37.外堀
カラン、カラン、とドアのベルの音がし、騎士服姿のウィルフレッドが姿を現す。
その後ろには苦笑したエーリックがおり、私と視線が合うと肩を竦めた。もう毎日のように顔を出すウィルフレッドを止める気はないようだ。
私は小さく息をつき、まずは目の前の接客を終わらせようと薬が入った袋を渡す。
「空腹時は避けてください。なるべく毎日飲んでほしいですが、飲み忘れたときは必ず一回目から八時間はあけて二回目も時間を調整してください」
「わかったわ。いつもありがとうね。これを飲みだしてから調子がいいのよ」
おばあさんはくしゃっと嬉しそうに笑う。
当初より顔色がよくなってきたので、自分の作った薬が役立っていることが実感でき私も嬉しい。
「それはよかった。気になることがあったらいつでも相談してください」
「そうするよ。彼氏が待っているようだし、そろそろ譲らないとだね」
「彼氏じゃ」
「隠さなくてもいいよ。騎士様も暇じゃないのに毎日顔を出して、シャノンちゃんが旅に出ている間はずっと帰ってくるのを待っていたし、ほんと愛されているね」
これは否定すればするほど恥ずかしがっていると思われるやつだと、私は曖昧に笑みを浮かべた。
「おばあさんの推察通り、ようやくシャノンに付き合うことの了承をいただけました。彼女の仕事を邪魔するつもりはありませんが、このように気にかけていただきありがとうございます」
「なんだい、こんな美男子に改まられると気恥ずかしいねぇ。やっとシャノンちゃんに春が来たんだ。全力で応援するさね」
「嬉しいです。シャノンは俺が幸せにしますので、これからもよろしくお願いします。あと、最近よそ者が王都を徘徊しているようなので周辺には気をつけてください。何かあればすぐに我々を頼っていただければ」
「ありがとね。こんな年寄りに用はないだろうけど気をつけるよ」
目の前の会話に口を挟む隙もなく、私はははっと苦笑する。
おばあさんは満足そうな顔で帰っていったが、この後、絶対おばあさんに悪気はなく、むしろ善意で二人を見守ろうと言いながら周囲の人たちに話すのだろう。
こうして後戻りできないところまで噂が広まっていく。
――また、外堀が埋められていく……。
ウィルフレッドにキスをされ、その後に告白されてから二週間が経った。
症状の改善に付き合うことの意味がなぜか男女間のものに変更され、いつの間にか正式決定となっていた。
こんなに押しに弱かったつもりはないけれど、ウィルフレッドの不安定さに責任も感じて放っておけなかったことと、断ったらもっと拗れる予感がしてつい強く否定できずにいたら押し切られてしまった。
「シャノン。今夜はレストランを予約したので一緒にどうですか?」
私の手が空くと、ウィルフレッドが目の前までやってきて用件を告げる。
この光景は何度もあるので、まだ薬を選んでいた常連客は目を細めて自分たちを見守っていた。
完全に断りにくい空気に、私は小さく頷いた。
「わかりました」
断ったら最後、場所を家に指定されさらにややこしいことになるため了承する。
外は人目につくがまだマシだ。二人きりのウィルフレッドは正直手に負えないくらい危険な匂いがするので、ある程度従っているほうが平穏に過ごせることをこの二週間で嫌というほど学んだ。
一緒にいることを拒否しなければ、基本以前のようにものすごく優しい。
「よかった。業務終了後に迎えにきますね。では、また後程」
こくりと頷くと、ウィルフレッドはにっこりと微笑みまだ仕事があるからとすぐに出ていった。
その後、しばらく来客がひっきりなしで忙しかったが、足が途絶えようやく一人になった私は大きく息をついた。
「今日も約束してしまった……。このままじゃ以前と変わらないし、同じことの繰り返しよね」
記憶を忘れたはずなのに、また告白されるなんて誤算も誤算だ。
今のウィルフレッドは仲良くなる過程もすべて忘れているはずなのに、なぜまた告白してきたのか。それほど任務が大事だということだろうか。
だけど、そう考えると恋人関係を誇張するのはどうしても理解できない。
前回は周囲に気づかれないようにひっそりと付き合っていたのに、今回は誰彼構わず付き合っているのを誇示するほどだ。
任務のために付き合うのなら前回のように他人に知られないほうがいいのに、なぜ外堀を埋めるようなことをするのか。認知されればされるほど、後に引けないのは私だけではない。
何より、ウィルフレッドの徹底したアプローチと以前よりも増した執着のようなものは、少し間違った対応をすれば沼に引きずり込まれそうでひやひやして心臓に悪い。
しかも、ガブリエルにも宣言していた。ガブリエルは泣かせたらただじゃすまないと脅すだけ脅して、あとは当人同士の問題だと傍観者に徹していた。
誰も私たちが付き合うことに疑問に思わず反対もしない。任務だとわかっているエーリックも黙殺していることも気になる。
ずるずるとここまできたが、私もただ流されるだけのつもりはない。
症状の改善、原因特定、そしてウィルフレッドの本当の目的を知ることを忘れてはいない。彼には任務があることは重々わかっている。
ただ、いつまで経っても魔女の知識を探ってこない相手にこれまでと違った疑問が浮かび上がる。
「何か見落としてる?」
いっそのこともう直球で訊ねてしまおうか。予想に反することばかりが起きて、考えがまとまらなくなってきた。
ずっと追い込まれた状態に疲れてだらりとカウンターに顔を預けていると、カランとベルの音がした。
「ガブ! どうしたの?」
顔を上げると、青ざめたガブリエルが左腕を押さえた手を血に染めて立っていた。




