24話
電車は僕たちの暮らす街に停まった。改札を出て、小さなロータリーに出る。
「さっきの賑やかな街と比べるとこの街はお店の数が少ないです。でも、なんだかここは心が落ち着く不思議な魅力がある気がします。」
マヤさんはそう言った。
「マヤさんにとっての故郷は宇宙だけど、この街は第二の故郷なのかもしれないね。」
「コキョウ…?」
「生まれ育った場所、って意味もあるけど、それと同じくらい強い愛着がある場所のことも、故郷って呼ぶことがあるんだ。」
「この街にいると宇宙船の中よりも落ち着きます。私はこの街が好きです。確かにこの街は、私の故郷です。」
そんなことを話しながら、喫茶店まで歩いた。
喫茶店の扉をくぐり、中に入る。コーヒーのいい匂いと控えめなBGM、暗めの照明が落ち着いた雰囲気を醸し出している。
案内された席に座り、マヤさんにメニュー表を差し出す。
「どれも美味しそうで悩みます。ちょっと考えておくので冴木さんから決めてください。」
そう言って、マヤさんはメニュー表をこちらに戻してきた。
「じゃあ僕は…。レアチーズケーキとコーヒーのセットにしようかな。」
「レアチーズケーキ、美味しそうです!」
「一口あげようか?」
「いえ、私も同じものを頼みます。ドリンクは紅茶にします。」
僕は店員を呼び、注文を伝えた。店員は店の奥へと入っていった。
「今日はたくさん遊びましたね。初めての電車、タクシー。バドミントンにシャボン玉。アニメショップとガチャガチャ専門店。他にもいろいろ!全部楽しかったです!」
「それは良かった。僕もマヤさんと遊べて楽しかったよ。」
「次に行くときはダーツやカラオケもやってみたいです。ルールを勉強しておかなきゃですね。」
残された時間は減っていくのに、一緒にやりたいことはどんどん増えていく。マヤさんは今、笑顔でいる。どんな心境なんだろう。
「お待たせしました。ランチセットです。」
店員がテーブルにケーキとドリンクを置いた。
「さっそくですが食べちゃいましょう!いただきます。…ん〜!ふんわりとしていて爽やかです!紅茶とも相性抜群ですね。」
僕もケーキを食べる。濃厚なクリームチーズの味とヨーグルトの酸味が、一度に押し寄せてくる。コーヒーの苦味と香りを楽しむのにぴったりだ。
「ここのケーキはどれも美味しいんだ。コーヒーや紅茶も、砂糖やミルクを入れずに飲むと、香りや味を楽しめると思うよ。」
「そうですね。そのまま飲むと本来の香りや味が際立ちますね。」
しばらく談笑しながらケーキを楽しむ。気がつけば、13時まであとわずかだ。
「マヤさん、そろそろ行かないと、だね。」
「…はい。楽しい時間はあっという間です。」
僕はコーヒーを飲み干した。口の中が苦味ですっきりとした。
「忘れ物、気をつけてね。」
僕がそう言うと、マヤさんはバッグとビニール傘を持って立ち上がった。席になにも残されていないことを確認し、お会計を済ませて店を出る。
何気なく空を見上げると、そこには宇宙船、UFOが飛んでいた。空を覆い隠すくらい巨大なのに、不思議なことに地面には影ができていない。口を開けたまま空を見上げていると、マヤさんが話しかけてくる。
「…もしかして、冴木さんにも見えているんですか?」
「…はい。なんだかぼやけて見えますが、確かにありますね。UFO。」
「催眠が効かないのと何か関係があるのかもしれませんね。…では、集合地点に向かいましょう。」
駐車場まではすぐだった。到着すると、すでに猫課長や他の猫が集まっていた。猫課長がミャオミャオと鳴いている。
「怒られちゃいました。『お前が一番最後だぞ、上司よりも早く着くのがマナーだ』だそうです。」
マヤさんは苦笑いしながらそう言った。宇宙人にもそういうマナーがあるんだ。そう思っていると宇宙船から光が降りてきた。
「出発するようですね。では、いってきます。」
マヤさんは背中を向けて光のなかへ入っていく。周りの猫たちも、次々と光のなかへ入っていった。
「マヤさん!」
マヤさんが振り向く。僕は最後の言葉をかける。
「…ありがとう。」
いろいろな言葉が頭を巡ったが、口から出た言葉はそれだけだった。それを聞いてマヤさんは、
「こちらこそ、ありがとうございました!」
笑顔でそういった。その目にはうっすらと涙が溜まっていた。
光が強くなり、僕は目をあけられなくなった。光がおさまって、再び目を開けると、そこには何も残されていなかった。先程まで空を覆っていた宇宙船も、跡形もなく消えていた。
笑顔で見送りたい。そう思っていたが、僕は笑えていただろうか。わからなかったが、今、僕の目からは涙が溢れている。
僕は家に帰り、玄関の端の方にバドミントンのラケットとシャボン玉を置き、カバンを棚に置くと、布団に仰向けになった。スマホでマヤさんに『ありがとう』とチャットを送った。既読がつくことはなかった。
第一部 完




