41.主張と不安
「終わらせたい?」
「ひっ、は、はい」
ぎらぎらとした眼差しで見下ろされ悲鳴が漏れたが、それで言葉を引っ込めてしまうくらいなら最初から言っていない。
顎にかかった指にぐっと力が入り、真意を探るように間近で見つめられる。息と息が触れ合い顔を逸らしたくなったが、私はぐっと堪え見つめ返した。
「シャノンは俺がいなくてもいいの? シャノンのそばにいられないなら、この世から消えろと言っているようなものだよ」
「なっ、なんでそう極端になるの? 私はこの不毛な関係は終わらせるべきだと言っているだけで」
「不毛?」
ぴくっ、とウィルフレッドの眉が綺麗に跳ね上がり、ぴりりとした圧を前にこれ以上刺激しては駄目だと本能が告げる。
さすがに言葉にするのはやばいと判断し、捕らえられて顔は動かせないので視線だけで頷いた。
任務のために接触してきたのはウィルフレッドなのに、なぜ私のほうが責められ距離を取ろうとして怒られているのかわからない。
嘘をついたのはそっちなのにと内唇を噛み締めていると、ウィルフレッドが私の唇に触れた。
「ね、どうしてそんなことを言うの?」
「だから、私に近づいたのは任務でしょ? その任務は終わったのに、どうして気のあるそぶりを続けるの?」
感情的になって言葉遣いまで戻ってしまうが、もうどうでもいい。
とにかくわかってほしくて、いつまでももどかしいままなのも流されてしまう自分も嫌でこの機に終わりにしたかった。
「そぶり? 確かに俺には任務があったけど、シャノンのことが好きだと告白したよね? つまり、シャノンは俺の気持ちを信じていないんだね? そして任務のために人を騙すような男だと」
「っ、そうです」
「へえ?」
断言すると、今まで一番低い声が響く。
視界の先でウィルフレッドが拳を握り、手を振り上げた。そんなことするはずはないのに、あまりにも強張った顔に、殴られる、と咄嗟に目をつぶると強く抱きしめられた。
「――……ああ、そういうこと。伝わってなかったのか……。もしかして前から任務があることに気づいていた?」
身体の自由を奪われたまま耳元で話しかけられる。身体は少し宙に浮き、その体勢のまま答えた。
「……どのような任務かまではわからなかったけど、三、四か月ほど前にエーリックさんと話しているのを」
「旅に出る一か月ほど前か。なるほどね……」
ぼそっと呟いたウィルフレッドに、唐突にがじっと首筋を噛まれる。
「いたっ。えっ、なんで噛むの?」
「俺はね、そんな器用な男じゃないよ」
咎めるも、顔を一度上げたウィルフレッドは開き直ってにこっと笑う。
それからまた顔を傾けまた同じところに軽く歯をたて、続ける。
「会いたくてたまらなくて、家の前で待つような男だよ? ガブリエルの正体に気づく前は気が気ではなかったし、彼の存在を我慢したのはシャノンに嫌われたくなかっただけだから。気づいた後も、俺よりシャノンに近しい男の存在はできるなら排除したいと思っている」
ウィルフレッドが話すたびに、じわじわと首から熱が広がるようだ。
「ガブは……」
「家族のような存在なんだよね? 見た目と年齢が違うとわかっても、俺以外の男がそばにいるのは嫌でしょうがないよ」
「そんなふうには見えなかったけど」
気にしているのだろうとは思っていたが、鉢合わせたときはそこまで不自然な対応ではなかった。
「シャノンの信頼を得ている男に表立って盾突いたら、俺のほうが不利になる。だからよく二人を観察し、少しでも隙があれば入るつもりでいた。ただ、そのおかげで任務対象者だとわかったけど」
「そういうこと」
ウィルフレッドの話を聞くと、それはそれで筋が通っているように思える。
でも、一度疑ったことは簡単に信じられなかった。
意味深な態度も私に見せる執着も、忘れ薬がなんらかの作用をもたらしている可能性もあるが、もしかしてガブリエルを捕まえるという任務のほかに目的があるのかもしれない。
やはり魔女の知識に興味があり、それを得るために恋人としての地位を利用しようとしているのかと邪推してしまう。
目的が達成された後も、なんらかの理由で私に執着しているのだと演じている可能性は捨てきれない。
何を信じて、どう動くことが正解なのか。好きだったからこそ裏切られたときのショックは大きく、また信じて裏切られるのが怖かった。
深く息をつくと、噛まれたところを口づけぺろりと舐められる。
「俺はシャノンのことを愛している。これまでシャノンに気持ちを偽ったことはない。いや、そのつもりだった」
「やっぱり嘘を?」
「その逆だ。自分でも無意識に気持ちを抑えすぎていた」
そこで抱きしめていた腕の力を緩めると、私の頭を捉え覗き込んでくる。
足が地面につき少しほっとしたのもつかの間、剣呑な気配をまとい鈍く光る瞳に捉えられる。
「……」
「シャノンが何も言わずにいなくなって、俺の気持ちはこんなものではないことに気づいた」
視線をまたしても外せない。
忘れ薬の効果でウィルフレッドに付き合った頃の記憶はないはずなのに、たまに今のようになぜだと責められているように感じる時がある。
これまでそのことに言及されたことはないので罪悪感からくる杞憂だとは思うけれど、私のすべてを包み込むというよりは呑み込もうとするほどの強い双眸を前に、急に不安になった。
「ウィル……」
「前も言ったよね、自分でもどうなるかわからないって。だから煽ってほしくなかったのに、自分で自分のことを抑え込んで逃げられるくらいなら全力で捕まえる。ちょうど一緒にいなければならないし、わからせるのにはちょうどいい」
話すたびに熱い吐息が触れる。
不穏な台詞とともに頬と鼻を軽くかじられ、ひょいっと抱き上げられると同時にすたすたと奥の部屋へと連れていかれた。




