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第5話 見ろよアレを、転生ガチャそこそこ成功してやがる。なのに俺たちときたら……

 デメトリオは改まった様子で椅子に深く座り直し、姿勢を正す。そこにはすでに動揺の色はなく、凪いでいる海のように落ち着いていた。


「私の名前は寅木(とらき)イチロウと申します。東京で妻と二人暮らし、子供が孫を連れて遊びに来てくれるのが楽しみでね。『田舎でのセカンドライフ』なんて言葉に夢を見た、どこにでもいる高齢者でした」


 なるほど、定年退職後で田舎の移住に憧れてたってことか。

 だからあの“第一声”だったんだな。


「しかし……憑依ということは、このデメトリオという青年に、幽霊になった私が取り憑いているということでしょうか?」

「うーん、実を言うとそのあたりはわかっていないことも多くて。ただ一つ言えるのは、あなたとは別にデメトリオという青年の魂が、その体の中に存在しているということですね。実際私の中にも、トリスタンという青年がいます」


 デメトリオ……いや、イチロウさんは胸元に手を当てて俯く。自分の中のデメトリオを探すような仕草だが、彼にはその存在を感じられていないのか微かに戸惑ったような表情をしていた。


「とりあえず、あなたの中にデメトリオさんの魂が存在するか、どのような状態か確認してもよろしいですか?」

「えぇ、構いませんが……そんなことができるんですか?」

「不思議なもんですよ。魔法なんてない世界から来たはずなのに、あっという間にできるようになってしまって……慣れって恐ろしいです」


 軽く肩を竦めて見せると、イチロウさんは軽く緊張を解いたように微笑んだ。その後、彼の額に手をかざして魔力を込める。ゆっくりと探ると、確かに二つの魂を感じ取ることができた。


 片方、浅いけどかなり亀裂が多いな……こっちがデメトリオの方か。

 とりあえず、修復しておくか。


 亀裂の多い魂を修復しようと、集中して魔力を注いでいく。しかし次の瞬間──


『マサキ、イチロウさんが……!』


 頭の中でトリスタンの張り詰めた声が響き、ぐらりと傾いていくイチロウさんの体をとっさに支える。なぜか突然意識を失ってしまった。すぐに呼吸と脈拍だけを確認し、彼を処置室のベッドへと運んだ。



* * *



 念のため、教会にいる医師にも確認してもらった。突然の意識消失であったことを除けば、ただ眠っているだけの状態と変わらないと診断された。しかし、目を覚まさない以上安心はできない。俺は問題なく目覚めてくれと祈るような思いで待っていた。


『……ねぇ、せっかくだから今のうちに聞いていい?』

『何をだ?』

『イチロウさんの言ってたセカンドライフって何?』

『あぁ、うーん……仕事辞めて隠居したあとの老後? みたいな意味』

『なるほど~』


 いつも頼りなくて、おろおろしていて、臆病な猫みたいなトリスタン。けれど今だけは、この何気ない会話に救われていた。自分の施術が、意図しないところでイチロウさんとデメトリオの命を危険に晒したかもしれない。その可能性に、思うところがないわけではなかったから。


『イチロウさんは、仕事を辞めてから田舎でのんびり暮らしをしたかったってことなんだね。じゃあ、デメトリオさんを通じて本当に夢が叶ったってことなのかな?』

『……どうだかな。あんたは家族への情が薄いけど、イチロウさんはそうじゃなさそうだし。大切にしてた家族と人生を代償にして得た夢に、なんの意味があるんだか』

『あぁ、確かに。そういうことになるんだ……『転生者』は、みんな一人ぼっち……』


 沈み込んだトリスタンの声が、小さなため息と共に頭の中に落ちてくる。それはやがて胸の奥にまで落ち、ざわりと波紋を広げた。


 ヤベ、余計なこと言ったな。

 今の俺、ちょっとどうかしてるわ。


 トリスタンも、ある意味で一人だ。クソみたいな家族は俺が捨ててやったし、教会に親しい相手はできたものの、それはトリスタンとではなくトリスタンの皮を被った俺とだ。一人ぼっちという単語がトリスタンと重なり、喉の奥に刺さった小骨のような気持ち悪さを残した。


 それから三時間ほど経った頃、イチロウさんは無事に目を覚ました。滅多なことで動揺しない俺も、さすがにこのときばかりは心底安堵した。


「あれ、私は眠っていたんですね」

「はい。体調はどうですか? 何かありましたら、医師を呼んできますが」

「いえ、それは大丈夫です。それよりトリスタンさん、夢……だと思うのですが、デメトリオくんと少しお話をしてきました」


 デメトリオ……くん?


 イチロウさんは意識を失う前よりもかなり顔色が良い。礼儀正しく対応する大人の笑みではなく、家族に向けるような飾らない柔らかな表情に変わっていた。


「おぉ……頭の中でデメトリオくんがお喋りしてます。トリスタンさんもこんな感じで会話してたりしますか?」


 お茶目か……?


 まるで孫が初めて歩き始めた瞬間に立ち会ったみたいな反応で、イチロウさんはそわそわと楽しそうにしている。家族仲も良好で、この人柄。きっと働いていた頃も部下に慕われていた人なのだろうと、なんとなく想像できた。


「してますね。声に出さずに会話する方法を身に着けた方がいいですよ」

「それはそうですね。ひとりごとが激しくなれば、また彼のご両親を心配させてしまいますから」


 イチロウさんは困ったように眉尻を下げて笑いながら、頬を掻いていた。デメトリオとして覚醒してから、彼の両親を振り回してしまったことを気にしているのだろう。デメトリオがどんな人間かもわからないのに、彼のフリをして安心させろという方が無理な話だというのに。


「それと、トリスタンさんがここへ来た理由がわかりました」

「……え?」

「何を驚いているのですか。神官が来たとなれば、デメトリオくんに取り憑いた私を、除霊しに来た以外にないでしょう」


 そうではない、と言いかけて、俺は慌てて口を噤む。除霊というわけではないが、確かにやることの結末は同じだ。デメトリオを本来のデメトリオに戻すためには、イチロウさんに消えてもらわなければならない。


「神官のお仕事も、なかなかに酷なものですね」


 それを、魂に触れられる神官である俺がやる。イチロウさんは穏やかな調子だが、構造を理解し、全てを見透かしていた。


「お気遣い感謝します。ですが、それも私の仕事ですので」

「達観しておられるようで、安心しました。除霊ですが、少しだけ待ってほしいのです」

「理由をお尋ねしても?」

「余生に、少しだけお節介を焼きたくなってしまったものでして。余命幾ばくもない老人の最後の願いと思って、聞いてくれないでしょうか?」


 イチロウさんがやりたいことは、なんとなくわかってしまった。察するのは難しくない。俺がトリスタンにしていることと同じことをしようとしているのだと。


「私が受けた依頼は、別にイチロウさんを消すことではありません。お二人がご決断するまで待つことは可能です。ですが、心配しておられるご家族がいらっしゃることは忘れないでください。特に、デメトリオさん」


 いくら転生者の方に消える覚悟があろうと、自立できるまで支えると決めてしまったら、相手の「一人では生きていけない」に縛られる。実際に今の自分がそうだ。とても一人でやっていけそうにない精神状態のトリスタンを、どうにかして自立させようとしている。それがいつになるかは、わからない。


 トリスタンには、トリスタンであることを取り戻して喜んでくれる人間が存在しない。だからこそ彼は弱さのままに、今の状態に甘んじてしまう。だからこそ思い出してほしかった。デメトリオには、デメトリオの帰りを待ってくれている存在がいることを。


「彼はとても聡明な青年でした。きっとわかっておられますよ」

「では、余計なことを言いましたね。魂の分離は、抽出という形で行います。結論が出ましたら、教会にご連絡ください。責任を持って、私が参ります」

「ありがとう。あなたが話のわかるお方で本当に良かった」


 イチロウさんは安堵して目を伏せ、深く頭を下げる。謙虚で、決して傲慢な態度は取らない。そんな人柄に触れたからこそ、せめてもの手向けにでもなればと絆された面もあるのだろう。


「でしたら、ご自分の運の良さに感謝した方が良いですよ。私は若手だからと、地方出張を押しつけられて来ただけですから」


 俺が軽口で返すと、イチロウさんはふっと息を漏らして肩を小さく揺らしていた。その後、俺はデメトリオの両親に「彼の悲しみに精霊が寄り添ってくれている。少し長い目で見守ってほしい」と説明し、町を後にした。


 教会の馬車に揺られ、窓の外を平原の風景がゆっくりと流れていく。それをぼんやり眺めていると、不意に声が響いた。


『悲しみに寄り添う精霊……確かにそんな感じだね。イチロウさん、すごく優しそうな感じだったし』


 トリスタンの声が、どこか嬉しそうな温かさを乗せてそよ風のように吹いた。まったく暢気なものだ。まるで他人事みたいな反応で。


『そうだな。トリスタンは精霊ガチャは外したな。俺も転生先ガチャ大ハズレだけど』

『ガチャ?』

『くじ運。あんたも俺も、運がないってこと』


 説明してやると、クスクスとトリスタンは笑っていた。最初は声だけでは感情を読み取りにくいと思っていたが、毎日毎日聞くうちに声だけでもだいぶ感情を掴めるようになってきた。これは俺を少しだけ馬鹿にしてるときの笑い方だ。


『そんなことないよ、僕はね。マサキが大ハズレなのは認めるけど』


 トリスタンの、それはそれは愉快な笑い声。俺はもう返事をする気力もなくし、ため息だけを返した。無責任に俺の行動を眺めてるだけでお気楽なもんだ、と。

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