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第12話 未成年者の飲酒は法律により固く禁じられております

 転生者の魂を抽出したあと、意識を失ったフェルミン殿下の回復を待った。目覚めが夜であったため、俺は翌日の昼前にフェルミン殿下の部屋を尋ねた。


 体調を確認したあと、魂の修復を行った。フェルミン殿下の魂には浅いヒビ割れが複数と、一カ所大きな亀裂が入り抉れていた。


「私が精霊に乗っ取られている間のことは、従者たちから聞いて大体把握しております。この度は、大変ご迷惑をおかけしました。教会とトリスタン殿のお力で無事に元に戻ることができました。本当に、ありがとうございました」

「いえ、これも私の職務です。お気になさらないでください」


 フェルミン殿下は無駄のない洗練された所作で礼をし、感謝を述べる。その姿はロイヤルな威厳と風格が伴った、ピッとこちらの背筋まで伸びるような雰囲気をまとっている。


『な、なんか……昨日のフェルミン殿下とは全然違うね』

『だな……ガワは同じ、なんだよな……?』


 思わず脳内でトリスタンと確かめ合ってしまうくらいの変貌ぶりは、「別人のようになってしまった」という証言が決して大げさなものではなかったことを物語っていた。


「私はこれまでに、精霊に取り憑かれた人を他に二人見たことがあるのですが、その共通点として取り憑かれた人は魂が疲弊していたり、何かつらい出来事があったりしたようです。殿下には心当たりがありますか?」


 俺はフェルミン殿下が目覚める前、俺とトリスタン、イチロウさんとデメトリオ、そしてフェルミン殿下のケースを照らし合わせた。その結果として導き出されたのが、『転生者』が目覚める条件は体の主の心の疲弊や傷心にあるのではないかという仮説だった。


「疲弊、ですか……」

「心に隙ができると、精霊に取り憑かれるという事象が極稀にあるようです。その精霊も様々で、傷を癒したいと思う精霊もいましたし、今回のように悪事を働く精霊もいるようです。フェルミン殿下、他言はいたしません。その胸の内に抱えたものをお聞かせ願えないでしょうか」


 フェルミン殿下の視線が、静かに落ちる。それは心当たりを探しているというよりは、すでに見つけたものを言葉にするかどうかの逡巡に見えた。


「もちろん私でなくとも、他の誰か……一人でも構いません。勇気を持って信じられる人に打ち明けてみませんか? 神官の立ち会いがあった方がよろしければ、私も立ち会いましょう」

「しかし……あのような粗暴な振る舞いをして、もう、誰も私のことなど…………」


 フェルミン殿下は、自身を罰するように拳を固く握りしめる。自分が犯したわけではない、けれど自分の体を通して犯した罪が、彼を深く苛んでいるようだった。


「フェルミン殿下、その状況にも関わらず、一人もあなたを見捨てた者はおりませんでした。少なくとも私は、戸惑いと悲しみと、心配の声しか聞いておりません。精霊の振る舞いに擦り減らされてもなお失われない……あなたが積み重ねてきた信頼は、とても厚かったということです」

「トリスタン殿……わかりました。あなたのお導きに従い、一人……話してみようと思います」

「えぇ、ぜひそうなさってみてください」


 フェルミン殿下の頬に、少しだけ血色が戻る。ずっと強張っていた固い笑みが、柔らかくほぐれた瞬間だった。



* * *



 フェルミン殿下との面談が終わった俺は、任務完遂ということで教会へと戻ることができた。教会へ戻ると、すでに結果を知っていた大司教と神官長が大いに沸いていた。なんなら俺をスカウトした神官長は昇進するらしい。俺は昇進しないが。


 大司教に頼み、今日と明日は休みをもらうことにした。営業は好きで社畜を極められても、神官はクソほどやる気が出ない。


 部屋へ直行し、ベッドに寝転がって仰向けになる。王城のベッドはハイクラスのホテルのベッドみたいにふかふかで、シーツも滑らかだった。


「けど俺は、このボロベッドで十分だ。二度と行きたくねぇ……」


 沈まないベッドに沈みながら、盛大にひとりごとをぶち撒ける。頭の奥の方から、くすくすと楽しげに笑うトリスタンの声が聞こえてきた。


『確かに、お城はさすがに緊張したね』

『あんたのどこに緊張する要素があったんだよ』

『マサキがしくじったら、一緒に首が飛ぶとことか?』

『あー……』


 そういえば俺が先にそう言ったんだったな、と一人納得する。とりあえず首が飛ぶような事態にならなくて心底ホッとしている。


『なんかでも……ちょっとかわいそうだったね、あの転生者』

『は? 知能の方がか?』

『違うよ。死んで、知らない世界に来て、でもやり直せるかもって希望を持って……でも、よくわからないまま消されちゃったんだから』

『いや、わりとわかってただろ、アレは』


 頭に響くトリスタンの声は、冗談や軽口ではなく明らかに同情の色が滲んでいる。あの転生者のどこに、そんな同情を向ける余地があったのか俺にはさっぱりわからなかった。


 トリスタンって、家族からあんなボコられてたのにお人好しなままだし……マジで変わってるな。

 そんなんで大丈夫なのか?


『権力使って好き放題しようとした罰だな。影響力デカいほど、代償もデカいのは当然だろ? しゃーないしゃーない』

『でも……僕は、あの人の気持ちが、少しわかる……気がする』


 いつもなら「そうかもね」なんて言って、適当に意見を合わせてくるトリスタンが、珍しく反論を口にした。明らかな良い意味でのトリスタンの変化の兆候に、俺はいつもより集中して耳を傾けることにした。


『僕はずっと、家族に蔑ろにされて育ってきたのは知ってるよね? だから、みんなが優しくしてくれる場所でなら、僕でもやり直せるかもしれないって……舞い上がっちゃうかもって思って』

『で、トリスタンも暴君になるのか?』

『……そんなことはしたくないって今は思えるけど、どう、なのかな……? 王子になったら、僕もああなると思う?』


 トリスタンは本気で、自分があの転生者のようになってしまうのかもしれないと思っている。それは微かに声が震えて、言葉が詰まっていることからも容易に感じ取れた。


 だが、そんな心配はするだけ無駄だ。そもそもそんなことを怖がって震えるヤツが、あんな横柄な態度を取る蛮勇なんて持っているわけがない。


『なるわけないだろ。価値観も性格も違うんだから』


 危ういな……大丈夫か?

 やっぱ年齢のわりにフワッとしてるんだよなぁ、トリスタンは。


 虐待を受け、外部との接触がほとんどなかったと考えるのが妥当か。トリスタンの世界は『家』に閉じられていて、狭い。教会へ逃げ込んだあと、外の世界に触れる反応は、まるで都会に出てきたばかりの田舎者のような純粋さと素朴さがあった。


『あっ、それとね、マサキの気持ちも、少しだけわかった気がするんだ。殿下のこれまでの人生が、知らない人にぐちゃぐちゃに書き換えられていくのを見て、マサキは僕にああいうことをしてる気分だから、返したいって言うのかなって』

『おいおいマジか……アレと一緒にすんなよ。俺はトリスタンって存在を大切に大切に、世間体守ってやってるだろ~?』


 なんてごまかしたが、やっていることは然程変わらないと思っている。フェルミン殿下の転生者は、良くない方向へ『フェルミン』という人間を上書きしていた。そして俺がやっているのは、良い方向へ『トリスタン』という人間を上書きしている。


 生活基盤を整え、俺がいなくなったあとも暮らしていけるようにすることは最重要項目だ。だがその過程で『トリスタン』という人間の評価が、俺を通して出来上がっていってしまう。時間が経てば経つほどに、本物のトリスタンとの乖離は大きくなるだろう。


 だから俺はできるだけ早くしようとしてんのに、コイツときたら……


『それはわかってるよ! 僕が嫌って話じゃなくて、マサキがそう感じて僕に申し訳なく思ってるのかなって……』

『ってことは、俺のためにも自分の体を取り戻す気になってきた感じか?』

『それは……嫌だ。取り戻したら、マサキは消えちゃうから』

『なら、この話は終わりだな』


 トリスタンはどうにも他人に感情を寄せすぎる。俺に対しても、これまで出会ってきた転生者を始め、誰に対しても。それは心根の優しさであり、自分という軸のなさの裏返しでもある。自分を取り巻く誰かではなく、トリスタンとしての軸を見出し、一人で立てるようになってもらわなくては困る。他人の軸に寄りかかることほど、危ういものはない。


『それより、せっかく陛下から特別に個別褒賞もらったんだ。なんか美味いもん食って、一杯飲みに行くかー。神官の貧乏飯ばっかじゃ、この育ち盛りの体が細るわ』


 答えの出ないことをネチネチと考え続けるのは、性に合わない。景気良く美味しいものでも食べて、無事に依頼が完了したことを祝うことにした。したのだが……


『僕、まだ十七歳だから飲酒は……』

『そうだった……そうだったッッ……!!』


 その後俺は、少し高級店っぽい雰囲気の料理屋で、普段なかなか口にできない良い感じの肉をひたすら食べた。甘い葡萄ジュースを片手に。

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