第10話 王太子転生、それは果たしてSSRなのか
俺とフェルミン殿下との面談が叶ったのは、聞き取り調査の翌日のことだった。どうにもごねにごねて、陛下の権力で捻り潰されてようやく応じたらしい。会いたくねぇ。
『ど、どんな人か……ドキドキするね』
『あぁ、ドキドキするな』
あー、冷や汗止まんね……クレーム対応みたいで吐き気するわ。
昨日と同じ部屋で待機していると、廊下からブツブツと文句を言う声が聞こえてくる。もうわかる。地雷案件だ。
その声が大きくなり、扉の向こうで止まる。そして護衛騎士に開けさせた扉からズカズカと……ロイヤルな威厳も風格もない、服装だけやたら高貴なチンピラが入室してきた。騎士が下がると、この歩く地雷みたいなフェルミン殿下と二人きりになった。
「お前が俺を呼びつけたトリスタンって神官だな。面談なんか、とっとと終わらせろ。俺はお前ほど暇じゃないんでねぇ?」
お、おぉ……これはなかなかに酷い。
どうしたらこんな横柄になれるんだよ、芸術点高すぎだろ。
どんなに権力があろうと、大抵の人間は周囲と円滑にやっていこうと考えるのが普通だ。権力があるからこそ、この横柄さでもある程度許容されると理解してのことだろうが、それにしたって……と理解に苦しむ。
「お忙しい中、時間を割いてくださり、ありがとうございます。そちらの椅子にかけて、少しだけお話を聞かせてくださるとありがたいです」
フェルミン殿下は不服そうな表情で、ドカッと腰掛けると腕を組んで軽くふんぞり返っていた。端からこの態度だと、あまり長話には付き合ってくれなさそうだ。必要なことだけ単刀直入に質問していった方が良いだろう。
「では早速。皆がフェルミン殿下は人が変わられたと仰っておりましたが、急に態度を変えられたのはなぜですか?」
「ハッ、そんなの決まってんだろ。王子としてあれこれ強要されるのに嫌気が差したんだ。俺は自由にやる。これが元々の俺……本来の姿ってことだ」
確かに王子、それも王太子という立場になれば重い責務を負っている。それに嫌気が差して、自由を求めて本来の性格を解放したという言い分は通らなくもない。許されるかは別として。
「なるほど。ですが聞き取りを行ったところ、あなたはフェルミン殿下ではなく、別の誰かが体を乗っ取っているのではと疑われているようです。それについて何かありますか?」
「はぁ? どいつだ、そんなこと言ったのは……!」
フェルミン殿下は弾かれたように立ち上がると怒りを露わにし、俺を睨みつけてくる。元々が横柄な分、怒りの沸点も低いと見積もって良さそうだ。
「落ち着いてください。殿下はご存知ないかもしれませんが、私自身、体を乗っ取られた方を何人も救ってきているのです。教会が私を派遣したのも、あなたの変わりようから、そういう案件だと疑われてしまったのでしょう。もし誤解であるなら、あなたこそ本物であると示さなくては」
真実と嘘をバレないように混ぜ、理屈で納得できるラインに落とし込む。けれどそれだけでは話に耳を傾けさせるには弱い。今のまま放置すると少し損をしてしまいますよ、私はあくまでも味方ですよ、と思わせる方向から切り込むことにした。
フェルミン殿下は怒りを静め、椅子へ座り直す。そうしてこちらを値踏みするような視線を送りながら、口を開いた。
「本当にそういうことが起きてるのか?」
「頻繁にではありませんが、あるのは確かです。先入観から疑いをかけてしまい、大変申し訳ございませんでした」
「意外と物わかりがいいんだな? きちんと謝罪もしてるし、大目に見てやる」
深く頭を下げてお詫びすると、フェルミン殿下は満足したように嫌な笑みを浮かべていた。けれど、これで少しは警戒も解けてきたはずだ。
「それにしても驚きました。王族の身であるにも関わらず、自由を重んじる……本来のフェルミン殿下がこんなにも革新的なお方だったとは……!」
「そうだろう? お前、珍しくなかなか話がわかるヤツだな」
どうやら遠回しな嫌味がわからないタイプらしい。これを褒め言葉だと受け取るとは、本当に恐れ入る。短気で我慢弱く、利己的。周囲を所有物のように扱って全方位見下し、全能感に酔っている。短絡的で思考は浅い。
どうする……賭けてみるか?
けど、確証がない。
俺だけ『転生者』ってバレて逆手に取られてもまずいし……
『フェルミン様が変わられたのではなく、別人であると断言いたします』
俺は一瞬迷い、勇気を出して話してくれたマリアネラ殿下の言葉に賭けることにした。彼女を信じ、信じると口にしたからこそ、腹を括った。
もし乗っ取ってる相手が『転生者』以外の何かなら、終わりかもな。
これが『転生者』なら、強引に魂を抽出することで収拾がつけられる。だがガチの精霊や精神疾患による分裂した人格だったら、もう俺はどうしていいかわからない。
「お褒めいただき、光栄に存じます。私も殿下と同意見です。そもそも王太子であるあなたを社畜扱いするなど、言語道断でしょう!」
「だろ~? 王族なのに社畜とか、終わり散らかしてるよなぁ」
終わり散らかしてんのは、あんただよ。
義憤に駆られたように力強くフェルミン殿下に賛同すると、彼は朗々と自身の不満をぶちまけ始めた。さすがに俺が過剰に媚びへつらい、取り入ろうとしていることはバレているだろうが、そんなことは関係ない。
この手の人間は大抵、害がなく、褒めちぎりながら擦り寄ってくる人間が大好きだ。バレバレのゴマすりを見下してせせら笑いながら、施しを与えてやってるような気分になれて気持ちがいい。その一時的な快楽に抗えない短絡さを、自覚もしていない。取り入るのが簡単で扱いやすく、滑稽だ。
『なぁ、トリスタン。社畜って何かわかるか?』
『しゃちく? 知らないよ。しゃちく扱いって、どんな扱い?』
フェルミン殿下は今もなお、自分の置かれた状況や臣下たちへの不満を気持ち良く語っている。社畜というネットスラングに、引っかかりもせずに。
『あ……フェルミン殿下も、マサキと同じ世界の人ってこと?』
『そういうことだ。ちなみに社畜ってのは、馬車馬みたいに働かされてる家畜みたいな人間のことだな』
『なんだ、マサキのことか』
『トリスタン~……』
それにしてもこんなにあっさり引っかかるとは思いもしなかった。「お前も『転生者』だな?」を期待していたし、恍けて「社畜とはなんだ?」という反応も想定していただけに、肩透かしを食らったような、妙にホッとした気分になった。
「フェルミン殿下、お話のところ申し訳ありません。一つお尋ねしますが、なぜあなたは『社畜』という言葉をご存知で?」
その瞬間、湧き水のようにあふれていた語りがピタリと止まる。瞳には殺意にも近い敵意が宿り、鋭く俺を睨みつけた。
「お前……『転生者』だな?」
それだよ、俺が欲しかった反応は。
遅ぇよ。
「『転生者』の概念もご存知でしたか。ありがたいですね。実は前回の方は『転生者』をご存知ない方でして、少々手間取ったものですから」
「そんなことはどうでもいいんだよ。俺を『転生者』だって炙り出して、お前は何がしたいんだ?」
フェルミン殿下の敵意が、舌舐めずりする蛇のように俺にまとわりついてくる。どれだけ怖い顔をしていたところで、相手の底はもう大体知れている。だが、油断だけは禁物だ。手段を選ばず道連れにでもされたら、たまったもんじゃない。
「決まっているではありませんか。本物のフェルミン殿下に、体をお返ししてほしいんです」
丁寧に説明すると、今度は腹を抱えてゲラゲラと笑い出した。情緒が安定していないにも程がある。
「お前も転生者なんだろ? そのトリスタンってヤツの体をお前は良いように使っておいて、俺には返せだって? 悪いけど、俺は王子に体を返す気はない」
そう言われてしまうと、ぐうの音も出ない。確かに俺は体を返さず、良いように使っていると取られても文句は言えない立場だ。
『アイツ……マサキをあなたと一緒にするな!』
本当は俺が何か言うべきところなのだろうが、なぜか体を奪われているトリスタンが吠えていた。けれどトリスタンがいくら吠えたところで、一欠片もフェルミン殿下には届かない。それが体の主導権を放棄して、取り戻そうともしないヤツへのペナルティだ。
『あんたが叫んでも俺の頭の中がうるさいだけだろ』
『そう、だけど……!』
『文句言いたいなら、やっぱ体を取り戻すしかないな』
体を取り戻せと促せば、トリスタンは黙り込んでしまう。まだ自分の人生を生きる気力がないことに、俺は静かに嘆息した。しかし今はそんなことより、フェルミン殿下の方だ。
「……フェルミン殿下の体と人生を、一方的に奪ってる自覚はありますか?」
「さぁな。でもこうなってるのは、死んだ俺に神様がチャンスをくれたってことだろ? ってことはさぁ、神様から見て、フェルミンは要らない人間ってことなんじゃね?」
おいおい、本当に現代人か?
人のことあんま言えないけど、倫理観まで終わり散らかしすぎだろ……
人生のやり直し感覚の強さと執着。周囲への粗暴な振る舞い。他人の人生を顧みない利己的な思考。それらを結びつけるだけで、この転生者の生前の姿が垣間見えてくる。人生への未練か、社会そのものへの恨みか、具体的には掴みきれないが、鬱積した不満の塊のようなものが背後にあるような気がした。




