36.渇望
半ば押し切る形で、店が閉まった時間に約束を取り付ける。
これまでは騎士服であったがこれはプライベートだとわかってもらうために私服に着替え、ウィルフレッドは緊張しながらもシャノンのもとに改めて訪れた。
初めて、家のほうへと踏み入れる。
だが、一歩、歩みを進めることに、初めてのはずなのに家の中の様子に既視感を覚える。
壁にかかった絵や家具の配置。
好きな女性の家に上がることができ高揚するというよりも、その既視感の答えが知りたくて周囲をうかがった。
視覚で捕らえる前になぜか段差を認識する。
――この違和感の正体はなんだ?
もう少しで何かがわかりそうで、ウィルフレッドはシャノンの後姿を捉えながら家の中の様子を観察した。
案内された部屋に座り、話していてもこうじゃないと叫び出したい衝動が収まらない。
近いのに遠くて、遠すぎてどうにかなりそうだ。
ぎゅっと痛みを訴える胸を掴む。ずっと『早く、早く×××せ』と告げてくる脳内がうるさい。身体を丸めゆっくりと深呼吸を繰り返す。
心配したシャノンが背中をさすってくれたが、堪らずその手を引きソファに押し倒した。
「ウィル、フレッドさん?」
戸惑うシャノンを見つめながら、彼女の両手を捉えた。
――逃げないようにしなければ……。
逃げられることに恐怖を覚える。
距離が近づくほど、それが怖くなってくる。
苦しくて、どうしてという気持ちが制御できず、苦痛で顔が歪む。
「シャノンが少しでも遠く感じると半身が欠けたような気持ちになる。いなくなってずっと心配で何をやってもまともに手がつけられなかった。見捨てられた、そういった感情がずっと消せない」
「…………」
シャノンを失いたくない。
傷つけたくないのにもし逃げるならシャノンの気持ちへの配慮に欠けてしまいそうで、そうしたくないのにそうしてしまいそうで手が震える。
じっと聞くシャノンを前に、ウィルフレッドは言葉を続けた。
「やっと帰ってきて毎日顔を見ても、むしろ顔を見れば見るほど空虚が大きくなるようで自分でもどうしていいのかわからない」
だから、逃げないで。どうか俺に優しくさせて。
好きだから、愛しているから、傷つけることなどしたくない。
「でしたら、少しでもその不安を取り除けるよう頑張りましょう」
「俺に付き合ってくれるのですか?」
「ええ。不安が解消するまでお手伝いします」
太陽が沈むとともに気持ちも沈んでいくかのようだったが、シャノンのその言葉でぱぁっと明るく照らされた。
やっぱりシャノンはシャノンだ。眩しくて尊くて、ウィルフレッドにとっていなくてはならない人。
付き合うというさらなる言質も取った。もちろん認識の違いはわかっているが、その言葉を撤回させるつもりはない。
愛しすぎて憎らしくもあるけれど、この違和感を、苦しさから救ってくれるのはシャノンしかいない。
自分を見る姿があまりにもあどけなくて可愛くて、引かれるままに初めて存在を知った時に一番目を引いた赤髪に口づける。
「ああ、シャノンならそう言ってくれると思っていました。でしたら、ずっと俺のそばにいてくださいね」
ウィルフレッドの願いはそれだけだ。
ぽかんと口を開けたシャノンの頬を優しく撫でる。
どんな表情をしていても、意思のこもったオレンジの瞳は曇りなく、そして愛おしくてこの腕に閉じ込めたくて仕方がない。
可愛い唇に触れたくて手を伸ばしたが、ぎりぎりのところで踏みとどまり一生そばにいてくれと告げる。
触れそうで触れない距離。もっと近づくためには、任務のことも解決しなければならない。
騙しているつもりはないが、それがある限りすべてを奪うことはできない。
「それでシャノンに聞きたいことがあるのだけど」
ここに案内され、シャノンの仕事の幅広さを初めて知った。
しかも、仕事で使っているとはいえここはもう店ではなく彼女のプライベートな場所だ。彼女なりに対策はしているようだがやはり心配だ。
一年通ったのに、まだ知らないことがあることに焦りを覚える。
任務のこともあるが、シャノンに関わる男は把握しておかなければならない。
個人的に親しくしている男はガブリエルだけとの答えに、思うことは多々あるが気持ちを落ち着かせようと瞼を伏せた。
――まずは自分たちの関係の構築が先だ!
それからゆっくりと身体を離すと同時に、シャノンの背中に腕を回し一緒に身体を起こす。そのまま引き寄せ、上半身を密着させた。
反射的に身体を引こうとするシャノンの身体をさらに引き寄せ、もう逃すつもりはないのだと態度で示す。
触れる肌にぐつぐつと頭と胸が煮えたぎる。
「これでも自分なりに頑張ったんだけど、もう我慢できない」
質問しながらもう少しで何か掴めそうで、シャノンから目が離せない。滑らかな肌に触れるたびに、もっと触れたくて仕方がない。
これだけでは足りないのだと渇望する。
あまりにも欲望が透け見えているのか、圧に押されてシャノンの眦が濡れる。それさえもかわいそうで可愛くて。
「ウィルフレッドさん……」
「泣かないで。何もかも捨てて奪いたくなるから」
優しく目元を拭い、気持ちのままシャノンの唇を奪う。触れる柔らかな感触がどこまでも甘かった。
その甘美が体中をめぐったその時、ウィルフレッドはこれまでの違和感、忘れていた、忘れさせられていた記憶を思い出した。




