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魔女の末裔と偽りの恋~忘れ薬と嘘~  作者: 橋本彩里
第六章 過去の清算

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44.もういいか


「シャノン」


 ウィルフレッドの焦った声とともに、彼が腰に兼帯していた剣を抜き黒いフードの男を切りつけた。


「ぐはっ。だが、もう遅い」

「シャノンに何をしかけた?」


 男が逃げないように足を切りつけ、ウィルフレッドは首に刃を置いた。

 鬼の形相で脅すウィルフレッドを見ながら、やはり頼りになるなと魔法陣の展開が進んでいくのを視界にとめる。


 ――ウィルって、やっぱりかなり実力あるよね?


 彼の実力を見る機会はなかったし、普段温和な人だからこんな鬼気迫る姿はギャップがある。

 こんな時なのに、こんな時だからこそ、ウィルフレッドの頼もしさに感動した。


 物理的に強い騎士が魔法陣に何かするよりは、展開した男を捕らえ解除させるほうが手っ取り早い。怒りながらも冷静で最適解を選べる実力者。

 ここで私が少しでも怪我をしたらすぐに男を手にかけそうなので、ウィルフレッドに釘を刺す。


「ウィル。私は大丈夫。ただ、聞きたいことがあるのでまだ殺さないで」

「魔法陣が解けるのか?」


 ウィルフレッドは男への警戒を解かないまま、心配そうに私を見た。


「ええ。これくらい問題ないわ」

「そんな簡単に破れるわけがないだろう。それは上級クラスの……」


 血を流しながら歪んだ笑みを浮かべた男の腹を、ウィルフレッドが容赦なく殴った。

 ぐほっと男は前かがみになりかけたが、ウィルフレッドがフードごと髪を掴むと顔を上げさせた。


「気を失うなんて許さないよ。これ以上余計なことをしたら、シャノンが止めても息の根を止める。お前は質問されたこと以外声を発するな」

「……っ」


 ここからではウィルフレッドがどんな表情をしているのかは見えないが、男の顔がさらに青くなっている。

 襲ってきた男は、きっと四年前の事件と関わりのある組織の者だろう。


 爆弾で証拠隠滅を図るような組織に属し、理解しがたい教義を掲げて他人を害するのに躊躇しない。自分の身さえも、教義のためなら差し出すような連中だ。

 そんな相手に単純な脅しは効きにくいはずだが、今のウィルフレッドはそれを上回った怖さを見せているようだ。


 うん。ウィルフレッドはあまり怒らせたらいけないタイプだ。

 これは忘れ薬の話をするときは覚悟が必要だなと思いながらも、今は目の前の問題だ。


 命が狙われているとわかって、私はここまで何もしなかったわけではない。

 ウィルフレッドにもある程度説明していたが、実際に見てみないと不安なのだろう。


 私は笑みを浮かべると、ウィルフレッドの荒んだ空気がわずかに緩んだ。

 魔法陣をちらりと観察する。あと五秒。


「見ててください」


 ウィルフレッドの実力の一端を見たし、今後のことを考えてこちらも少しはできることを見せておいたほうがいいだろう。

 あまり時間をかけるとウィルフレッドが暴走しそうなので、魔法陣の準備が整ったのを表すように赤く光り出したところで、私はぱちんと指を鳴らした。

 一瞬で魔法陣が消えていく。


「そんな、あっけなく……」


 ウィルフレッドはほっと息をつき、男の首に当てていた刃を無言で動かした。

 しゃべるなと言われているのに言葉を発した男は、ウィルフレッドの顔を見てひっと声を上げた。男の首からはうっすらと血が滲んでいる。

 綺麗に直線が引かれてるので、薄皮分だけ器用に切ったようだ。


「さっきの魔法陣の先はどこに?」


 今はなくなってしまったが、先ほどの魔法陣はもう頭に刻んである。

 転移魔法でありあいにく座標まではわからなかったが、人をひとり分の移動を目的としたものだった。


 ――私、何に巻き込まれてるの?


 両親が亡くなってから四年間、そういった予兆はなかった。

 男が展開した魔法は確かに高度なものだったが、私に魔法を教えてくれたのは母とガブリエルだ。

 母には受け継がれてきた魔女の知識を物心ついたころから教えられ、ガブリエルからは高度な魔法をこれでもかと詰め込まれた。


 ガブリエルはおそらく国、もしくは世界の頂に近い場所にいるほどの魔法使い。

 そんな相手に時間さえあれば叩きこまれ、ガブリエル以外と比べるようなこともないので自分がどれくらいなのかはわからないが、そこそこのレベルに達していた。

 ガブリエルは両親と私に負い目もあり、私に守る術を少しでも多く身につけさせようと思ってのことだろうが、我ながら贅沢な師たちだ。


 魔女の知識も含め大きな力を持つのはろくなことに巻き込まれないので、極力人前で一般的な魔法以外は使わないようにしてきた。

 姓のこともしかり、目立っていいことはない。私は細々と静かに暮らせればそれでいいと過ごしてきたなかに現れたのがウィルフレッドだ。

 そこから、少しずつ変化した。


「我らの主のもとだ」


 私の問いかけに、黒のフードの男が淡々と返す。

 すんなり吐いたということは、嘘もなくこれくらいは問題ないということなのだろう。


「では、キャンベル、この名前をどこで知ったのですか?」


 私はここに住むようになってから、誰にも姓を名乗ったことはない。

 訊ねると、男はウィルフレッドに視線をやってから静かに告げた。


「俺は何も知らない。知りたければ主のもとに行けばいい」

「それもそうね。なら、そうします」

「シャノン」


 ウィルフレッドが咎めるが、私は首を振った。


「ずっと大人しくしてこれですよ? さっきの爆発音はこの男の言う主とガブリエルたちが関係してるよね? どうやら少し関わっているどころかがっつり関係者のようなので、もうあれこれ考えるのが面倒になりました」


 そう。もう面倒くさい。

 ウィルフレッドの関係のことも含めていっぱい考えても好転しないのなら、思うがまま動いてしまってもいいのではないか。それに――。


「危険だ! 行かせられるわけがない」

「もちろんウィルも一緒に来て。私を守ってくれるのでしょう?」


 目を離した隙に私に害をなそうとした男を屠ってしまいそうなくらい殺気立つウィルフレッドを前に、さらに続ける。


「ずっと一緒にいてくれるのでしょう?」


 これぐらいまで言わないと、許してもらえない。乗ってくれない。

 ちょっと賭けではあるが、ウィルフレッドのことも引き延ばせば引き延ばすほどややこしくなりそうなのでこれくらいでちょうどいい。後のことは後だ。

 じっと見つめると、ウィルフレッドは怪しく、怖いくらい色っぽく微笑んだ。



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