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第11話 ずっと俺のターン?いいえ、ここからは俺のターン

 人間生きていれば、誰かを恨むこともあるだろうし、社会が憎く感じる瞬間もあるだろう。どうして自分は上手くいかないのか、どうして自分以外の人間は幸せそうにしているのか。真実のような、言いがかりのような、よく分からなくなったナイフを誰しもが隠し持っている。ただそれを振るうのか、しまったままでいるのか、そしてその切れ味も……千差万別ではあるが。


 とにかく自分が不遇だからといって、他人を蔑ろにして引きずり下ろして良い理由にはならない。実際、王太子妃のマリアネラ殿下は深く傷ついていた。周囲にも徐々に被害が出てきている。そして将来このまま王位を継いだら、国は大惨事。国家規模の心中みたいなものだ。


 何より、それまで品行方正に王族としての役目を全うしてきた本物のフェルミン殿下への敬意や配慮が何もない。それは彼が歩んできた人生、努力、尊厳、その全てを踏みにじるも同然の行為だ。彼が積んだ信頼の貯金を切り崩すこの転生者を、このまま見逃して良いはずがない。


『あの人の転生先が僕だったら良かったのに』

『馬鹿か。あの手合いはな、あんたみたいに虐げられてる人間になんか転生したくねぇんだよ。タダ乗りして、無双したいだけだからな』

『そう、なのかな?』

『そうだろ。人生やり直したがってるわりに、ろくに何もしてない。あの思考で、あんたみたいな失敗してるヤツに転生しても、上手く好転させられないってことだけは自明だな』


 恵まれた環境にいてコレなら、あの転生者がトリスタンになったところで、どうせ何もしないし、できないだろう。ただ単に今は、身に余る権力を手に入れて増長し、勝手に新しい人生が輝かしいスタートを切ったと勘違いしているだけに過ぎない。


「もうお前と話すことはない。帰れ」

「残念ながら、私も仕事で来ているんですよ。ところでフェルミン殿下、あなたは王子の役を演じて上手くやっていこうとは思わないのですか? あなたが好き勝手やるせいで、私もわざわざこんなところへ来る羽目になってしまったわけですが」

「王子の役? フェルミンの真似事なんかしたって、なんの意味もないだろ。俺は俺らしく、俺として生きる。むしろ王子なんだから……いや、生まれ変わった人生……そのくらいの自由は許されたって良いだろ?」


 俺は王子の役って言っただけで、フェルミン殿下のフリをしろとは言ってないんだが。

 これが理解できないってことは、政務放棄ってより政務をこなす能力がそもそもないだけって感じだな。


 この転生者は何もわかっていない。王子という肩書きの重さも、求められている役目も。権力がある分周りは確かに逆らえないが、それは自由にできることとイコールではない。


 大きな力には相応の責任が伴い、何不自由のない生活と引き換えに“不自由”になる。そしてそれは、トリスタンみたいな人間に転生したとして、果たして同じことが言えるのか甚だ疑問だった。


「てか、お前下っ端神官のくせに生意気だな。俺が転生者だってバレても困るし、これ以上干渉するなら潰してやろうか?」

「やれるなら、どうぞ。私は下っ端でも、陛下が直々に教会に依頼して派遣された神官です。王太子殿下の権限だけで一方的に投獄できると思いますか? お父上の賛同を取り付けてから発言なさったらいかがですか?」


 フェルミン殿下は舌打ちし、忌々しそうに顔にシワを寄せている。せっかくの綺麗な顔も、中の人次第ではああもなってしまうのだから、ガワだけ良ければいいというものでもない。


「不敬罪だ。おい、誰かいるんだろ! この神官をサッサと捕らえろ!」


 扉を開け放って叫ぶと、離れて待機していた護衛騎士たちが呼びかけに応えて駆けつける。とりあえず入室まではしたものの、さすがに狼狽(うろた)えていた。


「おやおや、物騒ですね。私はただ真面目に、陛下からの依頼のために身を粉にして尽くしているだけなのですが……」


 相手は聖職者で、しかも国王陛下から直々に呼ばれてきた人間だ。おまけに、下手を打てば国と教会の関係にまで亀裂が入りかねない。騎士たちもそのあたりは理解してくれているようで助かる。


「何してるんだ! 俺の命令が聞けないのか!?」


 だから王子を演じろって言ったのに。

 コイツはもうおしまいだな。


「気分を害してしまい、大変申し訳ございませんでした。それでは殿下……私は陛下にご報告に参りますので、これで失礼いたします」


 この転生者がもう少し話の通じる相手であれば、話し合いをしてより良い道を探せたかもしれない。彼が本物のフェルミン殿下と会話をすれば、新たな道が拓けたかもしれない。


 けれどその機会を、横柄で利己的な態度で全て折ったのは彼だ。俺はもうこの転生者の説得を諦め、陛下へと報告をすることに決めた。



──悪い精霊が憑いている。



 俺はそう陛下へ報告し、すぐに取り除く必要があることを説明した。フェルミン殿下……の皮を被った転生者は、自分が命令して扱き使っていた護衛に捕らえられて、謁見の間へと連行されてきた。


「お前、卑怯者! 俺と同じ『転生者』のくせに!」


 けれどもう、彼の戯言には誰も耳を貸さなかった。『転生者』なんて謎の用語まで飛び出しているのに、悪い精霊の言葉に耳を貸してはならない、惑わされてはならないと、誰も彼を見ようとはしなかった。


 転生者の言動に困らされていた陛下は俺の「悪い精霊の仕業」を支持し、強制的に抽出することでフェルミン殿下の人格を取り戻すことが決定した。


 前世がどんな人間で、どんな環境にいたのかは知らないが、こういう世界の聖職者ナメてると、痛い目に遭うんだよ。

 世渡り下手くそ勢で助かったわ。

 さ、除霊除霊……


「父上、母上、俺は悪い精霊なんかじゃない!! 信じてくれ!!」

「今のお前は、以前のフェルミンとは似ても似つかぬ。ここまできて我を謀ろうとは……神官トリスタンよ、早く本当のフェルミンを救い出してやってくれ」


 本物かどうかより、あんた自身が国にとって不都合かどうかで決まるに決まってる。

 本物のフェルミン殿下より有能なら、このまま生かしてもらえたんだろうが……下手を打ったな。

 実際ニセモノだし、消しても何も不都合はないんだけど。


「陛下の仰せのままに」


 陛下の許可が下り、俺は転生者へと近づいていく。抵抗できないよう拘束具をつけられ、それに加えて騎士たちに両脇を固められているせいで、逃げることも叶わない。


「おい、お前何する気だよ」

「聞いておられなかったのですか? フェルミン殿下へと体をお返しするんです」


 俺が彼の額に手をかざすと、ビクッと肩が跳ね、後ろへと下がろうとする。けれど騎士たちはそれを押し留め、前へ突き出すように背中を押した。


 魔力を込め、魂を探る。気配から、どちらが転生者のものであるかはすぐにわかった。触れるとつるんとした感触と同時に、猫の爪で軽く引っ掻いた程度の小さな傷っぽいザラつきが無数に伝わってくる。俺は逃げようとするそれを固く鷲掴み、体から引き抜こうとした。


『あっ、マサキ! あれ……!』

『あ? なん──』


 が、俺からの干渉を受けたことで動けるようになったのか、もう一つの魂……本物のフェルミン殿下の魂が、転生者の魂に猛スピードで体当たりをぶちかます。


 お、おい!?

 なんでどいつもこいつも勝手なことするんだよ……!


 どうやら本物のフェルミン殿下も相当にブチ切れてるらしい。体から押し出された転生者の魂は、俺の手を勢い良くすり抜け、ポーンと謁見の間の床へと落ちた。


 少しだけ白く濁った球体が、コロコロと逃げるように転がっていく。その球体の端からゆっくり砂のように崩れ、その足跡は一つの線を描いていた。


 魂は緩やかに削れて段々と小さくなり、最後の一粒が音もなく床に吸い込まれる。そして足跡の最初から辿るように溶けていき、跡形もなく消え去った。


 イチロウさんのときもそうだった。『転生者』の魂は音もなく、この世界の誰にも知られず、最初からなかったように消えてしまう。相手の体を奪って、死んでいるのか生きているのかもわからない状態で俺たちが覚醒したことにどんな意味があるのか。


 きっと俺は、その答えを永遠に知ることはないのだろう。

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