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朱玉麟の虚妄なる託宣  作者: ショ糖無糖(旧:お花)
第一章 聖女、降臨す
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第2話 貴族の家で

刹那、色とりどりの花火が吹き飛ぶ。

確かに火力凄いかもね、おじいさん。家まで吹っ飛んじゃってるよ。


「あはは、綺麗だなぁ」


緑や青の色とりどりの炎は、容赦なく兵士達を焼いていく。迦迪爾(カディール)の連中だって、焼けたら豚と変わりない。


いつの間にか兵士達はいなくなっていた。人数が多くなかったのかなぁ。こんな程度の連中に、村を焼かれて……。


玉麟はよろめきながら屋根から降りた。もう、どうでも良い。鉾をずるずると引っ張って、教会の一階まで降りる。


「明日だったんだけどな。せりふ、覚えたのになぁ……」


伝う涙をぬぐえなくて、気力もなくて。膝をついて、燃え盛る村の中で泣き叫ぶ。


「ぅ、うぁぁぁぁぁ……!許さない!絶対に許さない!こんな事をした奴らも、国も、全部!」


私が救う。私なら出来る。やらなきゃだめだ。


「行かなきゃ……行かなきゃ……」


玉麟は村の外れまで行って、水に浸していた荷物を取り出して背負う。こんな夜道に歩いてたら、人攫いか殺されておしまいかな。ごめんね、お父さん、お母さん……。


よろよろと歩き始めた。西に行く。行けば良いんだ。聖女なんて嘘でしたって、言ってしまえばいい。


「お待ち下さい」


知った声がして振り返る。燃え盛る村の隣、美しい夜空の下で龍門堂 玄礼は額を地に伏していた。


改めて顔を見ると、知性的な顔が見える。黒髪を一つに結わえて、炎に当てられた瞳は水を湛えていた。素直か愚直かわからぬ目の色。


ただ、教えと家に従うだけに生きてきて、何も苦しみを知らぬ人生の色をしている。


武勇に長けてはいるのだろう、細身ながら引き締まった身体が見えた。齢は同じくらいだろうか。


「……何の用。私達を売ったお役人さん」


「聖女様の前にして、言い訳などございません」


何を言いたいか良く分からない。脳裏に玄礼が天龍教の熱心な信者だったことが戻ってくる。


「そう言えば貴方、天龍教の信者だったわね」


敬語を使うことはやめていた。いっそのこと殺してほしい。


「貴方様が聖女とは存じ上げませんでした。お願い致します。我らを救って頂きたいのです」


玉麟の顔が引き攣った。こんな事で?こんな事で、世界の皆は私にひれ伏すの?私はあんな、屈辱な言葉を吐かなきゃならなかったのに。


天罰なのかな。やっぱり、聖女じゃないのにそうだって言ったら、こんな屈辱的な思いをしなきゃダメなのかな。


……あぁでも、それなら使ってやる。


「玄礼。面を上げなさい」


面白い。言えば顔が上がる。


「……私を家につれてって。今日は疲れた」








目が覚めて思ったことは、高い天井。

次に、貴族ってこんな良い生活してるんだって気持ち。あと明るい。朝か。布団も服も気持ちいい。

玉麟は玄礼の家で目を覚ました。近くに天龍像がある。


「天龍教は迦迪爾(カディール)を含めたかなりの広範囲で信仰されてる宗教だけど、玄礼程熱心なのは珍しいわね……」


扉が開いて、粥を持った玄礼が現れた。


「おはようございます、聖女様」


「私の名前は朱玉麟。玉麟と呼んで」


「では玉麟様」


話が通じない。玉麟はため息をついた。


「はぁ。それでいいわ」


粥を頬張る。一生に一度食べれるかどうか分からない、鮑の粥だ。お腹が空いていたことを思い出して一気にかき込む。


「何見てるの」


お腹空いてるのかな。何時か分からないけど、まだご飯食べてないのなら悪いことしちゃった。


「いえ。聖女様も召し上がるのだな、と」


違った。

もしかしたらとんでもなく面倒な人間を仲間にしてしまったかもしれない。食事を終えて、ゆっくりと頭を動かし始めた。


「貴方はこの国を取り戻したいの?」


ここで頷いてくれないと困る。玄礼は動きを止めた。


「はい」


よし。良かった。とりあえず第一関門突破だ。


「太子様は西の都にいらっしゃるのよね」


「はい。臨時政府 鎮西省 西都に孔青様はいらっしゃいます」


「優しい太子様って聞いてるけどね。あと西都は毎日どんちゃん騒ぎだってことも聞いてる」


「太子様の摂政二人が実権を握っていますので、そのせいでしょう。西都からは動けないと」


「それに、皇帝は病床に伏せっておられる……」


駄目だ。どの手を打っても詰みにしか見えない。目の前に膝をつく玄礼は私の言葉を待っているし、何か言わなきゃいけない。


どうする。迂闊なことを言って『聖女様なのにそんなことも知らないんですか?』なんて言われれば即打首だ。


落ち着け。状況を整理しなければ。

皇帝は病床に伏せっている。このまま死ぬと占領は秒読み。

そうなる前に太子を救い出し、大明皇国の中心部、首都天京(てんけい)での戴冠をして皇帝位に戻す。

それを、早急に。


「……太子を戴冠させないと」


「では北の首都に向かうと?」


「いいえ。西都に向かいます。少なくとも皇帝が崩御される前に、太子様に接触しなければ」


聖女である玉麟と太子が接触できれば、天龍様が信仰されている迦迪爾(カディール)を含めた周辺地域に影響を及ぼすことができる。玄礼は首を傾げた。


「皇帝が崩御されると天龍様は仰っているのですか?」


玉麟は劇の内容を頭をフル回転させて思い出した。こんな時に信心深くないのが仇になるなんて。


「天龍様は宙の海からお目覚めになり、天地を創造し、宙の海の水から私達をお作りになった。世が乱れた時に聖女を地上にお送りなさったけど人間だわ。伝説にも描かれているでしょう?天龍様のお導きで動いているだけなの」


頼むからなるほどって言って。本当にお願いします神様。


「……なるほど。承知しました」


良かった言ってくれた。次は玄礼の状態を確認する。


「玄礼。貴方は今、苦難に直面しているのでしょう」


麓村の惨状を見るに、東側は全て迦迪爾(カディール)側に占領されていると見て間違いない。

玄礼は真面目な性格だと聞いている。恐らく省長に留守を預かれと命じられたところか。それを律儀に守っている。


「麓村一帯治めていた翠朧(すいろう)省の長は、西都に連れて行かれたと見えます。そうですね?」


「仰せのままで御座います、玉麟様」


玉麟は薄く微笑んだ。うまく行きすぎて嬉しい。


「西都に行ったきり、帰ってこない……。貴方の心労は察するに余りある。だけど、玄礼がここを守ってくれたおかげで、私はこうして聖女として国を導くことができるわ」


「ここを出ましょう。翠朧(すいろう)から鎮西までは近い。事は一刻を争うから。兵士は何人いるの?」


「聖女様の御救いにより、今は十人で御座います。皆大明の者です」


その『御救い』?花火のこと?それのせいで、兵士が減ったのだけど。まぁ、スパイの心配をしなくて良いのは楽かな。玄礼は黒い服を示した。


「お召し替えを。湯浴みを済ませてここを出ましょう」


玄礼はそれだけ言うと、入れ替わりで入ってきた侍女達に指示をして部屋を出ていく。確かに服はぼろぼろだ。


「聖女様。こちらへどうぞ」


廊下を歩いていくと、少しずつ湿気を帯びてくる。美しい翡翠色の扉の向こうがきっと浴室なのだろう。羽織を脱がされて、玉麟は慌てて答えた。


「大丈夫です。あはは、子供じゃないんですから」


侍女達は顔を見合わせて、再び玉麟に向き直った。


「そうですか?では、こちらに控えておきます」


いくら何でも、年頃の娘が入浴を手伝ってもらうなんてあり得ない。貴族の娘は皆こうなのかな。薄く衣を纏ったまま中に入る。

花が飾られた湯船に、ずらりと並んだ瓶達。一つ取って蓋を開けると、白檀の香りがする。こっちは……竜涎香。玉麟が一生かかっても買えないものの数々。玉麟はそろりと風呂から出た。


「……ごめんなさい、その……」 


壊したらダメだし、何より使い方が分からない。固形石鹸はどこなのよ。髪も身体も洗えるやつ。


「使い方わかんないので、洗ってほしいです……」


この二日間で一番、玉麟は情けない声を上げた。







髪を優しく乾かされ、くすぐった過ぎるし緊張するしで震えていた玉麟は黒い衣を着せられていた。服には螺鈿で龍があしらわれている。


玄礼を探さないと。

こういう貴族の庭園には、中心部に大きな噴水付きの庭があり、そこに天龍像を飾る。


「天地創造の章で、宙の水から生まれて来たってって言い伝えがあるからよね、確か……」


あれだけ信心深いのならきっといるはずだ。……ほらやっぱり。


「ごめんなさい、待たせてしまって」


「……よく似合っていますね」


感情の無い玄礼の目に、何かが宿ったような気がした。その瞳は玉麟を通り越して、少女を象った何かを見ている。


「あ、ありがとう?」


玄礼の手には数珠が握られていた。


「祈るだけじゃ何にもならないわ。いや、その……無駄って言いたいわけじゃないのよ」


玄礼の姿があの老婆に重なる。今度は苛立ちは無かった。ただ、悲しいと。この国の人々は祈るしかない状況に追い込まれている。祈りは救いだ。……同時に、諦めでもある。


「私が来たのよ。お……お父様に祈るよりも、私と一緒に行動を起こしたほうが、ずっと良いと思わない?」


玄礼は薄く口を開いて首を傾げる。


「では、貴方を拝めばいいと?」


「いや、違うくて……。あぁもう!」


さっきから思っていたが、この男は一つも感情を見せない。癖なのか敵対的なのか全く分からないが、ともかくここは何とかしないと。


「私を守りなさい玄礼。聖女を守る騎士としての役割を貴方に与えます」


役割、と玄礼の口は動いた。そっと膝をついて、懐刀を差し出した。


「では、これより私は貴方の騎士として刃を振るいましょう。誓いとして、これを」


玉麟は恐る恐る手に取る。この懐刀は──人を屠るもの、身を守るものではない。己の胸を突き刺せば、死が叶うもの。目の前の玄礼は、自分にそう祈っている。


「それを使う日がないことを祈っております。聖女(あなた)を、穢すことなどないよう」


行きましょう、と歩く玄礼に、玉麟はついていくことしか出来なかった。

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