬さんが声をかけてくる。
「お疲れ様です。店長、今日は休みのはずでは?」
「何言ってんだ。あと2時間くらいでマヤさんの誕生日。なら、出勤して祝いたいだろ。」
そのためだけに出勤してきたのか。水瀬さんも口を開く。
「話を聞いて、私も残りたくなったので、日付が変わるまでは働きます。店長に許可を取って残らせてもらえることになりました。」
じゃあ、今日は一時的に4人で働くことになるのか。賑やかになるな。
とりあえず、バックヤードに入って準備を始める。
「水瀬さんと働くのは初めてです。いい人なのは知っていますが、少し緊張します。」
マヤさんはそう言った。
「マヤさんの誕生日を祝うために日付が変わるまでいてくれるなんてね。この機会に仲良くなれるといいね。」
そんな事を話して、僕たちはレジに向かった。
レジに着くと、店長は
「んじゃ、休憩行ってくる。色々済ませてあるから、のんびりしてていいぞ。」
と言って、休憩に行った。
「店長、これで3回目の休憩です。1回の時間は短いですけど。」
水瀬さんは言う。
「店長は『妻の次にタバコが好き』と言ってました。タバコ大好き人間なんです。だからこまめに休憩を取って吸ってるんです。」
僕は説明する。
「店長、結婚してたんですか!?てっきりタバコにしか目がないのかと。」
マヤさんが目を丸くして驚いている。知らなかったのか。
いや、店長もタバコ大好き人間である前に一人の人間だ。人を好きになることだってあるだろう。
そんな事を話していると、納品のトラックが到着したのが見えた。普段の予定よりだいぶ早い。
「ちょっと失礼。」
マヤさんの後ろを抜けてレジから出て、売り場の状態を確認しに行く。後ろから二人の話し声が聞こえる。
「マヤさんって私より年下だったんだね。小さくて可愛いけど、大人っぽいところもある不思議な感じだったから、どっちかな?って思ってたんだ。ねえ、マヤちゃん、って呼んでいい?」
「はい。いいですよ。水瀬さんの名前も教えてください。」
「水瀬結愛。ユアって呼んでいいよ!」
「いいえ、結愛ちゃんがいいです。これでお揃いです。」
仲を深めているみたいだ。よかった。
売り場の状態は店長が手入れしたからか、綺麗だった。これなら納品の対応も僕一人で良さそうだ。レジに近づいて声をかける。
「納品は僕一人で大丈夫そうです。二人はレジをお願いし…」
「あー!今女子トークを始めるところだから!冴木さん、売り場をお願い!」
水瀬さんが慌てている。二人はこそこそ話を始めた。とりあえずそっとしておこう。僕はたった今到着した商品を売り場に並べ始めた。
その後、レジにお客さんが入ったタイミングで女子トークは終了したらしい。お客さんが帰り、二人は普通の音量で会話を始めた。マヤさんが口を開く。
「結愛ちゃんは、好きな人いないんですか?」
「実は私、人を好きになるより、誰かと誰かが恋愛しているところを第三者としてみるのが好きで…。変かな?」
するとマヤさんは真面目な顔で答えた。
「私は誰かを変だとか、変わっているとは思いません。人はみんな、人それぞれです。…私自身は、変わっているとよく言われますが…。」
「そっか、素敵な考えだね。私もマヤちゃんのこと変わってるとは思わないよ!マヤちゃん大好き!」
水瀬さんはマヤさんに抱きついた。
「結愛ちゃん、苦しいで…。うお、結愛ちゃん、おっぱい大きいですね。」
とんでもないセクハラ発言が飛び出した。
「ちょっとマヤちゃん、やめてよ!恥ずかしい!」
すごいイチャイチャしている。仲がいいのは嬉しいが、なんだろう。少しモヤモヤする。気のせいだろうか。




