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魔女の末裔と偽りの恋~忘れ薬と嘘~  作者: 橋本彩里
第六章 過去の清算

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47.過去の清算


 じわじわと不快感とともにどろりとした魔力が侵食してくる感覚に眉を寄せる。

 一気に汗が拭き出し、ぽとりと額から落ちた。


「シャノン!」


 ウィルフレッドの心配する声は聞こえるが、それに応えている余裕はない。


「くっ」


 これまで呪いの解除を頼まれたこともあるが、それは日常の小さな絡まりが呪いになったようなものなので簡単に退けさせることはできた。

 それと比べると全く質が違い、少しでも気を抜けば一瞬で取り込まれてしまいそうだ。

 ただ押し返すだけでは駄目だ。相手の魔力回路も潰して二度と呪いを、魔法を使えなくさせないとまた繰り返す。


 ウィルフレッドが離れずに私を守ってくれているおかげで集中でき、ガブリエルや美女が男に攻撃してくれているおかげで少し余裕ができる。

 少しずつ押し返すが、相手もそれ以上に責めてくる。頭が割れそうなほど痛い。


 それでも集中力を切らせたらお終いだとさらに対抗すべく呪いに干渉を試みると、その奥に母の魔力の残滓(ざんし)を感じ取った。

 この呪いをもともと誰に向けどのようなことを企んでいたのかは知らないが、母が命を懸けて阻止したものをそのまま世にばらまかせるつもりはない。


 ――時間が経ちこのような形で母を感じるとは思わなかったな。


 ほんの一時だけ時間を超えて触れ合う母の魔力(懐かしさ)

 意識が遠のきそうになるが、母の魔力を頼りに私はありったけの魔力を込め毒蛇のように噛みつこうとしてくる呪いにぶつけた。

 目の前がちかちかして真っ白になり、立っていられずぐらりと傾いた身体をウィルフレッドに抱きとめられる。


「うぅぅっ、がはっ。忌々しい魔女め。くそがっ」


 荒い息を吐きながら完全に跳ねのけた感触に目を開けると、男が胸を置いて血をごぼりと吐いた。

 確実に呪いが男に返っているのを確認し、息を吐き出した。


 ――やり遂げた……。


 何より、周囲に迷惑をかけずに済んだことに安堵する。

 まだ決着はついてはいないが、知りたいことを知り自分のできることは全力を尽くした。


「シャノン。こっちに」


 ウィルフレッドが身体をくねらせ剣を振ると、こちらに向かって飛んでいた魔法爆弾が部屋の隅で爆発した。

 爆弾を剣で弾く技術に驚くとともに、やはりいくつか仕掛けをしていたようだと相手の周到さに気分が重くなる。


 爆風とともに破片が飛び散るなか、ウィルフレッドに身を挺して庇われ視界が塞がれた。ものすごい音とともに地面が揺れ続ける。

 ウィルフレッドが小さく呻いたので顔を上げようとしたが、「動かないで」と制され全身を包み込むように覆われた。


「ウィル」

「大丈夫だから。揺れが収まればすぐあいつを捕まえる。その間はここに隠れて」


 耳元でささやかれ、私は頷いた。

 机の下に押し込まれ身を小さくしながら、様子をうかがう。


 ウィルフレッドの背中は、私を庇うことで怪我したのか血で真っ赤に染まっていた。

 よく見ると床も血で汚れ、かなりの出血量だがウィルフレッドは怪我をものともせず飛び上がると男を切りつけた。


「ウィルフレッド。左だ」


 美女が右側から攻撃し、ウィルフレッドが美女の指示通りに左に回り煤けた黒から干からびたように動かなくなった左手を深々と刺す。


「ぐわぁ! 焼き尽くせっ。なんで出ない。ちっ」


 男は二人から距離を取りながら魔法を唱えようとするが、呪い返しの影響かうまくいかないようだ。それを見て、美女が右手を切り捨てた。

 ガブリエルが男を拘束しようと魔法を展開している。もう少しで完成というところで、男がそれに気づいたが、ガブリエルのほうが早かった。


 男を拘束魔法で動けなくする。そうすることで、まだほかに男の魔力と繋がっている魔法爆弾のような物を封じることができる。

 それを確認し、私は力の入りにくい身体を叱咤してウィルフレッドのもとに駆けた。


「ウィル」

「シャノン。無事でよかった」


 血で染まった剣を振り振り返ったウィルフレッドは、私を見ると穏やかに笑う。だが、よく見るまでもなくその顔は脂汗が浮かんでおりかなり無理しているのがわかる。

 ウィルフレッドの身体を支えるように手を回すと、ぬるりと血で手が滑った。

 慌てて服をめくると、抉られたような傷があった。建物が壊れた破片が突き刺さっており、見た目にも痛々しい。


「無茶をしすぎだよ。これを飲んで」


 すぐさま異物を取り除き自らも持っていた薬を傷口にかけ、飲む用のポーションも渡す。そうしている間も、ガブリエルたちは男を物理的にも拘束し今後の話をしていた。

 部屋は荒れ、爆弾や戦いの激しさを物語っている。騎士が駆けつけ騒動の収束へと動き出し騒がしいはずだが、それらはやけに遠くに聞こえここだけ静かに感じた。


 守ってと言ったけれど、血塗れになった状態のウィルフレッドを前に口にしたことを後悔する。

 あの時のウィルフレッドは、母を庇った父のように私に絶対当たらないことを優先に身を挺していた。私がいなければここまで怪我を負うこともなかったし、当たりが悪ければと考えると血の気が引く。


 飲み干したウィルフレッドは、私の顔や身体をゆっくりと手を当てながらつぶさに観察した。

 あまりにも真剣なその表情にじっとしていると、小さく息を吐いたウィルフレッドが肩の上に顔を埋める。


「怪我をしなくてよかった」


 震える手で抱きしめられ、私は抱きしめ返した。

 心の奥底から出したような嗚咽のような声に、ぎゅっと胸が苦しくなった。息をしている、抱き合えている、伝え合える温もりがどうしようもなく愛おしい。


「ウィル……」


 何から伝えればいいのか。

 どうすれば、この気持ちは伝わるのか。

 騙されていたけれど偽りではない想い。私のしたことで傷つき苦しめてしまったであろう人に、どうしたら許してもらえるだろうか。


「二度と、シャノンから目を離さない。もうどこにも行かないで」

「行かない。ウィルのそばにいる」


 もう逃げないと頷くと、眉根を寄せ苦しそうな表情だったウィルフレッドはふわっと微笑みそのまま意識を失った。



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