11話
僕はバックヤードで防犯カメラの映像モニターを見ながら、新発売のキャラメルバナナメロンパンを食べていた。店長は新商品が発売されると必ず自分で食べてから発注数を決める。その店長が大量発注した商品だからきっと当たりだと思って買ってみた。…予想どおり、美味しかった。
パンを食べ終わって、凹んで売り物にならなくなった缶コーヒーを飲み干して一息つく。
すると、ふと僕は自分の仕事ミスに気がついてゾッとする。
フライヤーの電源を切り忘れた。つまり中の油が160度で保温され、掃除が出来なくなる。掃除の時間が遅れれば、朝のピークに揚げ物を作れなくなる。
僕は急いで制服に着替え、レジに向かう。
マヤさんはその様子を見て、
「どうかしましたか?休憩終了の時間まであと30分はありますよ。」
と声をかけてきた。
確かにそうだが、今は少しでも油の温度を下げておきたい。レジの奥のフライヤーのランプを確認する。
…電源が切れている。温度計は60度を示している。この温度なら廃油缶に移しても問題ないだろう。
「マヤさんもしかして…」
「いつも電源を切っていたのに今日は切っていなかったので、代わりに私が切っておきました。」
よかった。これならいつも通り業務を進行できる。
「ありがとうマヤさん。助かったよ。」
「いえいえ、いつも助けてもらってますから。」
日本語もうまくなってきたし、仕事もどんどん覚えていく。マヤさんの成長を感じる。いつの間にか、お互い助け合える関係になっていた。僕も見習わなくては。
「…話は変わるけど、僕は敬語をやめるよう頑張るって約束だよね。」
「はい。今は敬語とタメ口が混ざっています。全部タメ口になるよう頑張ってくださいね。」
「僕気が付いたんだけど、マヤさんはずっと敬語っぽい口調だよね。」
「私は敬語以外使えないので。冴木さんがたくさんタメ口使って教えてくださいね!」
マヤさんは楽しそうに笑っている。
「じゃあ、休憩の続きをとってきてください。お店のことは任せてくださいね。」
「うん、よろしく。」
よろしくお願いします、と言いそうになりながら、僕は休憩に戻った。
休憩中、バックヤードは静かだ。たまに客が入るとそれを通知するチャイム音がなるが、基本的にこの時間に鳴ることはほとんどない。僕はやることもないし、スマホのアラームをセットして仮眠をとることにした。
…アラーム音で目が覚めると、休憩終了2分前。僕は制服を着てレジへ向かう。
マヤさんは、いつもなら掃除をしているか商品をきれいに並べなおしているところだが、今日はレジに立っている。何やら考え込んでいるのか、落ち着かない様子だ。腕を組んで右手で髪の毛を指に巻き付けている。
「マヤさん、どうかしましたか?」
「冴木さん。私たち、友達ですよね。」
「…うん。」
「友達の間に隠し事はなし、ですよね。」
僕は何かマヤさんに隠していることでもあったかなと少し考えたが、この時は特に思いつかなかった。
「…うん。僕は何も隠してませんし、隠し事をするつもりもないよ。」
「はい。冴木さんは正直な人で、真面目で優しいです。なので、冴木さんが隠し事をしている、という心配はしていません。」
彼女は組んだ手をほどき、自分の胸に手を当てた。
「私、宇宙人って言いましたよね。これは嘘ではありませんが、冴木さんに信じてもらえていないのが、嘘をついているみたいで…。隠していないけれど、隠しているみたいで…。」
なるほど。確かにこれだけ仲良くなった今でも信じきれない。それが、彼女をモヤモヤとさせているのだろう。
僕は何と答えればいいのか考えた結果、思っていることをまっすぐ伝えることにした。
「僕は正直、マヤさんが宇宙人かどうかはまだわからない。でも、マヤさんが嘘をついて僕を騙そうとするような人じゃないことは知っている。」
そう。知っている。彼女がどこから来たのかは知らないが、一緒に働いた時間、一緒に交わした会話、共有してきた感情が、彼女がどういう人なのかを教えてくれている。
「焦らなくていいと思う。このまま一緒にいれば、いつか時間が解決してくれる。そんな気がするんです。」
マヤさんは、時間、とつぶやくと胸にあてた手を握りしめた。
「…私に与えられた時間は有限です。いつか冴木さんとも別れる時が必ず来ます。その時に、私の本当の姿を知っていて欲しい。そう思ったんです。」
なるほど。そういえば店長は、長く働けないといっていた。
「タイムリミットに間に合うかはわからないけど、僕はマヤさんのことを知りたい。僕は人とかかわるのは上手くないけれど、頑張ってみるから。」
彼女は握った手の力を抜き、すっと腕を下した。
「ありがとうございます。冴木さんの気持ち、伝わってきました。」
マヤさんの顔が少し明るくなった気がする。問題は解決していないが、ひとまずは良かった。
あとは、僕の努力次第だ。相手を知り、相手のことを考えて、距離を縮める。今まで僕があまりやってこなかったことを、やらなければならない。そう思った。




