第9話 忍び込んだ鼠
墨江、翠朧省側の岸。
野営地に拠点を築くことが出来た。
玉麟は孔青に招かれてテントの中に入る。
「さて玉麟。話をしよう」
「良いわよ。玄礼とは何を話したの?」
座るよう誘われる。クッションはそれだけで眠れるくらいふんわりしていた。
「お前のこととか、家の話とか。戦争が終わったら何を望むかとか」
「なんて答えたの?」
「平和」
「あはは!そりゃそうよねぇ。私も平和が欲しいわ」
玄礼らしい答えに、玉麟は笑う。孔青は目の前に翠朧の地図を置いた。
「平和を実現するために作戦会議をしよう。翠朧に四つの砦があるのは知っているな?」
「えぇ。ここから一番近い西虎砦、現在迦迪爾帝国が攻めている南方隣国に接した南雀砦、東龍砦、承天省へ続く北亀砦よね。面倒くさいから東西南北で呼んでるけど」
学び舎で最初に教えてもらったことだ。大人達は東西南北で呼ぶのに、どうして名称を覚えなければいけないのか文句を言った記憶がある。
「あぁ。全て取り戻すのは大前提だが、問題は順番だ。お前ならどうする?」
孔青は地図の真ん中に駒を置いた。玉麟は手に取ると、現在地である左側──西側に置き直した。
「まずは一番近い西砦に行く。虎條にはまだ人が残っているでしょうし、民間兵士を集めるのが手ね」
東へ。
省の首都である省都を直進する。
「次に東砦も向かいましょう。ここは人が多いと聞いてるわ。同じように兵を集めてから……」
南へ駒を移動させる。
「迦迪爾の後衛基地になっている南砦を攻める。数が多いけど、兵を集めていたら勝てないわけじゃない」
北へ動かす。再び省都を経由するのだ。
「それで承天に向かう。私ならそうするわ」
「西、東、南、北か。奇遇だな。俺もだ」
孔青は駒を受け取ると王冠を乗せた。そういうセットなのかな、これ。玉麟は首を傾げた。
「……作戦会議おしまい?」
「そう。おしまい」
孔青は立ち上がると、部屋の隅へと向かった。
「明日、お前には渡すものがある」
見せられたのは、旗。大明皇国の国章である空を泳ぐ龍が描かれている。玉麟は恐る恐る手に取る。私が、これを。
「大明皇国皇室軍旗だ。本来は皇帝が掲げるものだが、生憎病気で不在だからな。皇帝の同位である聖女様に持ってもらうほうがずっと良い」
手にのしかかる重みを感じている玉麟を見て、孔青は薄く笑った。
「重いか」
「……えぇ、凄く」
「それが国の重みだ、玉麟」
国の重み。嘘でここまで来てしまった、私への重圧。玉麟は顔を上げた。
「国は首輪をかけることの出来る龍だ。王は命を賭して守り、鎮め、強くしなければならない」
「私は……これを振って、先陣を切る、のね」
「流石に先陣は俺に切らせてくれ。二番手を頼む」
孔青は喉を鳴らして笑う。
「明日ここを立つ。準備をしておけ」
翌朝。
皆の前で、孔青の前に玉麟は膝をついていた。
「この者を、大明皇国皇太子 明皇院孔青の名において聖女と知らしめる」
両手で軍旗を受け取ると、手に雨粒が落ちた。玄礼と河を渡った時もこんな天気だった。軍旗を高く掲げて玉麟は皆に叫んだ。
「我が父、天龍様は天地創造の折、まばたきをして水を与えて下さいました。この雨はそれを示し、我らの門出を祝って下さっています」
兵士達の顔が、見れない。玉麟は旗を高く掲げた。
「西虎砦、虎條を解放し、祖国奪還への礎としましょう!」
湧き上がる歓声と同じほど、身のうちから不安感が迫り上がってくる。私の首にはいつだって、斬首があるのだから。
馬に乗り、支度をして玉麟は孔青の後ろについた。西砦は近い。すぐに見えてくる。
「初陣は、あまり気になさらないように」
傍にいた同じく馬に乗った玄礼は、砦から視線を外さず玉麟に言った。
「貴方はそこにいらっしゃればいいのですから」
「……貴方のはどんなだったの?」
「それはそれは酷いものでした。終わったあとが、一番酷かったと思います」
どういうこと、と問おうとした瞬間だった。偵察に行っていた陰陽が戻ってくる。
「どうだ」
「追加の迦迪爾兵が、戦闘のために向かってきているようです」
「え?」
玉麟は顔を顰める。そんなの、こっちの動きを読んでるみたいだ。
「さてはて。どうするかな」
「行くわよ。来る前に終わらせないと」
玉麟は馬を飛ばす。飛ぶ鳥を落とすような勢いの彼女の背を見て、孔青は笑った。
「おいおい玄礼、俺はあそこまで早駆けが得意なんて聞いてないぞ。軍旗を持ってあれだけ飛ばせるか?」
「私も初めて知りました」
言うやいなや、玄礼も馬を走らせる。負けず劣らずかなり速い。
「お前も大概だろ……皆の者、行くぞ!」
先陣を切った玉麟は、上がりかけていた跳ね橋へと馬を跳ばした。滑り込むように砦内へ進入すると、軍旗の先で跳ね橋の鎖を断ち切る。開かれた門から味方の怒号がなだれ込んできた。
玉麟は直進していた。どれだ。どいつがお父さんとお母さんを殺した。血眼になって、辺りを見渡す。
「敵襲!敵襲だーッ!」
何が敵襲だ。お前達が敵なのに。玉麟は叫んだ。
「立ち去れ!さもなくば私が立ち去らせる!」
その声と同時に、大明皇国側の兵士が入り込んできた。蹄の音に呼応して砦の空気が暖まっていく。
「お、おい……あれって本物の聖女か?」
「噂じゃ聞いてたが、本当に……」
「孔青殿下も居られるぞ!」
玉麟は叫んだ。
「貴方達!助けに来たわよ!今こそ武器を手に取って、自分の場所を取り返しなさい!」
そこからは早かった。囚われていた兵士達や市民は蜂起すると、迦迪爾兵士達を倒し、西虎砦を奪還。暮れ沈む頃には、人々は歌いながら片付けをしていた。
信じられない。軍旗を握る手は未だきつくて、ろくに足も動けない。震える声で玉麟は呟いた。
「私達、やったの……?」
「はい。貴方様のお陰で西虎砦は奪還出来ました」
返り血がついている玄礼は、何気なしにそう言った。玉麟は振り返る。
「信じられなくて……。本当に、本当に……国の一部を、小さいけど取り戻せたの?」
「はい。ここはもう私達の領土です」
奪われるだけじゃない。取り返したんだ。玉麟は改めて軍旗を握り直した。
「やった!」
飛び上がった玉麟は、玄礼に屈託なく微笑んだ。
血に汚れた軍旗を握りしめながら。
「玉麟。こんな所にいたのか」
孔青は玉麟に声をかけると、玄礼は膝をついた。周りの兵士も伏せる。
「どうしたの?何かあった?」
「なに。改めて礼を言おうと思ってな。少し付き合え」
後をついていくと、人気のない砦がある。周りを見渡して孔青は問うた。
「良い戦いぶりだった。幸先もいい」
「そうね。上手く行って良かったわ」
「あぁ。今日の戦いはどうだった?」
「反省会ってこと?」
「そんなところだな」
機嫌良く考えていた玉麟は、ふと朝の迦迪爾兵士の動きを思い出す。『戦闘の為に、此方に向かってきている』、と。
「あ……あの、もしかして話って……」
「察しが早くて助かる。鼠の話だ」
鼠。スパイ。情報を横流ししている第三者が、近くにいる。
「困ったな。軍を動かしていると大なり小なり問題は出るが、今にも潰れそうな大明皇国軍をいじめないで頂きたいものだ」
「すぐに見つけないと!」
叫んだ玉麟に、孔青は言った。
「鼠ありきで行動するな。全てを信じられなくなるぞ」
孔青は立ち上がって砦から出ようとしている。交代の兵士がやってきたようだ。
「ま、軽い気持ちで考えておけ。今日はよく頑張った。興奮しているだろうが、早く眠れよ」
スパイが近くに。戦勝の喜びもつかの間、玉麟は自分のテントに戻った。
次回予告〜
玄礼が玉麟の気持ちに寄り添ったり翠朧の仕組みがわかる第10話!




