49.偽りと真実
くっついて離れないウィルフレッドをそのままに鍵をかけ、ゆっくり話し合いをすべく家のほうへと移動する。
その間、ウィルフレッドは黙ったまま私に張り付いている。
「ウィル、いつまでそうしているつもりですか?」
「できればずっと」
「それでは話ができないよ」
首を捻り見上げると、ウィルフレッドはまじまじと私の肩あたりを見つめ、ややあってぽつりと呟く。
「……ならこうしよう」
そこで私を抱き上げた。ぎゅっと力を込められるが、先ほどから微妙に目が合わない。
「どうして視線を合わせないの?」
常に年上の余裕があり頼りになるお兄さん的な人だったが、再会してから少し幼いと思われるような感情もよく見せるようになった。
訊ねると、きゅっと口を引き結びぐりぐりと額を私の頭頂部に押し付けてくる。
再会し巧みに誘導されて付き合うようになってから覚えさせられた、穏やかなだけではない熱。
偽りだったもの、――どこまでが任務という嘘の動きで、どれがウィルフレッドの本当なのかわからない私にとっては、そういうものを敏感に感じ取り胸がざわついてしょうがない。
一度口を閉ざしたが、ウィルフレッドはおずおずと口を開いた。
「緊張して」
「緊張?」
ウィルフレッドが眉尻を下げ、こくりと頷く。それから瞼を一度伏せゆっくりと息を吐き出すと、ようやく私と目を合わせた。
透き通った水色の瞳がまっすぐに私を捕える。
「話したいけどまた嚙み合わなかったらと思うと、怖い。シャノンは簡単に俺を捨ててしまえるから……」
そこで拗ねたようにぷくっと頬を小さく膨らませ、ぷいっとそっぽを向いた。
その様子に瞬きを繰り返し、気がつけばくすっと笑いが漏れた。
普段は器用なのにたまに不器用になる姿と、怖いと思う気持ちが同じなのはお互いに未来を気にしているからだと思うと気持ちが楽になった。
「あの時はそうすることが一番だと思っていたから」
「なぜ、そう思ったの?」
「前に少し話したけど、エーリックさんと任務について話しているところを聞いた。その時に魔女の知識の話もしていたし、私との関係を話していない様子だったことと、付き合えばと言われて冗談でもよしてくれと怒っていたから」
そう。だから、私の関係は知られたくないものであり、冗談でも付き合うのは嫌なのなら当時の関係は任務ゆえ仕方なくそばにいるのだと思ったのだ。
傷ついて腹が立っても憎めなくて、魔女の知識のこともあり、忘れ薬でなかったことにすることが自分を守るために最も確実で有効な手段だった。
「そういうことか……」
ウィルフレッドはそこで顔を歪めた。
ああ、くそっと悪態をついたがぶるぶると首を振り、向き合うように私の肩を掴み直すと必死に訴えた。
「関係を隠していたのは任務であったことが理由だ。シャノンのそばを譲るつもりはなかったから誰よりも早く任務を引き受けたが、その任務は一部には知られていた。個人的な動きをして任務を下ろされる可能性もあった。そしたらほかの男がシャノンの一番近くにいることになる」
「男って任務でしょう?」
「男であること自体が駄目だ」
わずかに視線を逸らすと、ウィルフレッドは具体的に想像でもしたのか険しい顔をした。ぴりついた空気を前に息を呑む。
もうわかっていたことだし何度もわからせられたのだけど、疑問だった部分を言葉にされたことでよりウィルフレッドの想いを実感した。どすっ、重みとともに身体の芯に居座る。
「……怒ったのは?」
「それは当然、シャノンに関することをゲームみたいに言われたことに腹が立ったから。シャノンに対して生半可な気持ちは微塵もない」
「だったら、せめて任務が終わってから想いを伝えてくれたら」
そうしてくれたらこのようなすれ違いも起こらなかったのにと告げると、ぎろりと睨まれた。
「それは無理だ。シャノンがすぐそこにいて我慢できるわけがない」
堂々とへんな形で言い切られ、目を瞬く。
妙に潔いため、おおぅと押され気味になる。
「我慢……」
「そう。我慢だ。シャノンは自分の魅力をわかっていない。仕事もできる上に、最初警戒してあまり話さないけど、打ち解けたら惜しみなく笑顔を見せてくる。エーリックやほかの者も店に来ていただろう? うかうかしていてほかの男に取られるのは嫌だった」
ウィルフレッドと付き合うまで恋愛の気配は全くなかったのだけど、そういう問題ではないのだろう。
「記憶はいつ戻ったの?」
「キスをした時から」
何もかも捨てて奪いたくなると、さらに積極的になったあの日からのようだ。
私は別れの時、恋人の時間の終わりだと最後にキスした。奇しくもキスによって再びウィルフレッドは思い出したようだ。
――消せない恋心がそうさせたのかな……。
これまで苦しかったし思うところはあるけれど、それぞれの気持ちがこの結果に繋がった気がしないでもない。
人の想いも魔法も思い通りにならないものだ。完璧な形はないから自分だけのものになり、もどかしくも愛おしい。
「そっか。記憶が戻ったのに言わなかったのは、私が忘れ薬を飲ませたことを怒っていたから?」
もうバレているが、勇気を振り絞って自らの罪を初めて告白した。
「忘れ薬、ね。もちろんそれもあるし、シャノンから説明してくれるのを待っていた。だけど、一番の理由は俺のことだけを考えてほしかったからだ」
確かにはっきりしないことでウィルフレッドの態度にかなり悩み、気がつけばウィルフレッドのことばかり考えていた。
両頬を優しく両手で挟まれる。
「俺は自分が思ってた以上に嫉妬深いし、シャノンが俺のそばにいる間はいいけど、少しでもほかに向こうものならすぐさま誰にも会えないよう閉じ込めてしまうくらい愛情は歪んでいる自信はある」
「そんな素振りは……」
あと、歪んでいる自信はなくてもいいと思う。
再会してからのことを考えるとなまじ否定できないため言い淀むと、ウィルフレッドがさらに驚くような発言を投下した。
「それは任務のこともあったし、シャノンに嫌われたくなかったから。じゃないと、なんの薬かはわからなかったけれど、シャノンの様子がいつもと違いおかしなことは気づいていたのに飲まないよ」




