35話
「こんにちは、冴木醒くん。私の名前はヴェリティ・スターリング。宇宙人だ。」
彼女はそう名乗った。
数分前
僕は学校の課題が思ったよりも早く終わったので気分転換に散歩に出掛けていたところだ。勤務先のコンビニや駅の方角とは逆に向かって歩いている。あまり用事がないのでほとんどこの辺りを歩いたことはない。新鮮な気分で歩いていた。
その時、1棟のアパートが目に留まった。そしてすぐ確信した。これは宇宙人が住んでいるアパートだと。
『私たち宇宙人は一つのアパートを貸し切って暮らしているんです。場所は企業秘密なんです』
マヤさんはそう言っていた。マヤさんはすでに引っ越して別の場所に住んでいるはずだが、今も別の宇宙人が住んでいるだろう。その確信があった。
まずおかしな点がある。1階の4部屋あるうちの3部屋、2階の4部屋全てが網戸になっている窓がある。ベランダ側の敷地に入るには、高い塀を越えなければならないから、防犯上は特段おかしくはない。
だが、その網戸全てに猫用のマグネット式出入り口が付いている点はおかしい。日本の猫の飼育は完全屋内飼育が主流だ。事故、怪我、感染症の防止、大幅に寿命が延びることなど、完全室内飼いには多くのメリットがある。仮にペット可の物件だったとしても、そこに住んでいる人のほとんどが、猫を自由に外出させる飼育方法を選ぶ確率は非常に低い。
そもそも木造で、ペット可の物件に見えない。
そして二つ目。2階のベランダには、猫が上がれるように塀から足場が用意されている。そのうえ、ベランダを区切るはずの仕切りは全て、下の部分が壊れたまま放置されている。2階の網戸に猫用出入り口がついているだけで不審なのに、ここまで外出自由の猫に都合の良い物件は本来あり得ないだろう。
そして最後の不審点。アパート全体がぼやけて見える。この感覚に僕は覚えがあった。マヤさんを迎えに来た、地球人には本来見えないはずのUFOを見た時と同じ感覚だった。多分だけど、この異様なアパートは、僕以外には普通のアパートに見えているんだと思う。それならば、他の人たちがこのアパートを話題にしない理由にもなるだろう。
そんなことを考えて立ち尽くしていると、後ろから話しかけられた。
「こんにちは、冴木醒くん。私の名前はヴェリティ・スターリング。宇宙人だ。」
そう言われて振り返ると、そこには一人の女性と3匹の猫がいた。
女性は長いブロンドの髪を後ろでまとめている。編み込まれていてなんと呼ぶのか僕にはわからなかった。
彼女はメガネ越しにブラウンの瞳でこちらをまっすぐ見ていた。年齢はマヤさんよりもひとまわり上だと思う。
「本当に効かないんだね。報告通りだ。」
僕に催眠をかけようとしたらしい。効かないので大丈夫だが、警戒心は高まる。
「単刀直入に言おう。10分間でいい。私たちの部屋で話していかないか。」
「残念ですけど、僕このあと予定があるので。」
僕は嘘をついた。マヤさんに言われている。他の宇宙人と会ってもあまり関わらないように、と。
「私の機嫌をとって損はないよ。私はマヤくんの上司であり、配属先を自由に選べる権限を持っている。」
嘘だと思った。
うまく言語化できないが、この人からは、人の上に立つ人間が持つようなオーラを感じなかったからだ。バイト先の店長や、学校の校長先生のような立場の人が共通で持っている雰囲気が、この人からは感じられない。
「もしかしたら、マヤくんをアメリカとかに配属させる気分になるかもしれない。」
適当なことを、と思った。だが万が一本当に権限を持っていた場合最悪マヤさんに会えなくなる。
そう思った。
「分かりました。10分ですね。今から僕のスマホで時間を測ります。スマホが鳴ったら、話の途中でも帰ります。」
「その条件でいいよ。ご協力に感謝する。」
僕はスマホに小声で「10分後にアラーム」と声をかけた。スマホのAIアシスタントが10分後にアラームをセットした。
猫たちは3匹とも塀から足場へ、そしてベランダにスルスルと入っていく。そして一番奥の部屋へと次々に入っていった。
「私の部屋はあそこだ。狭くて綺麗な部屋ではないが勘弁してくれ。」
そう言って彼女はアパートの玄関方向へと歩いていく。僕は気が進まなかったが、彼女の後に続いた。




