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魔女の末裔と偽りの恋~忘れ薬と嘘~  作者: 橋本彩里
静乱 sideウィルフレッド

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33.増していく


 一か月が経った。まだシャノンは帰ってこない。

 店の前に待ち続ける時間が増すほど、憤りと気持ちを抑えることへの抵抗が減っていく。


 ――どうして俺から離れる?


 ひどい顔をしている自覚があり、顔に手を当てた。

 時間が経つにつれてその感情に支配される。

 欠けていくものと、増ましていくもの。


 なんとか仕事に支障が出ないようにぎりぎり保ってはいるが、ここ数日はろくに眠ることができない。

 寝れば、また一つ大事なものが消えていきそうで怖かった。


 このままだと自分が壊れそうで、捜しに行こうと休暇届を出そうとしたが当てもなく探しても意味がないとエーリックに止められた。

 そのような状態のウィルフレッドを見かねた上司に任務としてシャノンの家で待機することを許され、寝食以外はここ数日シャノンの店の前で彼女の帰りを待っている。


 これまではシャノンのことを思い出そうとすると靄がかかり、なぜか思い出そうとしたことも忘れていた。

 だが、待ちながらこれまでにも増してシャノンのことを考えているうちに、忘れることもなく持続して考えることができるようになった。


 それに気づいてから、そして今の自分の状態から、この一年自分が彼女を手に入れるために何もしなかったことに疑問が浮かぶようになった。

 彼女のもとを訪ねるようになって一年だ。決して短くない。

 それだけの時間があって、いくら大事にするといっても惚れた女性を前に指を加えているだけなのは、自分の想いの重さを知っているだけにどうしても腑に落ちなかった。


「俺は、何を見落としている?」


 シャノンがいなくなってから、シャノンがいなくなった喪失感だけでなく、大事なことを忘れてしまったようで落ち着かない。

 何かがずっと足りない。こんなじっと待っているだけでいいのか。


 どうしようもない焦燥感と喪失感に押しつぶされそうになる。

 シャノンがいない間に冬の厳しさは抜けたが、心は冷えきりずっと寒い。


「早く会いたい。じゃないと、俺は……」


 ずるずるとドアの前で疼くまる。

 今、シャノンはいったい何をしているのだろうか。少しくらい、自分のことを思い出してくれているのだろうか。

 頭も心も黒く塗りつぶされそうになったその時だった。


「――……旅先で何が苦痛かと言えば、シャノンの料理を食べられなかったこととその笑顔が見られなかったことだな」


 話し声が聞こえ、シャノンの店の前で不審者になるわけにはいかないと立ち上がり姿勢を正す。

 そして、続く声に大きく鼓動が高鳴り、足が震えた。


「そう? なら感謝の気持ちも込めて愛情たっぷりの物を作るね」

「それは楽しみだ」


 ずっと恋しかった相手の声が聞こえる。

 だが、その声は自分ではなく見知らぬ男に向けられたものだった。


「任せて」


 随分と気を許した可愛い笑みを浮かべるシャノンの姿が目に入る。それと同時に男の姿を捉えた。


 ――これは予想しなかった。


 したくなかった。

 やっと帰ってきたと思えば男と一緒とは。


 こちらに気づく様子のないシャノンに腹が立ち、思いっきり壁を叩いた。

 俺はここにいる。

 そんな男よりこっちを見ろ。

 もう一度苛立ちをぶつけたくなったが、さすがに威圧しすぎると腕を組み堪える。


「あっ……」

「どうした?」


 驚いた顔でやっとシャノンが自分を見た。

 無事に帰ってきた安堵と認識された喜びもあるが、男がシャノンを庇うように前に出るのが気に食わない。


 その場所は自分でなければならない。誰にも許すつもりはない。

 ウィルフレッドはここで怖がらせて敵対行動を取れば何もいいことはないと表情を取り繕い、二人に近づきシャノンだけを視界に留めた。


 言いたいこと、訊ねたいことは山ほどある。

 だが、まずはシャノンが帰ってきたこと、男との関係性を探るのが先だ。


 努めて笑顔を浮かべる。

 怖がらせないように、またシャノンの横に立てるように。

 まるで自分が庇護者だとばかりにシャノンの前に立つ男に後れを取らないように。


 話しながらも男のことは見ない。

 見てしまったら、殺気を向けてしまいそうだった。シャノンが信頼している男にそのような態度を取るとこちらが不利になる。


 シャノンが男の問いに王都の騎士様と答えたことに頬が引きつりそうになったが、じっとこちらを見るシャノンに胸を撫で下ろす。

 心配していたことを強調し、この一か月何をしていたのかそれとなく訊ねた。


「ご心配おかけして申し訳ありません。ガブ、――彼と一緒に行動しておりましたので、問題ありませんでした」


 シャノンのそのセリフに、ウィルフレッドはガブと呼ばれた男に視線を向けた。茶色の髪と緑の瞳、年齢は自分より少し上くらいだろうか。


「彼と?」


 声に険が混じるがそれどころではない。

 

「はい。今回も彼に誘われたのもあって、旅先に彼がいるなら安心なので行くことにしました」

「彼がいるから……? 彼とは――」


 訊ねようとして男に割って入られ、その後は仲の良さを見せつけられ腸が煮えくりそうになったが、煽るようなにやついた表情に逆に冷静になる。

 男の余裕が癪に障るが、男女の関係ではないようだと判断する。


 ……多分。無理やり、今はそう納得させた。

 どちらにしろ、あまりの親密ぶりに男のことが改めて気になった。


 シャノンと懇意にしている男と聞いて、任務対象者のことを浮かべる。

 だが、名前も違う。髪色などは気にしても仕方がないが、指令を出した人物の話では四十前後の男を想像していたのであまりにも若すぎた。

 対象者であってもなくても、自分以外の男と一緒に一か月いたことは気に食わない。


 朝を起こす仲?

 なぜ、シャノンの予定にお前が関わる?

 保護者面をする男のあらゆることが気に食わなかった。また、シャノンが男に気を許しきっているのも腹立たしい。


「あの……」

「ああ。すまない。三日後、必ず訪ねる」


 殺気が漏れていたのかシャノンが恐る恐る話しかけてきた。

 怖がらせるのは本意ではない。ここは一度引くほうがいいだろうと表情を取り繕う。


 シャノンは頷くだけで、男に「そうしてくれ」とシャノンの肩を掴んでいないほうの手で追い払うように手を振られる。

 シャノンとの再会を喜ぶより、思わぬ男の存在でさらに渇望が増していく。

 挑発に乗るものかと男を無視し、シャノンに笑顔を浮かべウィルフレッドはその場を去った。



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