29話
「冴木さん。今日の私、どうですか?」
仕事が始まる前のバックヤードで、マヤさんは僕に聞いてきた。僕はマヤさんの顔をじっと見つめる。
「もしかして、目元を少し変えた?唇は、前より明るいね。」
マヤさんは嬉しそうに答えた。
「はい!少しメイクしてみました。可愛いですか?」
最近、よく聞かれるようになったその質問に、僕は正直に答える。
「うん。可愛いよ。」
「ありがとうございます!ふんふんふ〜ん。」
マヤさんはご機嫌になってバックヤードを出て仕事に向かった。
最近のマヤさんは宇宙人の変身能力を使ってメイクをすることにハマっているらしい。メイクの感想を聞かれるようになった。僕は見当違いなことを言わないようにマヤさんの顔をよく見るようになった気がする。
とりあえず僕も仕事の準備を終わらせてレジへ向かう。前のシフトのバイトから今日の引き継ぎ事項を聞いて、仕事に入った。
「とりあえず、いつもと同じ分担でいい?」
「はい。私は値引きシールを貼ってきます。」
マヤさんは値引きシールの束を持って売り場へ向かった。僕は洗い物をしながら考える。マヤさんは、メイクでどんな自分になりたいんだろう。僕はメイクをしようと考えたこともないので見当もつかない。後でマヤさんに聞いてみることにしよう。そう思った。
しばらく何事もなく仕事は進み、マヤさんがレジに戻ってきた。
「全ての廃棄前の商品に値引きシールを貼りました。貼り漏れがないか、あとで確認をお願いします。」
「わかった。手が空いた時にやっておくよ。」
マヤさんがレジに入る。お客さんはいない。今なら話すチャンスだ。
「マヤさん、最近メイクハマってるよね。楽しい?」
「はい、楽しいです!いろいろなサイトや雑誌を見たりするとどんどん出来ることが増えていきます。街ですれ違う人のメイクからも学べることが増えたりして、とにかく奥が深いんです!」
なるほど。確かに興味を持つと情報が集まってきて、より興味が深まる。そういう循環ってあるかもしれない。
「冴木さん、今までの私で一番可愛かったのはいつですか?」
難しい質問が来た。なんて答えよう。
「…メイクしてなかった時からマヤさんは綺麗だったからな。控えめなメイクの日は、可愛い、かも?」
答えになっているかわからないが、マヤさんは頷いている。
「なるほどです。冴木さんは、毎回『可愛い』って言ってくれるので、それ自体は嬉しいです。でも正直、本心ではどう思っているのか、わかりにくいところもありました。控えめメイクが好き、そう思っていたんですね。」
毎回可愛いって言っているのも本心ではある。マヤさんはすっぴんでも綺麗だったから。でも確かに可愛いだけじゃ伝わらないこともあるよな。
「これで冴木さんの理想に今までより近づけそうです。まだまだメイクするので感想聞かせてくださいね。」
「僕の理想?」
「はい!冴木さんに可愛いって思ってもらいたいです。好きって思ってもらいたいです。そのために頑張ります!」
そうか。僕に好きって思ってもらいたくてそんなに頑張っていたんだ。でも、どんな顔ならもっと好きになれるのか、僕には分からなかった。
「あ、休憩の時間ですね。今日は先に休憩取ってもいいですか?ナチュラルメイクを試したいので!」
「いいよ。でもバックヤードでメイクできるの?」
「はい、鏡と集中力、時間さえあれば変身能力でメイクできます。では行ってきます!」
便利な能力だな。僕も体の一部が変えられるなら、周りからバレない程度に身長を少しずつ伸ばしたい。ハマる気持ちもわかる気がする。
マヤさんの休憩中、僕は考える。僕のタイプの女性ってどんな人だろう。今まで意識したことはなかった。特に好きな女優やアイドルもいない。もしマヤさんに、どんな女性がタイプか聞かれたら、なんて答えよう。…変な回答をしたら、全く他の女性に変身してしまうんじゃないか。そんなことまで考えてしまう。
でも特に答えは出ないまま、マヤさんの休憩は終わった。マヤさんがバックヤードから出てくる。メイクは出会った頃に近い、自然な雰囲気だ。
「休憩が終わりました。冴木さん、休憩取りますか?」
「うん。取らせてもらうね。洗い物は全部終わっているから、店内の掃除をお願い。」
「…。」
マヤさんは無言でこちらを見つめてくる。多分だけど、メイクの感想を求められている気がした。
「…そのメイクだけど、なんだか安心感がある。」
「安心感?」
「なんとも言えないけど、マヤさんって感じがして、今までで一番安心する。」
「私はいつでも私ですよ。」
そう言って彼女は笑った。そして、こう言った。
「今までで一番安心する、ですか。なんだか冴木さんらしい回答ですね。じゃあしばらくは、このメイクをベースにしようかなって思います。」
とりあえず、好印象だということは伝わったようだ。
この日を境に、マヤさんのメイクブームはいったん落ち着いたようだ。今は少しずつ細かいところを変えてはいるが、自然ないつものマヤさんが戻ってきたように感じた。僕はなんだかほっとした。




