第9話 道徳0点
イチロウさんとデメトリオの件から三か月後、再び俺たちのもとへ依頼が舞い込む。それも国王陛下直々に、教会へ依頼してきたらしい。そんな激重の依頼なのに俺が抜擢されたのは、イチロウさんとデメトリオとの件を解決した実績からということだった。
「──というわけでよろしく頼みましたよ、神官トリスタン」
関わりたくねぇ……よろしく頼まれたくねぇんだよ……
てか、国王陛下の依頼なら上の偉いヤツが直々に行けよ。
俺みたいな下っ端じゃなくて!
依頼者が国王陛下なら、当然対象も王族……この国の王太子フェルミン殿下だった。俺が関わりたくないと思ったのは、単に王族関連だからというわけではない。
依頼が「物静かで聡明だった王子が、突然人が変わったようにワガママで派手な性格になった」という内容だったからだ。
『絶対面倒くせぇぇぇ……!』
『楽しそうだね』
『見てるだけのあんたはそうだろうよ!』
トリスタンは相変わらず体の返却を拒否し続け、暢気に観戦気分で楽しもうとしている。とんでもないヤツだ。
『まぁいい。俺がしくじって首飛ぶときは、この体ごと一緒に死んでくれよな?』
『はは、いいよー』
いいよー、じゃねぇんだよ、このお気楽ニート!
勘弁してくれッッ!!
そして案の定、俺の悪い予想は当たることになる──
後日登城した俺は、早速フェルミン殿下と親しい相手から事情を聞き取りした。本来であれば俺が出向かなければならない側だが、事情も事情ということで、王国側が用意してくれた部屋に国王やら王妃やら王太子妃やらが、一人ずつ面談のように訪れることになっていた。
「具体的に、どのようにお変わりになられたのか伺ってもよろしいでしょうか?」
一番最初に来たのは、依頼者でもある国王陛下本人だった。表情こそ厳格で平静を装ってはいるものの、瞳の奥に削られたような消耗の色が滲む。
「以前は王子として、政務を過不足なくこなしていた。親バカだと言われるかもしれないが、若い頃の我より優秀だと思っておる。しかし……最近は政務には全く手をつけず、遊び呆けるようになってしまったのだ」
「遊び、呆ける……と仰りますと、具体的にどのような感じかお聞かせ願えますか?」
地雷を踏んでないことを祈りながら恐る恐る尋ねると、陛下は沈痛な面持ちで深く重苦しいため息をついた。機嫌を損ねていないか、本当に恐ろしい。普通の精神状態でない人間の機嫌ほど、信用できないものはないのだから。
「端的に言うなら、私生活がとにかく乱れておる。暴飲暴食、合法な範囲での賭博、城内の異性の臣下たちにも軽率に声をかけているとの報告を受けている」
これがマジなら、ゴミカスじゃねぇか……
「以前のフェルミン殿下の私生活のご様子はどのような感じでしたか?」
「食事に関しては、臣下が定めたものの範囲を守っておった。賭け事も一切しておらん。異性に声をかけるというのも、そのようなことをする愚か者ではなかった。今のフェルミンは私生活の乱れに加えて、何も働かない怠惰な性格になってしまったのだ」
「なるほど……では、陛下から見てフェルミン殿下は、全く別人のようになってしまったという感覚なのですね」
「あぁ。別人どころか、真逆に反転させたのではないかと思うほどだ」
俺はそこで陛下との面談を終わらせ、次の人を呼んだ。性格を真逆にしたような変貌ぶりなら、変わったすぐは大混乱だっただろう。それも国の中枢にいる王太子、下手をすれば国の未来さえも揺るがしかねない事態だ。
『想像してたよりも重いね。マサキの双肩に、国の未来がかかってるんだ……』
『空気読めよ……深く考えないようにしてたってのに』
『えっ、ごめん……』
トリスタンにはプレッシャーというものがないのだろうか。他人事だから無頓着なだけなのか、そもそも誰からも期待されてこなかったから経験としてプレッシャーを理解していないのか。なんにせよ、要指導だ。
扉がノックされ、次の面談者が入室する。博物館でしか見たことないような豪奢なドレスを着た、陛下と同年代くらいの女性……恐らく王妃で間違いない。
早速彼女にフェルミン殿下のことを尋ねると、痛みをこらえるように僅かに俯いた。
「変わってからのあの子は、人も物も全て我が物とでも言うような振る舞いをしております。特に侍女からはすこぶる評判を落としまして、護衛の騎士たちに見張らせて被害は未然に食い止めてはいるのですが……」
ちゃんと手は打ってるのか。
まぁ、あっちこっちに種撒かれたら、国が引っ掻き回されるしな。
「ただ、妻という立場から王太子妃のマリアネラへの被害は止められず……恐らく変化してからのシワ寄せは彼女に集中しておりますの……母として本当に恥ずかしく、申し訳なく思います」
王妃殿下は片手で額を押さえると、深い心労を露わにする。それまで王太子として立派に務めていた息子が、庇いきれないほどにどうしようもないところまで転落してしまった。そしてその被害は嫁いできた王太子妃にまで及んでいる。きっと彼女自身も少なからず傷ついているに違いない。
『あ、マサキは知ってるかな。この国の王子は、フェルミン殿下しかいないんだよ。だから陛下も王妃殿下も、ここまで思い詰めてるのかも』
『マジでか……補足助かる……』
さすがにそれは知らなかった。教会周辺や自分が生きるのに必要なことばかりに必死で、それ以外の知識や情報は後回しにしてきた。トリスタンの情報のおかげで、臣下や王太子妃だけでなく、政治的判断を求められる国王までがフェルミン殿下を“切れない”理由を悟った。
王妃殿下に魂の修復を施したあと、次の面談者を呼んだ。なんとなくは想像していたが、やはり次はフェルミン殿下の妻である王太子妃のマリアネラ殿下だった。
マリアネラ殿下は着席しても、顔を強張らせたまま視線は斜め下へと逸れたままだった。酷く緊張していて、組まれた指先を忙しなくさすっている。
王妃殿下の話がマジなら、男の神官には話しにくいことも多いだろうな……
「マリアネラ殿下、本日は聞き取り調査にご協力いただき心より感謝いたします。話せることだけでも構いませんので、最近のフェルミン殿下についてお聞かせくださるとありがたいです」
できるだけ恐怖や威圧感を与えないように、普段よりも柔らかい声色とゆっくり話すことを意識する。すると彼女の意識が、ふっとこちらへ向いた。不安に揺らいでいた瞳は、一瞬のまばたきのあと、凛と芯の通ったものへと変わっていた。
「以前の殿下は、とてもお優しい方でした。なのに今では、わたくしが少しでも拒否すると、怒鳴って暴力を振るうのです。本当に、突然人が変わられてしまって」
急に周りの全部が所有物感覚になったってのはマジかもな。
しかしこれ……本当に俺案件なのか?
ガチの精神異常とかなら専門外だぞ……!?
「……わたくしは、あの人はフェルミン様が変わられたのではなく、別人であると断言いたします」
マリアネラ殿下の声色に迷いはない。本人は確信しているのか、その見解にかなり自信があるようだった。
「なぜ、そう思われたのですか?」
「性格が違いすぎるというのももちろんありますが、フェルミン様が変わられて初めてお会いしたとき、こう仰ったのです。『お前が俺の妻か、顔は悪くないな』と。まるで、わたくしのことを知らないような口ぶりに違和感を感じたのです」
顔は悪くない?
声に出すか、普通……非モテのノンデリか?
「この話をしても、誰も信じてはくれませんでした。確かに別人みたいだけど、さすがにそれは無理がある。では本物のフェルミン様はどこへ失踪したのか……と」
確かに普通に考えれば、別人に変わるなんてあり得ないと思うだろう。けれど、マリアネラ殿下の言う発言は、元々マリアネラ殿下を知っているフェルミン殿下から出たものとは思えない。性格が変わっただけなら、マリアネラ殿下を知らないわけがないのだから。
「いえ、私は信じます。貴重なお話を聞かせてくださり、ありがとうございます」
「あぁ……ありがとうございます、トリスタン様。どうかフェルミン様をお助けください」
マリアネラ殿下は手を組むと、祈りを捧げるように目を伏せて願った。彼女の考えを裏付ける証拠は何もないが、ある日突然別人になってしまうという事象自体は実際にある。俺はそれを目の当たりにし、そして誰よりそれを体感として知っている──『転生者』として。




