18話
マヤさんを送って家に帰ると、僕はたたんだ布団を広げて横になる。普段ならさっき使ったコップを洗って干しておくのだが、今日は後回しにしたい気分だった。
収納していたスマホの充電用ケーブルを枕元まで伸ばして差し込む。画面が明るくなり、充電完了まであと30分と表示される。
『今日が最後の仕事になるかもしれないのに、遅刻でもしたら大変です。』
さっきマヤさんが口にした言葉が頭の中で反響する。本当に最後になるかはわからないが、最後になっても後悔しないような時間にしたい。でも、それってどんな風に過ごせばいいんだろう。僕にはわからなかった。
一度暗くなったスマホの画面が再び明るくなり、通知音が鳴る。スマホを見ると、マヤさんからメッセージが届いていた。
『今日はありがとうございました。おかげで楽しい時間を過ごせました。宇宙に帰還する時間ですが、今から24時間後に迎えが来ることになりました。もし冴木さんさえよかったら、今日の仕事が終わって明日になった後も、最後の時まで一緒にいてくれたら嬉しいです。では、またあとで。』
時計を見る。13時だった。
今日の22時から二人で勤務に入り、翌朝7時に退勤。そこから6時間経ったらマヤさんは宇宙へ帰る。それが僕たちに残された時間のスケジュールだった。
とりあえず返信をする。
『こちらこそありがとう。楽しい時間を過ごせたよ。もちろん、最後の時まで一緒にいよう。それと、契約に影響すると思うから店長にも今日が最後になるって連絡しておいた方がいいですね。それじゃあ、またあとで。』
…仕事を休んで二人で過ごそうかとも考えたが、多分彼女は良く思わないだろう。それにマヤさんとの思い出が一番詰まっているのはあのコンビニだ。なら、最後も一緒にそこで働きたい。そう思ったので提案するのはやめておいた。
送信するとすぐに既読がつき、スタンプが送られてくる。僕もスタンプを送り返して、スマホのボタンを押してスリープにした。
仕事ではどんなことを話そうか。仕事が終わった後の6時間は、何をしようか。何も答えは出ないまま、僕は眠りについた。
…アラームなしで目が覚める。念のためかけておいたアラームは切っておく。時計は18時、あと4時間で勤務開始だ。
僕はパソコンを立ち上げる。普段ならネットサーフィンかゲームでもするところだが、今日はブラウザで地図を開く。仕事が終わった後の6時間に何をするかのヒントが欲しかった。
前に一緒に行ったハンバーガー屋に行くのもいい。あそこは駅に近いし賑やかだ。駅を使って移動するなら、こなもんのグッズが置いてある街へ…。いや、帰りの時間を考えるとイマイチかも。そもそも、13時にどこから宇宙船に帰るのかを聞いていない。マヤさんに聞いてみるか…。いや、マヤさんは多分今寝ている。通知音で邪魔したくない。
そんなことを色々考えていると、何も決まらないまま時間だけがどんどんと過ぎていった。いつの間にか、いつも家を出る時間を少し過ぎていた。急いでカバンを持ち、家を出る。
歩いても間に合うとは思うが、僕は自然と少し早足になっていた。焦っているのだろうか。自分の感情もまとまらない。どんな顔をして彼女に会えばいいのかわからない。
だが、店に着いてしまった。着いてしまった以上、入るしかない。覚悟を決めて入ると…。そこには店長がいた。
「冴木くん、急だけどマヤさん、家庭の事情で今日が最後なんだって。…そのリアクション、もしかして知ってた?」
…なんか拍子抜けしてしまった。
「はい、本人から聞いてます。」
「今、裏で退職の手続きしてるから、最初の方だけワンオペ頼める?俺もなるべく手伝うからさ。」
「わかりました。任せてください。」
なんか緊張がいい感じにほどけた気がする。
僕はバックヤードに入り、マヤさんと会う。
「マヤさん、おはようございます。」
「おはようございます。」
軽く挨拶を交わしたところで気がつく。…ビニール傘を持っている。僕があげた、こなもんチャームの付いたビニール傘だ。外は晴れているのに。
「その傘は?」
「私、もう地球の家には戻りません。冴木さんと過ごして、そのまま宇宙に帰ります。なので、持ってきました。」
そうか。その傘、宇宙へ持って帰るのか。マヤさんが宇宙に帰る実感がわいてくる。
身支度しながら何を話せばいいのか考える。とりあえず頭に浮かんだ疑問を投げかける。
「他に宇宙に持って帰るものはないの?」
見たところ、キャリーバッグのようなものは周りになかった。
「はい。私の私物は地球にほとんどありません。会社の支給品で生活していましたから。例外は、この傘だけでした。」
着替えも終わり、タイムカードも切った。とりあえず、仕事の時間だ。
「準備が終わったのでレジ入って店長と代わりますね。」
「はい。いってらっしゃい、です。」
レジに入る。すると店長は、
「マヤさんが居なくなると寂しくなるな。マヤさんもこの店辞めるの寂しそうにしてたぞ。よっぽどお前と働くのが楽しかったらしいな。」
そう言った。そうか。マヤさんも楽しかったのか。
僕はさっき、最後の日くらい2人で抜け出して、どこか別の場所で過ごそうかとも頭の片隅で少し考えた。でもそれは間違いだったと今なら思う。最後の日を、一番思い出の詰まったこの店で過ごせる。働いたあとの予定は全く決まってないが、働く選択をして良かった。そう思った。
「僕もマヤさんと働くのは楽しいです。」
照れくさいがそれだけ口にすると、店長はとてもニヤニヤしていた。働くのが楽しいと言われて店長として嬉しいのか、何か勘違いをしているのかは知らないが、そのニヤニヤとした顔のままバックヤードに入っていった。…言わなきゃよかったかな。
しばらく1人で働いていると、思ったより早く終わったらしい。マヤさんが出てきた。
「お疲れ様。終わった?」
「書類は全部書き終わりました。漢字が多くて大変でした。」
「店長は?」
「帰る準備をしています。明日も早い、って言ってました。」
「そうですか。…さっきなんかニヤニヤしながら入っていきましたが、変なこと言ってませんでしたか?」
「…?いえ、とくには。」
ならよかった。そんなことを話していたら店長も出てきた。
「じゃあ、俺帰るわ。マヤさん、色々助かった。ありがとう。また日本に来たら顔出してよ。」
「私も働いていて楽しかったし、安心できる場所でした。店長、ありがとうございました。」
二人とも軽く頭を下げて、顔をあげる。店長は.
「じゃ。」
と言って手を振りながら帰っていった。
マヤさんと二人きりになる。話したいことが頭の中を乱雑に巡っていくが、とりあえず仕事に来た以上、やるべきことはやらないと。
「じゃあ、廃棄時間の近い商品に値引きのシール貼ってきます。」
「よろしく。僕は洗い物だね。」
マヤさんはレジを離れ、僕はレジに残る。いつも通りに、仕事が始まった。
…仕事中は分担作業が基本だ。僕が今日担当している洗い物は量が多く、レジから離れられない。マヤさんが行っているシール貼りは売り場。それが終わっても、納品した商品を棚に展開する仕事も売り場で行う。数メートル。それだけしか離れていないのに、今日はなんだか遠く感じられた。
そんなことを感じながら仕事をしていると、あっという間に休憩の時間になった。
「今日、僕から休憩取らせてもらってもいい?」
「いいですよ。では、ここは任せてください。」
「…本当はレジで休憩取るのダメなんだけど、今日はここで休憩を取りたい。」
「レジで、ですか?椅子も何もありませんし、普段はごはんも食べてますよね?」
「今日のご飯はいい。少しでも、マヤさんと話がしたい気分なんだ。」
「…わかりました。レジは全部私が打ちます。冴木さんは休憩中ですからね。…では、何を話します?」
「明日の…。もう日付が変わってたな。今日の朝ごはん、前に行ったハンバーガー屋に行かない?」
「ええ、いいですね。あそこも大事な思い出の場所です。」
「そのあと、電車で少し移動したところに僕が高校生の頃によく遊びに行った街があるんです。一緒に行きませんか?」
「はい。冴木さんの思い出の場所がどんな場所なのか、気になります。」
「そうだ、一番最初に聞くべきだった。帰りの宇宙船って、どこから出発するの?」
「以前私が集会をしていた、あの駐車場です。」
「じゃあ、その前に例の喫茶店で、ランチを食べませんか?」
「いいですね。あそこなら駐車場に近いですし、時間もちょうどいいですね。」
次々に予定が決まっていく。さっき一人でパソコンとにらめっこした時間も無駄ではなかったとは思う。でも、二人で話していた方がずっと素敵なアイデアが湧き出てくる。
マヤさんが笑って、こう言った。
「冴木さん、なんだか最初と逆ですね。」
「最初って?」
「最初の頃は、私が話しかけて、冴木さんが答える。今日は真逆です。」
「そう、だね…。」
焦ってるように見えたかな、そう思った。でも、僕は自然と笑っていた。




