第4話 定年退職者の異世界転生とかあるんだ……
俺のもとへ突然舞い込んだ依頼。王都から少し離れた田舎町の小さな教会から「様子がおかしくなった青年がいる」と、協力要請が来た。ド田舎へ出張したがる神官はおらず、若くて体力があるからと俺に白羽の矢が立ったというわけだ。
小さな家々が立ち並び、遠くには広大な田畑が広がる長閑な田園風景。今は種蒔きの季節なのか、耕された土の色が剥き出しになり、空の青に映える。出張の移動のときにも似たような景色を見たことを懐かしく思いながら、町へと着いた。
到着した俺は早速小さな教会の一室で、様子がおかしくなった青年の両親から聞き取りを始めた。
「息子さんのご様子をお聞かせ願えますか?」
トリスタンの優男系の顔面で穏やかに営業スマイルを貼りつけると、神官の服装もあってか、夫婦はホッとしたように少しだけ表情を緩ませた。社会的信用があるのは良い事なのだが、まだ解決できるかどうかもわからないので、ホッとされても困る。
「息子には騎士になるという夢があったのですが、一か月ほど前に採用試験に落ちて田舎へ帰ってきたんです。それはもう、酷い落ち込みようで……ですがつい先日、急に元気になったと思ったら家業の農業を生き生きと手伝い始めまして……」
「それは、良いことではないのですか?」
「お恥ずかしながら、息子は農業や田舎を嫌がっていたものでして。話し方も、妙に達観してて老成していると言いますか……とにかくあまりの変わりように、どうしても息子とは思えないんです」
夫婦は期待と不安の両方を、潤んだ瞳に滲ませて訴える。それまでこらえて口を閉ざしてきたものが、堰を切ってあふれるように。
家業に意欲的なんて良い変化のはずなのに、『変』だって気にかけてんのか。
俺の親ならあり得ないかもな。
「豹変した日、息子は畑を見て『おぉぉ、夢にまで見た田舎のスローライフじゃないか!』って叫んだんです。時折会話に知らない単語まで飛び出すようになって……一体どうしてしまったのか……」
え?
夢にまで見た田舎の“スローライフ”?
突然ぶち込まれた現代用語に、ハッと頭が冴えたような気がした。俺の中に、俺とは別の『転生者』の可能性が浮かび上がる。
『ねぇ、マサキと似てる気がする』
『わかってる。けど、会ってみないことにはなんとも言えないな』
「息子さんと直接お話することは可能でしょうか?」
ここで会話に応じられる落ち着きがあるかもかなり重要だ。夫婦とは一応会話できているとはいえ、態度によっては手に負えない可能性もある。夫婦は俺の申し出を受け入れると、すぐに息子を呼びに言ってくれた。
夫婦の呼びかけにすんなり応えてくれたのか、息子は然程時間も経たないうちに教会へと来た。鳶色の髪に同じ色の瞳の、トリスタンと同じ年頃の青年だ。柔和な笑みと穏やかな眼差しの奥に、理知的な光が宿っている。
「はじめまして、神官のトリスタンと申します。どうぞ、そちらへおかけください」
「はじめまして、トリスタンさん。私は……デメトリオと申します」
デメトリオと名乗った青年は軽く頭を下げると、俺の正面の椅子へと腰掛ける。まだ達観や老成という言葉が合うほどの人かはわからないが、確かに年齢に対してしっかりしている、もしくは礼儀正しい印象だ。
とはいえ、この程度なら別に珍しいというほどでもない。名前を口にする直前の間も気になるが、落ち着いて会話できそうな雰囲気に少しだけ安堵した。
「ご両親からお話は伺いました。近頃雰囲気が変わられたと仰っておりましたが、デメトリオさん自身には何か心当たりはありますか?」
デメトリオは微かに開きかけた口を、そっと噤む。じっとこちらの目を見たあと、目を伏せて「いえ」と首を軽く横に振った。
警戒されてるのか?
すでに両親はあの反応だ。下手に現代のことを話すのは危険と考えるのも仕方ない。とはいえ、俺の素性を明かして警戒を解くというのも、万が一予想を外してデメトリオが『転生者』でなかったときにまずい。
「では、質問を変えます。デメトリオさんにはもう一つ、別の名前はありませんか? デメトリオさんが、デメトリオさんになる前の……別の人間だった頃の名前とか」
デメトリオはハッと弾かれたように目を丸くし、眼差しに食い入るような熱が宿る。助けを求めて縋るような一瞬の閃きと、それを覆う不安の揺らぎ。躊躇いがちに落ちたまばたきのあと、彼は口を開く。
「君は……何か知っているのか?」
探り、試すような声色。核心に触れそうで、触れない一線を引いた言葉選び。低リスクで、こちらから答えを引き出そうとしているのは明らかだった。
「何か、が何かは存じ上げませんが、神官ですのでそれなりには」
そういう態度なら、こちらも情報開示は慎重にならざるを得ない。だが信頼を築けなければ平行線であることも事実だ。この世界の人間にとって『神官』は社会的信用度が高いが、それ以外の存在にとってはその限りではない。現代よりも遅れた西洋風の異世界、こちらの世界にあった宗教的な争いや魔女狩りといった陰鬱な歴史は当然頭をよぎる。
かなり慎重で交渉慣れしてる感じだな。
何者なんだ?
「そういえば、デメトリオさんは『夢にまで見た田舎のスローライフ』と仰ったそうですね」
「は、はい。確かに、この町と畑の風景を見て、言いました」
「『田舎のスローライフ』、確かに話題になってましたね。都会暮らしの方が田舎へ移住して、農業やカフェ、そば屋を始める……なんてのが」
恐らくこの世界の人が聞いても謎の単語ばかりだろうが、現代から来た人間にならほぼ確実に伝わる。万が一伝わらない相手だったとしても、こちらの素性が特定されることもない。
『ところでスローライフって何? そば屋……は、そばの実専門の粉挽きのこと?』
『一度に聞くな。スローライフってのは、のんびり暮らしって意味だ。そば屋はまぁ、気にすんな』
トリスタンの質問を適当に流し、デメトリオの反応を窺う。彼は緊張した面持ちで、それまでとは打って変わって囁くような小声で話しかけてきた。
「トリスタンさんは、日本という国をご存知でしょうか?」
来た……この人は確実に『転生者』だ。
「えぇ、存じ上げております。あなたも私も『転生者』なのだと思います」
「てん、転生者? すみません、それは一体どういうものか、ご教示願えますか?」
え、通じないのか……?
転生者という単語は、マンガやアニメといった娯楽媒体のおかげであまり珍しくない創作物の設定の一つになっている。そういったものに興味がなくとも、広告か何かで目にしたり耳にする機会もそれなりにあるとは思うのだが。とにかく知らないせいで、説明のハードルが一気に跳ね上がったことだけは間違いない。
「あの、落ち着いて聞いてください。『転生者』というのは、転生……つまり一度亡くなり、生まれ変わったものを意味する言葉です」
「……トリスタンさんの言うことを事実だと仮定するなら、私は一度死んで、このデメトリオという青年に生まれ変わったという理解で合っていますか?」
「そうです。と言っても、単純な生まれ変わりではなく、憑依の形に近いようですが」
正直、いきなり「あなたは死んで生まれ変わった」と言われて飲み込んで、話を聞き続けてくれるか不安があった。けれどデメトリオは否定せず、かといって鵜呑みにもせず、状況を整理して理解しようとしてくれている。その対応から、この転生者の正体に一つの推測が立つ。
結構年配の人っぽいな。
スローライフが夢ってことは、もう仕事は辞めてるか、定年退職目前くらいか……
デメトリオはふっと小さく息を吐き、軽く俯いて何かを考えているようだった。自分の死、異世界、転生、憑依、整理しなければならない情報が多すぎる。状況によっては一度話を打ち切り、また後日に回した方が良いかもしれない。そう考えていたときだった。
「なら私はあのとき……あのまま死んでしまったということなんだろうね。思っていたより早くて、呆気ない……」
デメトリオが、ぽつりと呟く。伏し目がちの瞳に寂しさとやるせなさを抱いて、口元は微かに笑っていた。その手が、そっと胸元を撫でる。そこが死因だった、と暗に語るように。




