38.過去の欠片
私は慌てて駆け寄る。途中、足を引っかけて椅子を倒してしまったが、そのままガブリエルの前に立った。
血の匂いに混ざりすえた匂いに眉を寄せ、私はガブリエルが押さえている右腕を強引に掴みどかせた。
「その怪我どうしたの?」
「ちょっとへまをした」
「へまって……」
このような状態でも気を張っているのか、周囲に向けてピリピリしている様子に眉を寄せる。
「ちょっ、かなりひどい。何があったの?」
力が入らないのかあまり抵抗されずに確認することができた怪我を前に叫び詰め寄ると、ガブリエルはそれに答えず訊ねてくる。
「シャノン。ここ最近、見知らぬ男がうろうろしていたとか変わったことはないな?」
「それどころじゃ」
「大事なことなんだ。答えて」
「ないよ」
そう答えると、ガブリエルは安堵の息をついた。
よくわからないが、こんなに余裕のないガブリエルは私の両親が亡くなった時以来だ。
「もう! いろいろ聞きたいけど先に手当てしよう。ちょっとそこに座って」
皮膚がただれ、強い薬品で焼かれたような状態になっていた。
私はすぐさま比較的マシな部分に冷却魔法をかけ、異臭を放つやけどに利く薬の調合を考える。
「――っ」
声を出さずに我慢する様子に小さく息をつき、私は立ち上がる。
「すぐに作ってくるから」
「悪いな」
「いい。処置が終わったらどうしてそうなったか説明してね」
ばたばたと貴重な薬を管理している部屋に入る。
ガブリエルの負傷は魔法によるものなのか、見た感じただのやけどではなかった。毒となる成分が付着し傷がひどくなっている。ならば、まだ皮膚に残っているその成分を取り除き、完全再生が必要だ。
それから薬を調合し様子を見ながら治療していく。夕方になり、ようやく落ち着いたころに再度話題を振った。
「それで何があったの?」
疲れを癒やすお茶を出すと、ガブリエルはよほど喉が渇いていたのか一気に飲み干す。
再度お代わりをしてコップを空にすると、ガブリエルは寂しげに目を細め私を見た。
「――ここ数年、ある組織を追っていた。ヤツらの拠点の一つを潰してきたんだが、返り討ちにあってこのざまだ」
「そんなことをしていたの?」
ガブリエルの仕事の内容については詳しくは知らない。
あまり話したがらなかったし、しばらく家を空けたとしても必ず帰ってくるので深く訊ねたことはなかった。
「個人的なけじめだ」
そこでガブリエルは唇を噛み締め、家へと繋がる扉の小窓につけられたステンドグラスを見つめる。あの小窓は、両親と住んでいた家にあったステンドグラスを嵌めたものだ。
なんとなくガブリエルが両親のことを思い馳せている気がして、今の状況とどう関係するのだろうかと落ち着かない気持ちで訊ねた。
「ガブ。話してくれないの?」
私の声にガブリエルがゆっくりと視線を戻し、私を見て今にもつらそうに眉根を寄せた。
「いや。話す。この四年間、シャノンの両親を殺したヤツらを追っていた」
「薬物を蔓延させ爆弾を仕掛けた連中ね」
「ああ。最近王都に怪しいよそ者が出入りしているのを知っているか?」
「ええ。そのせいで騎士の巡回が増えてるわ」
昼間、ウィルフレッドも注意喚起をしていた。
「ああ。ヤツらが王都にも勢力を伸ばしていることを嗅ぎつけた。アジトの一つを見つけ壊滅させてきたがこちらも返り討ちに合った。ただ、わざと逃した一人に追跡魔法をかけたからこちらの状況が整い次第根こそぎ排除する。次で決める」
「それは……」
考えもしなかったことに、うまく表現できず言葉が続かない。
危険が王都にも迫っていること、両親の仇となる組織の排除は是非とも願うことだ。だが、なぜこれまでそのことを黙っていたのか。
その気持ちが伝わったのかガブリエルは何かを堪えるように眉間にしわを刻み、そこで椅子から床に座り直した。
「本当ならすべてを終えてから話すつもりだったが、今はそう言っていられない状況になった。シャノンに謝らないといけないことがある」
「な、にですか?」
ただならぬ雰囲気に押され、声がかすれる。
「四年前、二人が派遣されることになったのは俺のせいだ」
「ガブの?」
「シャノンの両親ならたくさんの人々を救うことができると俺が参加をお願いした。だが、あんなことになって、シャノンから両親を奪ってしまった」
地面に座り直し頭をこすりつけるほど下げられ、ああ、とこれまでのガブリエルとの時間を思い妙に納得した。
この店のこともだが、両親と仲が良かったにしては過分に世話になっている。本来一つどころに縛られない自由人であるガブレイルが定期的に私の様子を伺いにくるのは、贖罪の意味もあったのだろう。
ガブリエルと視線が合うように、私も床に膝をついた。
「頭を上げて。きっかけがそうであったとしても、引き受けると決めたのは両親だよ。二人も予想もできなかった結果をガブに背負ってほしいとは思っていないよ」
生きている両親を最後に見たあの日のことは、鮮明に覚えている。
腕の見せ所だと張り切る母と、必ず母さんを危険なことから守ると、そして一人でも多くの救うために頑張ってくるねと笑顔で出ていった両親のことは忘れない。
間違いなく両親自らが、困っている人々の力になろうと決めたのだ。
悔しさも後悔も悲しみもあるが、その事態を招いたのはガブリエルではない。
そう告げると、ガブリエルは泣きそうに顔をしかめた。
「……だが」
「確かに行かなければ両親は今も生きていたかもしれない。でも、危険なのをわかって行くと決めたのは両親だから。父と母は最後まで持てる力を人のために役立てようとした。私はそんな両親を誇りに思うわ。それよりも、本当はすべて解決するために話そうと思っていたのに、今話す理由を教えて」
「そうだな。この件は改めて話そう。とりあえず、今の話をさせてくれ。俺が王都にいることがわかったヤツらがシャノンを狙う可能性がでてきた」
外でガブリエルがどのような交流関係を築いているのかはわからないが、この四年、必ず私のもとに帰ってきたガブリエルの弱点と捉えられる可能性があるということらしい。
「さっき私の安否を気にしていたことに繋がるのね? これも俺といたからとか言わないでね。ガブがいたから乗り越えられたし、お店も開くことができたのだから」
贖罪の意味があったとしても、私はとても気にかけてもらったし、ガブリエルと過ごした時間はとても温かくて楽しいものだった。
その過ごした事実さえも、自分のせいだなんて思ってほしくない。
「そうか……。ありがとう。それで今後のことだが、できたら解決するまでウィルフレッドと一緒にいてほしい」
「どうして?」
「王都の騎士だろ? それに付き合い出したのだろう?」
「それは……、いろいろあって」
事情を話すとなるとウィルフレッドの任務のことや私が忘れ薬を使ったことまで話さなければならず口ごもると、ガブリエルは眉を上げた。
「まあシャノンにも事情があるのだろうが、とにかく今はなるべく一人になる時間を減らしてほしい」
あまりにも真剣な表情に頷く。
「わかった。なるべく一人にならないようにする」
「よかった。そんな時間をかけないようにするから、少しだけ辛抱してくれ」
「また、どこかに行くの?」
怪我をしたばかりでまた危険なところに身を置こうとするガブリエルに、止めても無駄だとはわかっていても止めたくなる。
「時間との勝負だ。もう一つ、けりをつけないといけないところがあるようだからな。そこで立っていないで出てきたらどうだ?」
ガブリエルがドアのほうへと声をかけると、ウィルフレッドが姿を現した。




