50.偽りのない愛を
言われたことを吟味する。
――気づいていた?
あの時に説明したことをそのまま受け入れていたわけではないようだ。
忘れ薬だとわかってはいなくとも何かあると感じながら、私がすることならと受け入れた。
「どうして?」
「シャノンだから」
何を当然のことをとばかりにきょとんとするウィルフレッドに、自分がしたことなのに腹が立って声が大きくなる。
「答えになってないよ。おかしいことに気づいていたんでしょ?」
身体の中に入れるのだ。
もちろん害のある物は入れていないが、それでも様子がおかしいのに気づいていて何も触れずにいるなんてことは私にはできない。
こんなの、愛している人になら殺されてもいいと言っているようなものではないか。
「あの時も言ったけど、シャノンが俺に害を与えるようなことはしないと信じていたし、言わないのには理由があるのだろうと思った。それならまずその不安を受け入れて好きなようにさせたうえで、俺が払拭してみせたらいいだけだ」
「なんでそんなに信じられるの?」
毒が入っていたら、いや、そういう可能性は考えていなかったのだろうけれど、一歩間違えれば命を落としかねない。
「シャノンを愛しているから。任務があって近づいたけどそれはきっかけに過ぎない。だが、それがきっかけで始まったからこそ、ここで一度シャノンの望むようにしておくことも必要だと思った」
「負い目のようなもの?」
「黙っているということは騙していたということではあるからね」
騙されたとは思ったけれど、任務の中身は理不尽なものではなかったのでそこまでウィルフレッドが負い目を感じるようなものではない。
「だからと言って、捨て身すぎでは?」
「もし、命を縮める物だとしても優しいシャノンが望むほどのことがあるのは確かだろう? それにはきっと理由があって、そうすることで気が済むなら、役に立てるなら俺は喜んで協力する。だけど、俺の知っているシャノンは命を救う側の人だ。それはないと信じていた」
「…………」
絶句する。
その事実は愛を語るどの言葉よりも突きつけられる。
私への気持ちが嘘偽りのないものだと、命をも差し出せるものだと、実際に示されてしまった。
私は首を振った。到底理解できない行動だ。
甘く穏やかで偽りの関係だったはずのものが、捨て去ったはずのものが、形を変えて目の前に置かれる。そんな重いものは知らない。
「まさか忘れ薬で付き合っていたことをなかったことにされるとは思わなかったけど。でも、これで証明されたよね?」
「何を?」
「俺の気持ちが本物であること。忘れさせようにも忘れられない想いであることを。任務もあったけれど、決して気持ちに関して嘘をついたことはないことを」
「……そうね」
もう、あんなに悩んでいたのがおかしく思えるくらい見え方が変わってしまった。
素直に頷くと、ウィルフレッドが私の髪を絡めながら頭を引き寄せる。
いつの間にソファに座っていたのか、彼の上に乗っかる形で向き合った。
ウィルフレッドは魔女の末裔の証でもある私の真っ赤な髪を愛おしむように梳くと、自嘲気味に、だけどやけに凛と響く声で宣言する。
「俺はね、本当は嫉妬深いし、好きな女性を周囲に俺のもだと、俺だけのものだと自慢したいし、牽制したいタイプだ。これはシャノンと付き合って初めて知ったことだ。だが、それでも任務があったから、シャノンに嫌われたくないから我慢していた」
付き合う時に何度も必死にアピールされたことも、任務であることを知ってから外に一緒に出かけようと何度も誘われたことも、今ならすっと入ってくる。
私のことが知りたいというのも、関係を深めていきたいというのも本音。
大人の余裕であったものはウィルフレッドの我慢によって作り上げられたもので、むしろ私のほうが安心しきってウィルフレッドの気持ちを考えられていなかったことに気づいた。
「ずっと私は甘やかされてたのね」
「本気で惚れたからこそ、別の目的があって近づいたことは知られたくなかった。それで傷つけることになるのは避けたかったのもあるが、恋人を甘やかすことが出来るのは恋人の特権なのだからとことん甘やかすのは当然だ」
こういう時のウィルフレッドはやけに自信満々というか強気だ。それでいて、必死に懇願してくる姿に申し訳なくも可愛くて。
それだけ必死なのだと思うと、完璧だと思っていた相手が愛おしくて仕方がない。
「偽りのない俺の気持ちをどうか疑わないで」
「うん」
「もう捨てようとしないで」
「ごめんね」
すでに任務で近づいてきたどころの話ではなくなっている。
私がしでかしたことのほうがより大きくなってしまった今、もう謝るしかない。
「あれには傷ついた」
「そうだね。本当にごめん」
なまじ作れてしまったため、安易に秘薬に飛びついてしまった自覚はある。
「反省してる?」
「ものすごく反省してる」
落ち込みしゅんとしていると、ウィルフレッドがうっとりと金の睫毛を伏せて微笑んだ。
「なら、どうすればいいかわかるよね?」
優しい口調で私の頬を撫でながら、にこにこと静かに私を見つめる。
まっすぐに向けられる水色の瞳は、少しの揺らぎも嘘もすぐに見抜いてしまいそうなほどあまりにも透き通っていた。
「…………どうすればいいの?」
反省しているし、してしまったことに対してウィルフレッドの想いに少しでも応えられるようにとは思うけれど、具体的には浮かばない。
訊ねることが甘えになるのか、それともそれによって首を絞めてしまうのか。
「俺だけを見て。それ以外は許さない」
妙な緊張とともにウィルフレッドを見つめると、口調ははっきりと、だけどどう捉えていいのかわからない困ったような弱々しい微笑を浮かべた。




