13話
雨、バイト先まで約500メートル。スマホの画面には夜9時50分の表示、後10分で僕のシフトだ。僕は前の雨の日に猫がいた場所をちらっと見た。そこには何もいない。
あの猫、元気にしているかな。そんなことを考えながら僕はバイト先まで歩いていった。
自動ドアをくぐると、レジには店長がいた。
「お、今日は傘差してきたな。」
「ええ、風邪で休んだら誰が代わりにこのシフト埋めるんですか?」
この店で僕の代わりにシフトを埋められるのは店長だけだ。
「ははは、いつも助かってるよ。ありがとな。」
前までだったら店長の軽口にも敬語で返していたと思う。マヤさんと仲良くなって敬語をやめてから、マヤさん以外の周りの人とも距離が縮まった気がする。そんなことを考えながら僕はバックヤードに入り身支度を始めた。
マヤさんはバックヤードにはまだいなかった。今日は僕の方が先らしい。
身支度が終わりレジに入ったところで店長は帰る準備のためにバックヤードに向かった。それと入れ替わるようにマヤさんが出勤してきた。
…珍しい。今日はツインテールだ。いつもは下ろしているか、後ろでまとめているだけなのに。
「おはようございます、マヤさん。珍しいですね、ツインテール。」
「おはようございます、冴木さん。どうですか?可愛いですか?」
…。からかわれている気がしたので、意地になって
「可愛いですよ。」
とボソっと答えると、嬉しかったのか鼻歌まじりでご機嫌にバックヤードに向かっていった。バックヤードから出てきた店長は、
「マヤさんイメチェンかな?恋かな?」
とテキトーなことを言ってきたので、
「セクハラじゃないですか?」
と答えると、一本取られた、みたいなリアクションをして帰っていった。
マヤさんの傘はどこにでもあるビニール傘だった。…持ち手にこなもんのチャームが付いていること以外は。
あのチャーム、こなもんの映画を見ないともらえない限定品だったはず、マヤさんは映画を見ていないと言っていた。…じゃあなんで持っているんだ?
そんなことを考えているとマヤさんがレジに入ってきた。本人に聞いてみよう。
「マヤさん、さっきの傘についていたこなもんのチャーム、どうしたの?」
「あれはもらったんです。」
あれ結構レアだけど、世の中には優しい人もいるもんだ、と思った。
「誰からもらったんです?」
するとマヤさんはまっすぐこちらを見て、
「冴木さんに、ですよ?」
そう答えた。…え?僕?僕はあの日猫にチャーム付きの傘をあげたが、それはマヤさんに会う前だったはず。マヤさんは続ける。
「冴木さん、鈍感なところがあるので私、今日は準備してきました。」
そう言うと、マヤさんはツインテールにしていた髪をほどいた。
「冴木さん。私の頭を撫でてみてください。」
頭を撫でる?そう言ったのか?
「いや、さすがに友達とはいえ、それは…。」
またからかわれているのか?と思ってマヤさんの顔を見る。微笑んでいる。だが、さっきからかわれた時とは違い、目は真剣だった。とはいえ気が引けるが…。心臓の音が少しうるさかった。
「それじゃあ、失礼しますね…。」
マヤさんの頭を撫でると、すぐに異変に気が付いた。なんか柔らかい感触がある。サラサラとした髪の毛と違って、薄くてぺらぺらしている。少し冷たい。
その感触を頼りに髪をかき分けて、少し背伸びをして見てみる。すると、そこにあったのは猫の耳だった。
「これでわかりましたか?」
いや、わからない。なんでマヤさんの頭に猫の耳が?
「私、宇宙人なので変身能力を持っているんです。」
…信じがたい話だが、実際に触れてしまった以上、信じるしかなかった。
「前の雨の日、冴木さん、猫に出会いましたよね。」
「…はい。」
雨の夜に出会った青い目をした猫、傘とチャーム。記憶がつながっていく感覚がした。
「あの時助けてもらった猫、私なんです。」




