39話
結局マヤさんへのプレゼントは決まらないまま、どんどんと時間は過ぎていった。そして、僕は今日一つ用事がある。髪の毛が伸びて来たので美容室に行くのだ。髪を切ったあと、プレゼント探しを再開しよう。
上京する前は、1000円カットで髪を切っていた。だが大学に入って周りの人がほとんど美容室を使っていることに衝撃を受け、影響されて僕も美容室に行くことにした。今日を含めて3回目だ。出費は痛いが、注文が適当でもそれなりに格好良く仕上げてくれるところを気に入り、同じ店で予約した。男性専用の美容室だ。
「いらっしゃいませ。冴木さんですね。座ってお待ちください。」
渋くて格好いい男性の美容師が、僕を椅子まで案内してくれた。前回も前々回もこの人に切ってもらった。
僕はセット椅子に腰掛けた。店内は清潔感があって、何度来ても緊張する。高そうな道具が一面に並んでいるのを眺めながら、僕はあることを気にしていた。
最初の質問に、どう答えればいいのかわからないのだ。
「お待たせしました。今日はどうします?」
これだ。
最初にきたときはなるべく切る回数を減らすために「できる限り短く」と言った。次にきたときは「前回と同じで」と言った。ちゃんと短く切ってくれて、感動したのを覚えている。
僕は悩んだ末、こう答えた。
「僕、どうしたら格好よくなれますかね?」
なぜその言葉が出たのかはわからなかった。緊張のせいか、自分の言葉なのに、自分の魂が乗っていないように感じた。
すると、美容師の人は少し考え込んだあと、口を開いた。
「お客さん、こだわりってありますか?ここをこうしたい、とか。」
こだわりはなかった。そのまま答えるのはなんとなく自分の軸がないように感じて嫌だったが、僕は正直に答えた。
「いえ、ありません。」
「でしたら、私に任せてくれませんか?気に入らなかったら、前回と同じ長さまで切ります。それでどうでしょう。」
「では、お任せします。」
そう答えたあとはあまり覚えていない。だが、前にきた時より色々なことを聞かれた。
普段のセットにどれくらい時間をかけているか聞かれて、「全くセットしていません」と答えたときは、なんとなく恥ずかしかった「最近、環境に変化はありましたか?」
と髪型に関係なさそうなことも聞かれた。
カットが終わってシャンプーをしてもらう。人にシャンプーをしてもらうのは3回目でも慣れなかった。
シャンプーを終えて席に戻ると、美容師さんはドライヤーを手に取った。
普段自分で乾かす時とは全然違う温風の当たり方が気になって、ドライヤーが終わった後チラリとドライヤー本体を見る。見たことも聞いたこともないメーカーのロゴが描かれていた。
そんなこんなで、一通り終わったと思ったところで、美容師さんからワックスを差し出された。
「私の言うとおりにしてください。まずはこのくらい手に取って…。」
僕は言われるがままにワックスを手に取り、髪につけた。ワックスを使うのは人生で初めてだった。鏡に映る自分がまるで自分ではないかのような錯覚に陥っていた。
「…。はい、完成です。いかがでしょうか。気に入りましたか?」
鏡には、今までの自分とは全くの別人が映っていた。
「…はい。これでお願いします。」
「もし次回もこの髪型にしたいと思ったら、写真を撮りますのでスマホを貸してください。その写真を見せれば私以外でもこの髪型にしてくれますよ。もっとも、次回も私を選んで欲しいですが。」
「とりあえず、撮ってください。」
そう言って、カメラを起動したスマホを渡した。
美容師さんは何枚か写真を撮ってくれた。
「今回使ったワックスを差し上げます。コンビニ、ドラッグストアでも同じものが購入できますよ。では、お会計をお願いします。」
僕は立ち上がり、美容師さんと一緒にレジに向かう。レジの金額表示には、1500円と表示されていた。
「すみません。桁を一つ間違えていますよ。」
僕が指摘すると、美容師さんは答えた。
「この店は、恋する男子を応援したいという気持ちで、私が独立して立ち上げた店です。なので、応援対象になった方には『初回料金』を適用させていただいています。お客さん、『初回』ですよね?」
理屈はわからなかったが、とりあえず初回料金にするために、僕は答えた。
「初回、です…。」
「でしたら、この金額で間違いありません。恋が成就した時にも特別料金を用意しています。今後もご贔屓に、よろしくお願いします。」
僕は1500円を払って店を出た。
よくわからなかったが、いい人なのは間違いない。商売としてどうなのか、とは思ったけれど。
僕は、マヤさんへのプレゼント探しを再開するために、再び百貨店へと向かった。




