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朱玉麟の虚妄なる託宣  作者: ショ糖無糖(旧:お花)
第一章 聖女、降臨す
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第7話 天龍の子

玉麟と玄礼は議事堂の前にいた。謁見の時間まで間もなくだ。中から出てきた兵士が、二人へと声をかけた。


「お待たせしました。中へどうぞ」


後へ続くと、兵士は応接室へ導いた。この先に皇太子様がいるらしい。人が寝転べるほど大きな机、王冠よりも何倍も輝くシャンデリア。その奥に皇太子はいた。


確かに『特別豪華で』、『身長は玄礼と同じくらい』『金の目をして』『亜麻色の髪をした男』が座っている。


「お前が聖女か?」


「はい、相違ありません」


伏せる前に椅子に案内される。玉麟が座ると、背後に立っていた玄礼が耳打ちした。


「野営地でこちらを見ていた男に間違いありません」


頷きがてら、玉麟は瞬きを返した。


「オレは孔青。ここまで来てくれたことを感謝する」


「私も謁見できて光栄で御座います」


皇太子・孔青は豪華な格好をしていた。皇太子の冠を被り、珊瑚と水晶と金の飾り。白檀の香りがする。玉麟の手元に温かいお茶が置かれた。毒見役が玄礼に目配をした。


「毒味は終わっているので、飲んでもらって構いません」


「……はい」


毒見とか良いんだけどなぁ。地元だと毒キノコ鍋食べてたし。ヒ素は死ぬかもしれないけど。


それにしても、と玉麟はちらと派手な孔青を見た。


確か、内朝と承相によって国庫の支出は制限されていたはず。その割には格好が派手すぎる。


権力を奪われて押し込められてる人が、なんでこんなギラギラした服着てるの?


「翠朧(すいろう)から来たと聞いたが」


その問いに、玉麟は一つの質問を思いついた。


「はい。孔青様は、翠朧(すいろう)の長官を尊敬していらしたのですね?」


「あぁ。あいつは良くやっている」


「現長官の、昂澤(ごうたく)様だとか」 


「オレも尊敬してるよ」


……今ので分かった。こいつは偽物だ。口を開こうとした瞬間、白髪の壮年の男が入ってきた。隆々としたヒゲを蓄えている。


「お待たせしました、孔青様、聖女様。私は内朝の至院泰然(じいん たいぜん)。集会の皆にご紹介しましょう」


至院はにこにこと玉麟に説明を続けている。が、全く頭に入って来ない。いつの間にか宴の会場について、玉麟は目を見開いた。


「……え、なに、これ……」


宴会が豪華すぎる。玉麟の困惑と同じように玄礼も眉を顰めた。外で苦しんでいる民が数多いるというのに、この有様とは。


「お前が来ると聞いたから食事を用意させた。好きに食っていけ」


皇太子は玉麟の肩に手を回した。案内を終えた至院は赤茶けた髪を束ねた男の隣に座っていた。男は玉麟を小馬鹿にした目線を送っている。


「皆のもの!一度手を止めよ!」


いつの間にか上段に上がっている。やめさせるのなら今だ。


「こちらが聖女様であらせられ──」


「私は聖女だけど、貴方は皇太子では無いわね」


玉麟は肩の手を剥がして辺りを見渡す。これは消去法だ。前提として、この亜麻色の髪の男は皇太子ではない。


だが、ここで皇太子ではないと言ったところで『不敬』で終わり、打ち首だ。

未だ決定打に欠ける。合っているかどうかなんて分からない。けれど、人込みをかき分けて。


玉麟には真の皇太子が誰か、思い当たる人物が一人いた。


皇帝と同地位である聖女の玉麟に頭を下げないのも、皇太子について詳しいのも。

考えられる理由はただ一つ、本人だから。


人混みをかき分けた先に、バルコニーで手を組みながらのんびりと外を見る飛龍──孔青がいる。玉麟は伏せた。


「見つけました。皇太子殿下は、貴方です」


刹那、会場は静まり返った。切り裂くのは至院の嘲笑。


「ふっ……ははは!聖女とは偽りか。小姓を選ぶなど。皇太子よ、こんな戯言など──」


孔青は至院の方を向いて、視線で黙らせた。ゆるりと顔を玉麟の方を気だるげに動かす。言葉を待っている。


「我が父、天龍に代わって神託申し上げます。乱世は混迷を極め、我が父は宙の海から私を遣わしました。天龍は海の下の水を撹拌し、宙と地を分けられたこの時より、大明皇国の王はただ一人、貴方様です」 


顔を上げると目がかち合う。玉麟は一瞬たじろいだ。

王の目をしている。全てを統べるものの目。その瞳に、幾万の民を宿している。


声を震わせながら、玉麟は言い切った。


「我が名は朱玉麟。皇太子の手により太平の世を実現しに参りました、玉しき麒麟に御座います」


部屋の中から苛立ちの混じった声が飛んだ。欧陽の声だ。


「戯言を……。所詮聖女は偽りだったか。衛兵、即刻つまみ出せ」


「良い。至院、欧陽。ここに聖女が来たのだ。それ以外何も示すことはなかろう」


衛兵達は孔青の言葉が示すところを察したのか、至院と欧陽に刃を向けた。他の皆は伏せている。


「お前達のことは深く知っている。故に、生かしておく意味がない。俺は数として喪うことは嫌だからな。知ったから、もう良いのだ」


「クソッ……!言わせておけば……!」


「やめろ、至院。ここで暴れても仕方あるまい」


欧陽は孔青へと叫んだ。


「殿下。貴方様は本当に新皇帝になるおつもりなのですかな」


「当然だ。聖女様が選んでくれたんだからな」


「ですが、聖女と言えど外部の人間を……!」


欧陽の言葉に孔青は鼻で笑った。


「神か、人間の欲望か……民草が信じるのはどちらだろうな。それを見るのも面白そうだ」


至院は一目散に逃げ、欧陽は睨みつけて会場から去っていく。


「逃げたか。まぁ良いか」


よかった。あってた。ほっと緊張から抜け出すと、隣で膝しかついていない玄礼の腕を掴む。


「げ、玄礼!?ちょ、伏せないと……」


玉麟に侍る玄礼に、孔青は問うた。


「見つかったのか、龍門堂よ」


「はい」


「なら良い」


「いやなんも良くないでしょ。礼儀を怠って処罰って、わけ分かんないから」


だから早く伏せなさいと服の裾を引っ張る玉麟を、玄礼は困った顔をして見つめる。困ってるのはこっちなのよ。


「ですが……」


「何だ玉麟、お前知らないのか」


孔青は小馬鹿にするように笑った。


「知ってるわけないでしょ。何が知ってるかも知らないし」


「ほう。なら劉先に教えてもらえ。奴は天京にいる」


「別に今教えてくれたって──」


玄礼はめ、と言わんばかりに玉麟を咎めた。


「玉麟様。お行儀はどうされたのですか」


「あ、う、ごめんなさい……?」


素直に殿下に謝った玉麟に、玄礼は目を伏せて褒めた。


「よろしい」


いつの間にか立っていた玄礼を見て、孔青は大きく笑う。


「ハハハ!お前達に限っては非礼を許す!今日は祭りだ!新皇帝が天京に向かい行軍の決起集会、そして──」


新皇帝の声が、議事堂の宴会室に響く。


「聖女・玉麟が偽皇太子を見破った奇跡の日としてな!」







「良いですか玉麟様、酒は呑んではなりませんよ」


「玄礼は呑むくせに」


「職務中故呑みません」


「ほんとぉ?」


夕暮れ。

二人の様子を見ながら、孔青は少し離れたところで酒を飲んでいた。同じように働いていた亜麻色の髪の小姓──偽皇太子役が急ぎ足で孔青の前を歩いていく。


「台所はあっちだぞ」


「ちょっと厠に」


孔青は葡萄酒を口に含んだ。良い香りだ。


「帰るのか?迦迪爾(カディール)に」


「お前、いつから……」


小姓は振り返った。


「従僕に調べさせた。うちはそっちの血を引いてる奴がいるからな」


全ての事に合点がいったのか、小姓は叫んだ。


「まさかお前、派手な格好しろって言ったのも、昂澤(ごうたく)に世話になったと答えろって言ったのも……!」


「さてな。神の思し召しだろう。あれは本物の聖女様だぞ」


小姓は絞り出すような声を出す。


「殺さないのか」


「お前は何も悪いことはしていない。国の命に従い、職務をこなし、敗走するだけだ」


『敗走』、という言葉に小姓の眉間に皺が寄った。孔青は口角を上げた。


「それに俺はお前のことを何も知らない。殺すに値しない。数として喪うことは嫌いなんだ、俺は」


ごくん、と孔青の喉仏が動く。


「名だけ聞いておこう」


「……サクル・アスタリー。カディール帝国 王太子(シェフザーデ)にして、天龍の子、アンワル様のお目付け役」


天龍の子ね、と含みを持たせて孔青は呟く。


「伝えろ。聖女は本物で、これから歴史が動くと」


「何でオレがお前の言うことなんか!」


「向こうの王子も同じように問うからだ」


サクルは孔青の睨みながら声を張り上げた。


「クソッ!変なところウチの王子と似てやがる!」


先ほどから玉麟と玄礼が孔青を見ている。あの二人が此方に来たら、この間者の命は即刻消し炭だ。


「気が合いそうだな。……早く行け。死ぬぞ」


「ちッ……!」


サクルの舌打ちを気持ち良さそうに流しながら、孔青は二人に微笑んだ。










カディール帝国。首都スヴァルナ。

穏やかな月明かり。

当たるのは──白亜の城に隠れた黄金の離宮。

住む者は多くない。従者と主人とその家族だけ。


影が廊下を歩く。外に繋がる扉に全て鉄柵がついた眩い廊下を。月明かりは宝石に当たって、昼かと紛うほど離宮を明るく照らしていた。


影を見つけて、ふわふわの髪を靡かせた女は近寄る。


「旦那さま」


その小さくか細い声を聞いて、影は優しく手を伸ばした。


「あぁ、シェフタル。此方においで」


シェフタルと呼ばれた妃は、嬉しそうに男に飛びついた。男は長い黒髪を三つ編みに束ねているが、癖っ毛が隠せていない。瞳の色は琥珀にも漆黒にも見えて、魅惑的に目を細めていた。


褐色の肌は身につけている宝石と黄金を輝かせて、装飾の孔雀の羽はより一層派手に見える。シェフタルは抱き着きながら笑った。


「旦那様、聞いてください。今度ね、第一妃のローシャナ様と遊びに行くの!」


「良いですね。どこへ?」


「分かんない。ローシャナ様のお気に入りの場所だって」


男は一瞬考えて、ふと笑みを零した。


「……あぁ。ふふ、彼女は本当にあそこが好きですね」


「旦那様、ご存知なんですか?」


「皆が好きなものは私も知っていますよ」


「知りたい!教えて旦那様!」


「秘密です。ローシャナに連れて貰うのでしょう?私が言っては詰まらなくなりますよ」


「ほんとは、旦那様とローシャナ様とか、皆で行けたらいいのにね……」


シェフタルの視線の先には鉄柵があった。宝石の扉の手前にある、無機質な柵。男は優しく問いかけた。


「シェフタルはここが嫌ですか?」


かがみ込まれたシェフタルは、慌てて首を振った。


「嫌じゃないです!旦那様に来てほしいって言われたときは、ちょっと怖かったけど……お妃様、皆優しいし、楽しいです」


しみじみと、彼女は呟いた。


「ここからもう、二度と出たくないくらいに」


男は悪戯っぽく、笑みを深くした。


「これはローシャナと私の秘密なのですが」


なぁにと言わんばかりにシェフタルは男にくっつく。


「彼女は貴方と話しているのが楽しいそうですよ。『私はあまり世俗のことを知らないから、あの子が持ってくる本はすべて面白い』と」


彼女は目を見開いた。


「ほんとですか!よかった、ローシャナ様のご迷惑になってなかった……」


「ふふ。そんな可愛いことを考えていたのですか。さぁ、今日は何を読みます?」


案内されたのは男の部屋。権威を示す孔雀の椅子に、二人並んで本を読む。


「今日はちょっと真面目に、四行詩集(ルバイヤート)を持ってきました。孔雀の絵が良いでしょう?」


その四行詩集(ルバイヤート)は、宝石と金箔、金糸で縫い付けられたもの。宮の光を受けて、同じようにキラキラと輝いている。表紙には鳥籠から溢れそうになっている孔雀の絵があった。


「おや。私と同じ籠の鳥ですね」


「旦那様ほど派手な鳥はいないと思いますけど……」


シェフタルは頁を捲った。


「真面目に読むのも良いですけど、こうやって適当なところで読むのも悪くないんですよ。私が考えた遊びです」


捲り続ける頁に、男はしなやかな指を突っ込んだ。そこですね、と妃は楽しそうに笑う。読み上げようとした瞬間だった。


羽音が響き、鳩が窓を叩く。男は孔雀の玉座から立ち上がると、窓に手をかけた。格子がついた窓は内向きにしか開かない。足輪についていた紙を見て目を細める。


「……だんな、さま?」


同時に離宮に小さなベルが鳴る。外からの使いか。


「通しなさい」


扉は開き、鉄格子は降りて、使いの者──サクルが現れる。再び男はシェフタルの隣に座った。


「ご報告が御座います」


「だんなさま、こわいよ……戦争?」


縋り付いてきたシェフタルの耳を優しく塞ぎ、男は慈悲深く微笑んだ。


「あぁ、ごめんなさい。戦の話は嫌いでしたね。私もですよ」


サクルを見て、男は言った。


「あの手紙の話ですね」


「はい。大明皇国に聖女が立ち、従者に紛れていた孔青を見つけ、戴冠させるとの知らせが」


後世、大明皇国、並びに迦迪爾(カディール)帝国黄金期には、『大帝聖君』という言葉が謳われた。


由来は第八代皇帝孔青が『大帝』と呼ばれ、迦迪爾(カディール)の王太子も『聖君』と呼ばれた。西の大帝東の聖君などの歌も流行ったとされる。


「……ほう。聖女が。天龍の子である私と同じ時代に生まれるなど、不思議なこともあったものですね」


声音に愉悦が混じる。黄金の離宮に住む、王太子(シェフザーデ)・アンワル・ハルザーン・スヴァルナ。


またの名を、龍の子(ファルザンデ・アーセマーン)。


「いかがなさいますか、アンワル殿下」


後の聖君、その人である。

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