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魔女の末裔と偽りの恋~忘れ薬と嘘~  作者: 橋本彩里
第六章 過去の清算

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43.観察


「はい。おばちゃん。痛めた腰にはこれを張ってね」

「心配かけて悪いね。シャノンちゃんの薬はどこよりも効くから助かるよ。ありがとね」

「ううん。いつも美味しいパンを食べさせてもらっているもの。おばあちゃんが動けなくなったら食べられなくなるし、早く治るといいね」

「そう言ってもらえると嬉しいねぇ。旦那に手伝ってもらうとはいえしばらく数は減ってしまうけど、シャノンちゃんと騎士様の分は確保するから」


 湿布を受け取ったパン屋のおばちゃんはそう言うと、私とウィルフレッドを交互に見て満足そうに笑った。

 護衛のため一緒についてきたウィルフレッドは、おばちゃんに笑顔を向ける。


「それは嬉しいですね。シャノンの家に泊まった時はいつも食べていたので、俺もこの味がなくなるのは困ります」


 再会してから、ここのパンは一緒に食べたことがない。

 しっかりと腰を抱かれた状態でウィルフレッドを見ると、視線に気づいた彼は愛おしそうに目を細めた。

 私は小さく息をつく。


 ベッドに押し倒されあの日、解放されたのは明け方だった。

 宣言通りキスだけで、私の知らなかった男の部分も見せられた。ウィルフレッドが満足した頃にはすでに立ち上がる気力もなくなり、逃がさないと抱き込まれたまま眠りについた。


 それから連日、彼が私に執着していることをまざまざと身を持って体感させられた。

 本気であることを全力で伝えられ続け、任務とウィルフレッドの気持ちは別なのかもと考えるようになった。絆されたというよりは、あまりの熱量に疑う余地を残されなかったという感じだ。


 ――受け入れるだけ、か。


 奇しくも、ウィルフレッドの宣言通り少し受け入れたら気持ちは楽にはなった。

 傷ついた心はゆっくりと癒やされてきたが、記憶があるのではないかと思うような言動が増え、疑問が減ることはなく一緒にいてもあらゆる角度からウィルフレッドを観察する。


 そして観察すればするほど、ウィルフレッドの気持ちを否定できなくなってくる。連日愛されて身体にもウィルフレッドの執着が絡みつき、思考が引きずられていく。

 思い出したら少し頬が熱い。外で夜のことは考えるものではないなと小さく首を振ると、パン屋のおばちゃんがものすごく優しい目で私を見た。


「まあ、一緒に買いに来た時からそうじゃないかと思っていたけど、一緒に暮らすようになったのかい?」

「いえ、まだですがゆくゆくはそうなれればと。今は物騒なので彼女を一人にしておけないので」


 私の代わりにウィルフレッドが応えると、眩しそうに目を細めおばちゃんはうんうんと頷いた。


「まあまあ、騎士様はべた惚れだね~。前からシャノンちゃん一人で店を切り盛りして心配だったんだ。恋人がいるなら心強いよ。最近物騒だからしっかり守ってもらいな」

「そうですね。ご心配をありがとうございます」


 この辺りでは私たちの関係は知れ渡っている。

 私が頷くと、ウィルフレッドの顔がぱぁっと嬉しそうに顔が綻ぶ。その姿に胸がうずうずしたが、誤魔化すように私は苦笑した。


 恋人関係を心からすっぱり否定しきれなくなったけれど、生活すればするほどウィルフレッドは記憶があるのではと疑わずにいられない。

 でもそうなると、ならなぜ言わないのか。本当にあるのならいつからなのか。考えがぐるぐるする。


 じっと見つめると、ん? とウィルフレッドは首を傾げる。

 思い出したら思い出したと言ってくれたらいいのにと思う一方、それを言われた時に私はどう対応したらいいのかわからない。


 あと、ガブリエルがどうしているのかも気がかりだ。無事であることは聞いているが、具体的なことは知らされていない。

 店にも一度怪しい人物がうろついていたようで、ウィルフレッドと騎士たちが一時期ぴりついていたが、心配ないとだけで終わってしまった。


 すべてのことに自分は無関係ではないのに、どこか切り離されて動いているためか判断材料がなく対応に迷いがでるのかもしれない。

 この中途半端なことが気に食わない。


 ――過去と今を切り離してもう一度ウィルフレッドと向き合うべきなのかも……。そして、四年前のことももっと知るべきなのかもしれない。


 外に出ると、私を見る目は甘くても周囲に対して警戒しているのは伝わってくる。

 ガブリエルも、そして任務があったとしてもウィルフレッドも私を守ろうとして動いてくれていることには変わりない。


 ウィルフレッドのことを信じよう、信じたい気持ちは大きくはなっている。だけど、好きだとか信じるよりも前に、過去を清算しなければ私は何も決められない。

 ウィルフレッドに記憶があるのかないのか定かではないけれど、相手がどう出るかではなく自分からけじめをつけるべきだと気持ちを固めた。

 家に帰り扉を開ける前に、私はウィルフレッドと向き合った。


「入る前に話があるの。私が狙われている理由はガブリエルの知り合いだから、だけですか?」

「急にどうして?」

「ガブの動きや、ウィルたちの行動からそれだけではないと推測しました」


 ガブリエルが何者かは聞かない。後で本人に説明してもらう。

 ガブリエルが狙われているからといってすぐに私の安全を確認したのも、知り合いだからというのもあるだろうけれど、真っ先に確認するほどのものなのか。

 それだけ心配してくれているということでもあるが、もっと根本的な理由があるのではないか。そうでないと説明できない動きがいくつかある。


「確かにそうか。――実は俺も何かあるのではないかとは気になっている。だが、俺が知らされているのは、彼とシャノンが知り合いであることだけだった。そして、俺はシャノンのことをずっと捜していた。だから、接触できるこの任務を引き受けた。ほかの男に譲るつもりはなかったから」

「捜していた?」

「そうだ」


 ウィルフレッドの、任務と好きとの気持ちは別だとの言い分は一貫している。――ん? ちょっと待って。

 だとしたら、私が消した記憶の前に私たちは接点があったということだ。つまり、記憶に基づく感情の原点が変わってくるということ。

 それなら、忘れ薬の効果の見込みの計算が違ってくる。こちらが想定していたイレギュラーがあって、記憶を思い出すことはあるかもしれない。


「ウィルは私との記憶を」


 もう直接聞いて、どちらになってもいいから話し合おうと記憶のことについて触れようとしたその時、遠くでドォンと大きな音がし煙が上がるのが見えた。


「やっと出てきたか。シャノン・キャンベル」


 そちらに意識が囚われている隙に黒いフードを被った男が現れ、私の足元に魔法陣が展開された。



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