エピローグ 俺はあんたと孤児院のアイドル目指す気はないからな
それから二年後、コーデルセ伯領の教会に異動していた俺のもとに、『伯爵家の嫡男アスラルが昏睡状態から目を覚ましたら、様子がおかしい』という依頼が入った。
『これって、やっぱり……転生者絡みなのかな?』
『少ない経験則で言うなら、そうだろうな……』
行きたくねぇ……関わりたくねぇ……
そんな心の悲鳴も虚しく、俺はコーデルセ家の屋敷を訪ねた。そこで出会った『転生者』、妹尾リタという女子大生。転生したことを知った途端、相手家族に「息子さんに必ず体をお返しします」と叫びながら、全力疾走ののち、初手でスライディング土下座をキメた頭のおかしい女だ。
とにかく騒がしくて、短絡的で、その性質が災いしたのか階段から落ちて死んだらしい。本当に、気の毒な最期だ。
しかもリタは頭が回ってないのか、全く現代人らしさを隠そうともしない。男のアスラル様の体に女が入っている関係で所作は女々しく、喋り方もやはり女だった。あまりにも事故りすぎている。
『へへ、そんな……至って平凡な大学生でして……あ、専攻科は──』
『転生者……そうだよね、わかった。ゆめぴの知識でなんとかやってくしかないってことだね』
しかしそんなものが霞むほど、リタの挙動も発言もおかしい。現代人基準でおかしいと感じるのだから、異世界人基準なら最早ホラーだ。
リタは何も悪いことはしてない……
が、これはさすがにアスラル様が気の毒すぎるな。
幸いリタはアスラル様へ体を返す意思があり、神官の力で彼と繋いだ。結論はその場では出ず、イチロウさんのときと同じように二人で決めるように促して俺は帰った。
コーデルセ伯爵家嫡男アスラルの婚約解消と、その裏側にあったドロドロ不倫劇は瞬く間に世間へ広まり、俺のところにも例外なく届いた。それも「アスラルを守護する精霊の加護が、真実を暴いた」という煽り文句と共に。そのワンフレーズで、俺は全てを察した。
その後、リタとアスラル様から『リタの魂を抽出し、魔導人形に移せ』という無茶振りをされた。どうやら二人は恋仲になったらしい。正直やったことはなかったが、意外とフィーリングでなんとかなってくれた。
人形のリタが普通の人間のように動いていることに泣いて喜ぶアスラル様を見て、俺は静かに静かに肝を冷やしていた。
念書取ったとはいえ、失敗したら人生詰んでたかもな……
仕事を終えた俺は、身震いしながら早々にコーデルセ家の屋敷を離れた。このあと何が起こっても俺は知らないぞ、と自分に言い聞かせながら。
* * *
教会へ戻る頃にはすっかり日も暮れ、俺は必要最低限のことを済ませて寝支度をしてベッドに横になった。緊張していたせいか、それともやったこともないことをやらされたせいか、体はあっという間に眠りに落ちた。
雪の積もっていた精神空間も、二年の時を経てだいぶ緑が見えるようになってきている。トリスタンの心が冷たい冬ではなく、少しずつ温かさと明るさを取り戻している証だとするなら、悪くないと思っている。
「人形に抽出した魂を移す……すごいよね。僕はそんなこと考えもしなかったよ」
「マジでそれ。好きな女の等身大魔導人形は、だいぶイカれた発想だわ。アスラル様は、精神空間でリタに脳でも焼かれたのか?」
単純にリタを愛したからできるのか。それとも、それほどに転生先の人間にとって転生者というものは離れ難い存在なのか。とにかく並々ならぬ執念というものを感じながら、他人事でもない気がして背中が少し寒くなったのを覚えている。
「そう? 僕はすごくいいなって思ったけど……」
「えっ……あんたも脳焼かれたのか」
「脳を焼かれるってのはよくわからないけど、僕たちもあれやってみない?」
おいおいおい、待ってくれ。
俺はその価値観ついていけねぇから勘弁してくれ。
「あんな魔動人形、どんだけ金積んだら作れるんだよ。尊い神官様の雀の涙みたいな給金で届くかよ」
アスラル様がリタのために用意した特注の魔導人形。この異世界にこんな技術があると思っていなかった。魔術や魔力という不思議な力がある分、俺の世界とは文明の発達の仕方や伸びやすい傾向が異なるのかもしれない。とはいえ、素人目線でも絶対に安物ではないことだけは見るからに明らかだった。
「僕はぬいぐるみでもいいんだけど」
「なんで体の持ち主が出ていく側なんだ。出るなら俺だけど、ぬいぐるみなら絶対嫌だからな」
「マサキは人の形にこだわりすぎじゃない?」
「こだわって何が悪い。ぬいぐるみに人権はない。人権は大事にしろよ」
「人権? 人扱いのこと? でも僕、結構長い間、人扱いされてなかったから今更かなぁ~」
そういう重いことをサラッと盾に使うな……!
トリスタンは相変わらず自分の体を取り戻す気がない。いや、分離する話は極稀に出る……つまり、トリスタンは自分の体を取り戻す気がないのではない。俺の死を、執拗に避けたがっている。
コイツ、アスラル様と同じタイプ……なのか……?
「なぁ、いいかげん俺のことは諦めて、人としての人生を取り戻したらどうなんだ?」
「それだけは絶対に嫌。今返してもらったら、マサキの努力を僕が乗っ取るようなものだからね」
「返すには手遅れって言いたいのか? ならもっと早く、強引に返してやれば良かったんかねぇ……?」
「そうしたら、今頃この体は生きてないと思うな」
「情けな……」
本当に、ああ言えばこう言う。最近では自分の生死を脅しに使うまでに成長しやがった。一体誰に似たんだ。あのクソ家族か。
トリスタンにのらりくらりと拒絶されて、何年も過ごしてここまで来てしまった。別に俺は、横取りされて腹が立つタイプの努力はしてきていない。そもそも神官も、トリスタンにいつか体を返す気だからやってるだけで、引き取ってくれないならむしろ全部水の泡になるタイプの努力だ。
「もうこの体も人生も、どっちかっていうとマサキのものじゃない? あなたの情けで僕は存在してるけど、邪魔なら抽出してくれてもいいんだよ」
「はぁ? やるわけないだろ、馬鹿か?」
「僕が捨てた人生を、あなたが拾ってくれた。マサキが生きている姿をここで見てると、自分も生きてる気持ちになれるんだ」
「良い事言った風でごまかすなよ、クソニート」
こっちの気も知らないで、本当に暢気だ。誰かが代わりに生きてくれるのは楽かもしれないが、体は動かず、ただただ他人の見る世界や言動を眺めさせられている。よく精神的に持つなと、逆に感心したくなるくらいだ。
「ニート……あぁ、働かない人のことだっけ」
トリスタンがクスクスと楽しそうに笑っている。最初は静かで感情の起伏のないヤツだと思っていたが、段々と感情を取り戻し、今となってはクソがつくほど生意気に成長していた。
「マサキが納得しないなら、やっぱり僕をぬいぐるみに……」
「話聞いてたよな? 同じこともう一度言われたいのか?」
「うん、いいよ。何回でも何回でも聞くよ」
「クソ……この暇人! 陶製の置物にでも入れてやろうか」
「えー、落としたら体砕けちゃうなぁ。やっぱりふわふわのやつが良いんじゃない? 柔らかくてかわいいし」
「ほぉ……? じゃ、ほつれたときは一針一針チクチクぶっ刺してやる」
「……痛いかな?」
「知るか」
本当に、本当に、他人の神経を逆撫でする能力が飛躍的に伸びている。それだけ言えるのなら、そもそもあのクソ家族にももっと早くから抗えただろと思ってしまうほどだ。
「でもさ、喋るぬいぐるみを肩に乗せてたら、孤児院の子にも人気出ると思うよ。ほら、なんだっけ……マサキが言ってた……“アイドル”だっけ? それになれるんじゃない?」
「ちょっと黙ってろ。大体あんたが体取り戻して一番にやりたいことは、俺とどっか食べに行くことだっただろ? ぬいぐるみだと叶わないけどいいのか? なぁ?」
「そういえばそうだったね。うーん……どうしようかな……」
そうしてトリスタンは静かになり、静寂が訪れる。けれど、それもいつまで持つのやら。このトリスタンという男は、二年でずいぶんとお喋りになってしまったのだから。
【あとがき】
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
異世界恋愛の短編『え、私の転生先が婚約者に捨てられる伯爵令息?ははは、ご冗談を!』に登場したサブキャラ『神官トリスタン』番外編を、丁寧に書いて一本の物語にしたのが本作です。
地の文が一人称視点で書かれているのですが、それも本編の方の影響を受けています。
地の文にオタク用語やネットスラングを盛り込みたかった結果、一人称視点を採用し、シリーズとして統一しました。
他の作品は基本的に三人称一元視点で書いております。
いつもは女性主人公なので、男性主人公+一人称視点というイレギュラー中のイレギュラー作品となっております。
以降はまた普通に女性主人公の話を書いていくと思います。
本作の元になった本編もそうなのですが、転生者ものを書いてみようと思ったとき、転生者と元の人格をどう扱うか考え、「初手から体返したい勢」だったらどうなる?と始めたのが、本作であり、元の本編でもあります。
本作の元になった本編「え、私の転生先が婚約者に捨てられる伯爵令息?ははは、ご冗談を!」(短編、ジャンル:異世界恋愛)はすでに投稿、完結済みです。
内容は、本作のエピローグに登場した女子大生転生者リタと伯爵令息のアスラルが心を通わせながら、あのラストへ辿り着くまでの物語です。
もしご興味を持っていただけましたら、ぜひ読んでいただけると嬉しいです。
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重ねてになりますが、ここまでお付き合いくださりありがとうございました。
これからも執筆を続けて参りますので、またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。




