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魔女の末裔と偽りの恋~忘れ薬と嘘~  作者: 橋本彩里
第一章 裏切り

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7.魔女の矜持


 家に帰りどさりと机の上に買ってきた物を置くと、もくもくとそれらを片付けた。

 それから手を洗い、慣れた手つきでエプロンをつけると作業部屋にこもる。


 道中に考えていた薬の在庫の管理と、急ぎではないが頼まれていた薬品作りにも取り掛かりどれくらい経っただろうか。

 手元が薄暗く感じ、窓の外を確認すると気づけば日が落ちかかっていた。


「もうこんな時間」


 家に戻ってから初めて出した声がやたらと部屋に響き、静止していた時間が進みだしたかのように空気の流れを感じた。

 その瞬間、喉の渇きを覚え、私はそこでエプロンを外す。部屋をしっかり施錠するとキッチンへと移動し、コップに水を入れて一気に飲み干した。


「ふはぁ~」


 思いっきり声を出し、それから大きく「はぁぁぁ~」と溜め息をついた。

 作業部屋で集中していたら考えずに済んだのに、今は昼の光景があれこれと浮かび上がり、考えがぐるぐるする。


 もう一度コップに水を入れ飲み干すと、リビングにあるソファに座った。

 力なく背凭れに背中を預け、力尽きたように手足を放り出していると、夕日の赤い光に顔を照らされる。


「ああ~……」


 その眩しさに泣きたくなった。

 わだかまりがうまく出せず、先ほどからただ大きな声を出すだけになってしまう。すぅっと息を吸い、気持ちを整理すべく口を開いた。


「魔女の末裔、情報、恋人関係……。ウィル、私たちが付き合っていることも言っていなかったな」


 再確認するように言葉を並べ、もう一度溜め息をつく。

 デートはこの半年ほぼ私の店兼家でしてきた。

 家用の出入り口は人通りがないところにあるため、余程注意深く見ないと気づかれることはない。そもそも、店がある場所も街の隅っこで訪れる人自体が少ない。


 ウィルフレッドは店から出入りすることも多かったし、そちらから出入りしていても、これまで誰にも気づかれていない可能性はある。

 特に隠していたつもりはないが、積極的に吹聴したいわけでもなく、流れるままに任せていた。

 だから、訪れる際にウィルフレッドが注意深く周囲を確認し出入りしていたとすれば、誰にも知られないままでいるのは可能だ。


 十五歳のときに両親が亡くなり、伝手を頼りこの店を開業した。

 少し慣れてきたが、薬草の管理や薬品作りは試行錯誤でまだまだ手探りで行っていることも多い。


 私のそのような事情にウィルフレッドは理解を示し、私の生活リズムに合わせてくれていた。

 なんて優しく包容力のある人だと思っていたが、ウィルフレッドにとっても都合がよかったとしたらどうだろうか。


 魔女の知識に用事があるのなら私の生活に潜り込むほうが自然だし、ただの意見の一致だったのかもしれない。

 そうなると、私がこれまで感じてきたものは意味が変わってくるのではないだろうか。


「でも、外でのデートは苦手だと私が先に難色を示したことだし」


 私の家で過ごすようになったのは私の意思。

 ウィルフレッドは当初は外に出てデートしようと誘ってくれていたけれど、店の運営が落ち着いていないこともあり理由をつけては断っていた。


 ウィルフレッドは私の意思を尊重してくれただけ。

 私は私のペースを守ることができながら、私を好きだと言ってくれる相手に甘やかされてきた。


 外でデートせず私たちが付き合っていることを誰にも知られていない状況が、ウィルフレッドの仕向けたことだとはっきり言えるのならもっと憤れる。

 だけど、私が望んでいた付き合い方でもあるため、この件に関してはなんとも言えない。


「それは居心地がいい日々よね」


 私の負担にならないように、ウィルフレッドは細心の注意を払って私の世界に少しずつ入ってきた。

 私は何も壊されていないし、不快な思いをしていない。

 優しい時間のなかにずっといた。


 でも、ここで思考停止するのは違う。

 今では魔女は廃れて過去のものとなってしまったが、私は魔女の末裔として知識は受け継いできた自負はある。

 それらは守るべきものだと、簡単に人に渡して歪められていいものではない大事な財産だ。


「魔女の知識の話をしていたし、情報は持っているかわからないとは言っていた。それに対して否定しなかった。――ウィルが任務で私に用事があるのは確か、か」


 言葉に出して、再度傷つく。

 疑い出したら切りがなく、あんなに優しい恋人をそのような目で見たくない。


 そう思うけれど、会話を聞いた後では何を信じていいのかわからなくなる。

 ぶつぶつと思考を整理するための独り言が止まらない。


「偽りの優しさ。付き合い。好意」


 出した言葉を握りつぶすように、手を前に出しぐっと拳を作った。

 私は気持ちを固めるべく、作業場へともう一度戻った。


 この部屋の扉は、魔力を登録している私にしか開けることができない。

 かちっと音がして、弾圧にも遭いながらも引き継がれたあらゆるものがこの部屋に詰まっている。


 私はそこからさらに厳重に管理している棚へと移動し、扉を開けた。

 そこには魔女の知識が詰まった禁断の書がある。


 気安く外部に出していいものではなく、どうしても必要になり使用する際には細心の注意を払うことを小さい頃に作り方を教わるとともに注意された。

 ぱらぱらとめくっていく。


「惚れ薬、嫌われ薬、あっ、忘れ薬――」


 特に人の気持ちや記憶に影響を与えるものがここにある。

 それらが使えることを権力者に知られると、歴史の繰り返しや安易に利用されることを懸念し秘匿とされてきた。あと、条件が厳しく簡単に成せるものではない。


 ウィルフレッドが知りたがっている情報が何かわからないが、魔女の知識となるとこういった類いのものの可能性はある。

 そうなれば一層魔女の末裔として、個人の気持ちで流出のリスクを取ることはできない。


「これまでのこと、情報もすべて全部なかったことにできたらいいのに……」


 再度、書物へと視線を落とし、忘れ薬のページをじっと見つめた。



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