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魔女の末裔と偽りの恋~忘れ薬と嘘~  作者: 橋本彩里
第六章 過去の清算

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42.どっち?


 ウィルフレッドの足取りは迷いなく、寝室の扉を開けるとまるで寝た赤子を起こさないようにとばかりにベッドにそっと下ろされた。

 強引に連れられた割には、想像以上に優しく下ろされ余計に混乱する。


 まず、下ろされた先が問題だった。

 寝室のベッドは再会してからウィルフレッドを案内したことはないが、すべての行動が自然でそれが返って不自然だった。


「どうして場所を」

「ん? 大体家の構造は同じようなものでしょ」


 無意識の行動と、本来の勘の良さが働いたらしい。


 ――記憶があるのかと一瞬疑ったけど、違うようね……。


 私はほっと息をついた。

 記憶がなくなっても、身体が覚えているということはあるかもしれない。


 そもそも、魔女の薬は強力だ。

 一度かかったのならば、よほど本人に強い意思がない限り抗うことはできない。


 ただ、人の記憶は複雑だ。表面から見えることで判断したとしても、思わぬところで繋がり、何がきっかけで思い出すかはゼロではない。

 だから、歴代の魔女もこれらの物は秘薬として余程のことがない限り手を出してこなかった。


 特に今回みたいに限定的に記憶を消すのはかなり精度が必要で、証明が難しいものを仕事として受注するのはリスクが高い。

 そのため、私は細心の注意を払って忘れ薬を制作し、もし問題が生じれば責任を持ち対処するつもりではあった。


「すごいね」

「……そうだね。それにしてもベッドの上にいるのに警戒心薄くないかな?」

「ウィルはそのようなことをする人じゃないもの」


 偽りであっても嘘をつかれたとしても、大事にはされていた。少なくとも任務という嘘で関係を維持してはいたが、ほかのことは尊重し大切にしてくれていた。

 だからこそ、嘘をつかれていたと知った時に聞いた、私が傷つかないようにと言っていた言葉も本音だと思っている。

 根本的には守る側の人なのだ。


 強引さは増しどうでるかわからない怖さはあるが、ウィルフレッドは私が本気で嫌がることはしないと思っている。

 そもそもベッドの上でいかがわしいことなどしたことはないのだから、そういう気分にならないのだろうけれどと考え、ちょっと複雑な気分になり頭を振った。


「ああ~、ほんとシャノンだよね。俺は、その信頼が憎いよ」

「ウィルは、どうしてほしいの?」


 あんなに優しく扱っておきながら、そんなことを言うウィルフレッドに首を傾げる。

 わからせると強い言葉を使いながらも優しさを見せるなど、行動や言動がちぐはぐで結局どうしたいのか。


「シャノンに俺の気持ちを知ってほしい。俺は、シャノンが好き。この気持ちを疑ってほしくない」


 泣きそうな顔で告げるウィルフレッドに、どうしていいのかわからなくて顔をしかめる。


「任務とは別だと言いたいの?」

「ああ」

「でも、何を信じればいいのかわからない」


 好きだったからこそ、また偽られていたらと思うと怖い。

 ここでまた気持ちを預けて、外での騒動が片付いた時に新たな事情が発覚してまた騙されていたということがないとは限らない。


「そう。それが俺は許せない。だから、この機会に俺の気持ちを知って。俺がどれだけシャノンのことを愛しているか、必要としているか。それですべて解決するから」


 懇願するような表情に少し絆されかけたが、続く言葉にぎょっとする。


「そう簡単では」


 やけに私に執着している。

 忘れ薬はあくまで記憶を操作するだけで人の気持ちを歪めるようなことはできないはずだが、こうなった原因は何なのか。


「なんで? 簡単な話だよ。ずっと俺だけ見てればいいのだから」

「……」


 堂々と告げられ、絶句する。


「俺は逃がすつもりはないから、あとはシャノンが信じるだけ。シャノンから決して終わらせることはできないよ」

「終わらせる、なんて」


 その言葉にどきっと心臓が跳ねた。

 瞬きをしてウィルフレッドを見上げると、想像以上に強い眼差しで見返される。


「もう二度と(・・・)勝手に終わらすことは許さない。シャノンは俺以外を選ぶことも許さない。だから、諦めて俺のところに来て」


 そう言いながら、ウィルフレッドがぎしりと音を立てベッドに乗った。雰囲気とウィルフレッドのセリフに息を呑む。


「二度、と?」


 もしかして記憶がある? もしくは思い出したのだろうか。


「そう。二度と。――知らない間に遠くに行かないで」


 あっ、そっちか。

 連絡せずにと前も言っていたし、ウィルフレッドのなかではかなりその部分が重要度を占めているようだ。


「この店を簡単に離れる気はありません」


 ここには大事な店があり、私が私でありえるものが繋がっている。

 旅で得るものも多かったが、やはり自分の拠点ほど落ち着くところはない。


「はっきり否定してくれてよかった。そのまま俺からも離れないで。次に(・・)同じことがあったら、何もかも捨ててシャノンのことを閉じ込めてしまうところだった」

「ははっ」


 笑顔で物騒なことを告げられ、乾いた笑いが漏れる。

 ウィルフレッドは離れていた間に少し病んでしまった気がする。

 爽やかさからちょいちょい見え隠れする暗黒面が、私の一言で一気に襲いかかってきそうだ。


今度は(・・・)絶対俺の気持ちを疑わせない」


 そのセリフにドキィッと心臓が跳ねた。

 えっ、これはどっちなのか。

 じっと見つめると、にこっと爽やかに微笑んだ。そこには先ほど見た暗いものは見えない。


 ――これ、本当にどっちなの?


 先ほどから言葉がいちいち意味深だ。


「それは……」


 言葉が続かない。

 もし記憶があるとしたら、なぜ言及しないのかもわからない。確証もないのに、こちらから触れるにはリスクがありすぎる。


「シャノンの本意ではないことをするのは嫌なのだけど、俺がどれだけ本気かわからせないと同じことを繰り返してしまうだろうし。俺でも気づかなかった俺をもう見せてもいいよね? 嫌わないでくれるといいのだけど」

「……えっ」


 ついていけず短い言葉のみの私を置いて、ウィルフレッドが話を進める。


「大丈夫。少し見せちゃうけどシャノンさえ逃げなければまだ抑えられる」

「ちょっと、何を言っているのか」

「俺を受け入れてくれたらいいだけだから。俺のこの症状の改善に付き合ってくれるって言っていたし、問題ないよね?」


 その、だけ(・・)が非常に問題だ。

 だが、忘れ薬の副作用とガブリエルとの約束を思うと拒否できない。こうなった責任と、自分だけでは済まない現状、そして熱に触れるたびに少しずつ揺れる自分の気持ち。


「受け入れるってどこまで?」

「う~ん、まずはキスまで」

「キス?」

「そう。シャノンは男としての欲を見せないと伝わらないようだし。シャノンの許可がでるまでは、キス以上のことはしない。キスだけだから逃げないで」


 逃げるな。

 その宣言通り私の一挙手一投足を捉えるように瞳は獰猛に光り、約束だと私の指を絡めながら手を繋がれ、私はベッドに押し倒された。



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