31話
「えっと、まず何から話したらいいのかな。っていうか、マヤさん見てたの?」
「私は見ていません。でも、同僚が見たと言っています。その反応を見るに、本当だったんですね。」
「…うん。ここで働くことに興味がある人がいるってことで、友達から頼まれて案内してたんだ。水瀬さんっていうんだけど。」
「案内…。」
「何時なら働けそうかとか、空きシフトの時間はどこかとか、照らし合わせていたんだ。それで働けそうだってことがわかって、お店の電話番号を教えて、それで終わり。」
「確かに同僚の話では短い時間だったと言っていました。冴木さんの話と一致しますね。」
…怒っている、のだろうか。声のトーンが一定で、マヤさんの感情が読めない。
「人助け、のようなものでしょうか。冴木さんらしいですね。」
「うん…。って、危ない。そろそろタイムカード切らないと遅刻になる。」
「あ!私も切ってないです!」
一瞬でマヤさんの表情と口調がいつもの雰囲気に戻った。とりあえず急いで支度をしないと。
僕たちは急いでレジへと向かう。タイムカードは遅刻扱いにならなかったものの、レジに入るのは予定より遅れてしまった。幸い、怒られはしなかった。
「とりあえず、いつもの流れでいい?」
「たまには担当を逆にしてみませんか?私がレジで冴木さんが売り場。新鮮でいいと思います。」
「じゃあ、それでいこう。」
僕たちは働き始めた。マヤさんはいつもより元気がない気はするが、レジできちんと働いている。僕も頑張らないと。
廃棄の近い商品に値引きのシールを貼り終わったあたりで、商品が入荷する。僕はそれを売り場に出す。一通り売り場の仕事がひと段落したのでレジに戻る。
「お疲れ様です。冴木さんが休憩している時に値引きシールの二重チェックをしますね。」
「うん。よろしく。」
二人でレジに入る。マヤさんが話し始める。
「今の私、自分の感情がよくわからないんです。」
「自分の知らない間に他の女の人と仲良くなってるように見えて、羨ましかったとか?」
「確かに私もおしゃれなカフェで冴木さんとお話ししたいです。羨ましい気持ちは、確かにあります。」
「今度一緒に行こう。飲み物をカスタムできて、自分好みにできる店なんだ。僕はとにかく全部足して甘くするのが好きなんだ。」
「意外です。いつも苦いコーヒーを飲んでいるイメージがあったので。」
「店によって楽しみ方を変えてるんだ。マヤさんもきっと楽しめると思うよ。」
「はい。ぜひ一緒に行きましょう。」
マヤさんに少し笑顔が戻った。
「羨ましい。その感情があることは分かりました。でも、それだけじゃない気がするんですよね。」
なんだろう。今のところ、怒っているようには見えない。
「冴木さんが他の女の人と話していると知って、なんというか、不思議な気持ちになったんです。怒りでも悲しみでもない感情ですが、少し胸が苦しくなる感じがしました。」
「とりあえず、いい気分はしなかったんだ。なんか、ごめんね。」
「謝ることはないです!別に悪いことをしたわけじゃないんですから。それに、冴木さんだけじゃなくて、相手の人に対してもモヤモヤします。」
「相手の人?」
「はい。多分冴木さんと同じ大学に通ってるとか、私にはない共通点があることが、なんというか…。」
「もしかして、やきもちを焼いてる?」
「やきもち…?」
「自分にはないものを持っている人を羨ましいだけじゃなくて、ちょっと面白くないと感じたりするときに使う言葉だね。嫉妬を少しくだけて表現した言い方かな。」
「多分、それです。私はやきもちを焼いてたんだと思います。同僚から話を聞いた時から、考えちゃっていたんです。相手の人はどんな人で、冴木さんとはどういう関係で、二人は何をしているのか。ずっとぐるぐる考えちゃって。」
なるほど。なんとなくマヤさんの感情についてわかった気がする。
でも、なんて声をかければいいか悩む。大学に通っている以上、マヤさん以外の人とも関わることはあるし、それについて全部説明するわけにもいかないだろう。僕はわからないなりに答え始めた。
「マヤさんの不安な気持ちがあることは理解した。僕にはやましいこともやましい気持ちもないし、マヤさんが気になることは聞いてくれれば全部答えるから。」
こんなところだろうか。
「少し、安心しました。今後も冴木さんについていろいろ教えてください。早速ですが、友達の頼みで案内していたって言ってましたよね。その友達も女性ですか?」
「ああ、前田くんは…」
僕は説明し始める。気がつけば、マヤさんはほとんどいつも通りの明るさを取り戻していた。




