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第2話 なぁ、俺のステータスちょっとウィンドウで見てくれないか?え、ない?

 あれから間もなく、治癒術を施してもらえたおかげで暴行の痕も痛みもすっかり癒え、教会に保護されて一か月経つ頃には本来あるべき体格が戻りつつあった。


 教会の食事は決して豪華ではないが、あの残りカススープなんかよりは余程栄養があって腹に溜まる。健康のために運動も始め、俺がトリスタンの体で目を覚ましたばかりの頃に比べれば、確実に筋力と体力がついていた。


 そろそろ保護も終わりかもしれない、そんなふうに考え始めていた矢先のことだった。


「トリスタン、あなたには特殊な魔力を感じます。適性検査をして、結果次第ではぜひ神官になってほしい」


 世話になっておいて断る理由もなく、神官長に言われるままに適性検査を受けた。その結果から、破格の光属性を持っていることが発覚したのだ。


「素晴らしい……あなたは将来有望な神官になれるでしょう! もし行くあてがないままのようでしたら、ここに留まって神官になってくれませんか?」


 いつもは落ち着いていて穏やかな声で話す神官長が、いつになく興奮している。いい歳して少年のように目を輝かせ……いや、ギラつかせていた。


「す、少し考えさせてもらってもいいか?」

「えぇ、もちろんです。良い返事を期待しておりますよ」


 にこにこと上機嫌な様子で、神官長は職務へと戻っていく。その足取りの軽やかさはもう“良い返事”がもらえる前提のようで、一歩一歩が俺の胸の奥に重く沈み込んでくる。


『なんで保留にしたの?』

『いや、なんでって言われてもな……』


 この頃になると、俺は声を口に出さずにトリスタンに話しかける方法を体得していた。


 就寝したあとは、毎日必ずあの雪深い精神空間的な場所で会話もしてきた。そのせいかはわからないが、トリスタンも最初の頃より積極的に俺に話しかけてくるようになっている。


『前に話しただろ。俺は神主になりたくなくて家を出たんだぞ?」

『神主……マサキの世界の神官みたいな仕事なんだっけ』

『そう、だから神官になんて死んでもなりたくねぇんだよ。死んでるけど』


 けれど現実的に考えれば、このスカウトは渡りに船だ。トリスタンとしての俺は家を捨て、帰るところがない。金もなければ、住むところもない。そして社会的信用もない。何も持たない十七歳の青年がいきなり社会の海に放り出されたところで、溺れないようにもがくので精一杯になるだろう。


 クソ……どう考えても一択か……


『僕は特別光属性を持ってる体質とかではなかったから、マサキのおかげなのかな?』

『え……そんなことあるか……? 俺の世界に光属性とか、治癒術とかないんだが』

『でも神官の家系なんでしょ?』


 そう言われると、そんな気もしてくるのが恐ろしい。神職家系の俺の方の何かが悪さをしている、あり得なくはない。異世界転生に【チートスキル】は付き物だが、神官に特化した能力というのはなんとも言えない複雑な感情を俺に植えつけた。


 そうして俺は一晩考えた結果、神官になることを選んだ。やはり背に腹は代えられないという結論だ。


『クッソ……なんで俺は死んでまで神官やらなきゃなんねぇんだよ』

『これも、神の思し召しってことなのかな?』

『マジふざけんなよ、神。俺は神主回避のために人生賭したんだぞ……人の心とかないのか?』

『神は、人じゃないと思う……』


 とはいえ、勝手のわからない異世界でも働いて金を稼いでいかなければならない。生前の知識や能力を活かして営業のような仕事でもするかと考えたが、それにしたって元手は必要だし、雇われるにしても信用されるに値するだけの土台を築く必要はある。


 何より『神官』という職は安定している。トリスタン自身もこうして意識が存在している以上、いつかトリスタンはトリスタンに戻るときが来るはずだ。俺がいなくても、彼だけで継続できる職に就いておくべきだと判断した。だから俺はものすごく……ものすごく不本意だが、神官という職を甘んじて受け入れることにしたのだ。



* * *



 神官になり、三か月が過ぎ去ろうとしていた。元々いろんな国を商談で巡っていた俺は、多少不便なところはあるものの、わりとすんなりと異世界の生活に馴染んでいた。


 ただ一つ慣れないのは──


「そうですか。それは大変つらい思いをなさいましたね。では魂の状態を確認します」

「あぁ……ありがとうございます。お願いします」


 魂の状態って、なんなんだよマジで。


 この世界の神官は治癒術での怪我の治療の他に、心理カウンセラー的な側面がある。お悩み相談や懺悔に近いような、俺の世界で言うなら神父や牧師のようなことをしている感じだ。


 ただこの『魂の状態の確認と修復』という謎の異世界文化には慣れずにいる。魔法も何もない世界から来たはずなのに、あっという間に感覚を掴んで治癒術を習得し、魂に干渉して亀裂を修復するという術まで叩き込まれてできるようになってしまっていた。


 適応力には自信あったけど、こんなとこまでとは……

 それともトリスタンの身体能力が優秀なだけか?


 手を相手の額のあたりにかざし、魔力で魂の感触を探る。そうして見つけた小さな亀裂を、治癒術のような感覚で修復する。


 心の痛みや悩みが和らぐわけではなく、それはカウンセリングで軽減しながら、人間の生命力の源になっている魂が砕けてしまわないようにしている……という理屈らしい。つまり魂の亀裂が深く、危機に瀕すると、生命力が失われて体が衰弱してしまうとのことだった。


 その日の業務を終えた俺は早速部屋に戻り、あることを試そうとしていた。それは、自分で自分の魂の修復をすること。つまり、トリスタンの魂の状態を確認しようと考えた。


 トリスタンは長年家族から酷い仕打ちを受けて、そのまま放置されてきた。きっと少なからず亀裂があるはずだ。


 トリスタンに俺が何をしているのかを悟らせないよう、目を伏せて視界を隠す。そのまま魔力を込め、自身の額にかざした。


『マサキ? どうしたの? 眠いなら横になればいいのに』


 頭の中に気遣わしげなトリスタンの声が響いてくるが、今は流して集中する。中に、二つ魂があるのがわかる。一つは俺で、もう一つはトリスタン。感覚でなんとなくトリスタンのものだと感じる方に触れた。


 なんだ、これ……


 これまで何度も触れてきた魂は、基本的には玉のようにつるんとしていて、そこに亀裂やヒビ割れのザラつきや、時折かさぶたのようにボコっとした感触が伝わってきた。けれど、トリスタンのものは……


 球体……にしては(いびつ)過ぎないか?


 全体的には丸いのにボコボコとしていて、何度も亀裂が入っては自然に塞がったような、例えるならアクリルアイスにイメージが近──


『やめてッ!!』


 トリスタンの悲鳴のような叫びが、キンとした痛みと共に頭を貫く。もう集中どころではなくなった俺はハッと息を吸って目を開け、中断した。


 魂って、結構センシティブなアレだったのか?

 触っても別に思考や感情が覗けるわけでもないし、ただの球体みたいなもんだと思ってたんだが。

 う~ん……異世界の感覚、わからん。


『悪い……』

『うん…………マサキ……僕は、大丈夫だから。触っても、亀裂でザラってしてなかったでしょ? たぶん、マサキが来てから楽しいから……治ったんだと思う。だから気にしないで……』


 正直、頭の中で響く声だけから得られる情報は少ない。今トリスタンはどんな表情で、目で、そう言っているのかもわからない。けれど、ただなんとなく……空元気のような乾いた印象を抱いた。

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