51.代償
きゅっと胸が詰まる。
何よりもそばにいてほしいとの強い想いがひしひしと伝わり、私は目を伏せた。
すると、ウィルフレッドは私の髪を梳き、後ろに腕を回して背中を撫でる。
「どのみちほかを見る余裕はないと思うけどね」
優しい手つきで背中に下りた手がまた上がる。するりとうなじに触れられ、硬直した。
たまたまだ。そう思うのだけど、どうしてもわずかな動きさえも気になってしまう。
「……ウィ、ウィル。言動がちょっと前と違うような」
さすがに言わずにはいられない。
「言ったでしょ。前が嘘だとかいうわけではないけど、これが俺の偽りのない気持ちを曝け出した姿。遠慮して逃げられるくらいなら、遠慮はやめようと決めたんだ」
「逃げるというか。誤解していて」
「それでも一緒だよ。そこで聞いてくれていたら、俺だって答えることができた。結局は俺が信じられない、俺の気持ちがそんなものだと思ったからシャノンは実行した」
ぴしゃりと告げられ、言葉を失くす。
その事実に傷ついていると泣きそうに歪めたウィルフレッドの顔が物語っており、話せば話すほど自分の罪を意識する。
「ごめん」
裏切られたと思った時の衝撃は、理解している今でも忘れられない。
納得していることと、その時に受けた衝撃はまた違う。あったことはなかったことにできない。
素直に謝ると、ウィルフレッドは自嘲的な笑みを浮かべた。
「付き合っていた記憶がなかった時、ずっとシャノンのことばかり考えておかしくなりそうだった。押し込めているものが完全に暴走する前に顔を見せてくれないと、自分でもどうなるかわからない怖さがあった」
「……」
話を遮らないように小さく頷くと、ウィルフレッドは訥々と語る。
「シャノンは帰ってきてくれたけど、話していてもずっと違和感は拭えなくて。これじゃないんだと気持ち悪くて。暴走して傷つけてしまうのも怖かったけれど、それ以上にシャノンが離れていくのが、失うのが恐ろしくて……」
「うん」
失う怖さはわかると頷くと、ウィルフレッドは目を眇めた。
「付き合ってきた事実をないことにされていたのだと気づいた時、もう二度と逃げる隙など作らないと誓った。このまま俺が思い出さなければどうするつもりだったのか。シャノンは俺がいなくてもいいというのか。そんなことは許せないと思った。本当はもっと早くに手中に収めたかったのだとその時に気づいた」
「……そう」
「シャノンは変わったと思うかもしれないけれどこれも俺だから」
元々その資質があったのか、ウィルフレッドさえもわかっていなかった執着を濃くさせてしまったのか。
そのどちらもなのかはわからないが、ウィルフレッドをそうさせてしまったのは私の行動によるものだ。
忘れ薬に手を出した代償。ならば、私はその償いをしなければならない。
「これからは何かあったらウィルに必ず言うから」
「本当に?」
「信じていた相手に裏切られたと思って怖かった。偽られ騙されていたと仕事として近づいたのかと思うと悲しかった。だけど、ウィルの気持ちを知って同じことは繰り返したくないと思ったし、傷つけてしまって本当に申し訳ないと思ってる。付き合っているのだから二人の問題だよね。これからは勝手に結論を出さない」
そう宣言すると、ウィルフレッドはくしゃりと泣き笑いのような顔をした。
嬉しいけれど心配。実際に傷ついた心と未来への不安と期待。
そういったものをウィルフレッドも私と同じように抱えているのだと思うと、これまで以上にウィルフレッドが近くに感じる。
これまでは私より何でもできて余裕のある人というのが先行して、私が何をしても受け止め仕方がないなと流してしまえる人だと勝手に思っていた。
だけど、ウィルフレッドは私が去ったら傷つくし、私との未来を願いながら怯えてもいる。
向き合っているようでわかっていなかったこと、初めてウィルフレッドの等身大が目の前に現れ、抱きしめたいと思った気持ちのまま彼を抱きしめた。
「先のことはわからないけれど、変わってしまった部分も含めてウィルのことを知っていきたい」
「俺、重いよ。もうシャノンを離せる気がしない」
それはもうこの一か月ほどでわからせられた。
あれだけのことをしておいて宣言するのかと思うとおかしくてくすりと笑うと、眩しそうに目を細められる。
愛情がひしひしと伝わってきてくすぐったいと同時に、どしどしと積まれていくような感覚に重い息を吐いた。
「知ってる。それでも絶対私が嫌だと思ったことをウィルはしなかったよ。やっぱり優しかったし、ウィルはウィルだよ」
「本当?」
戸惑いもあるけれど私を想うがゆえと思うと愛おしく感じるのだから、多少の重さは受け入れられる。
顔を見ると、嬉しそうに目を潤ませている。
期待を宿した瞳を前に、自然と笑みが零れる。
「知りたいのなら見ていくことになるよね? それが付き合うということなら、ウィルのことを見ていきたいし、ウィルにも私のことを見ていてほしいと思う。答えになってる?」
「なってる。ありがとう」
これまですべての主導がウィルフレッドだったけれど、今は二人で模索し合っている。
その形でいいのだとほっとしていると、ウィルフレッドは少し表情を翳らせ、でも、と続けた。
「……あの時シャノンを信じていたけど、まさか忘れ薬を飲ませて別れることになるなんて思ってもみなくて。俺が思い出していなかったら、そのままなかったことにしようとしていた事実が頭からこびりついて離れない。それが少し不安で」
「うっ。そうだよね」
まだ話し合いは始まったばかりで、許されていたとしても心は別だということはわかる。
そしてわかっていて飲んだという衝撃の事実とともに、まだ償いはできていないことに負い目を感じて背筋を正した。
「気持ちを落ち着かせるためにどうしてもお願いしたいことがあるのだけど、聞いてくれるかな?」
ウィルフレッドは私の髪を耳にかけると、にっこりと笑顔を浮かべながら耳たぶに触れるほどの近さでささやいた。




