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魔女の末裔と偽りの恋~忘れ薬と嘘~  作者: 橋本彩里
静乱 sideウィルフレッド

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32.欠けていく


 その日から違和感は膨れ上がり、シャノンの不在とともに心が空虚になっていく。


「シャノンがいなくなったって?」

「ああ。一か月ほど旅に出た」

「それは聞いていたのか?」

「何も。だから驚いた」


 休憩時間になりエーリックが話しかけてくる。できるだけ感情を荒立てずにいようと、手にしたコップに口をつけた。

 シャノン――、その名前を聞くだけで心が波立つと同時に頭に靄がかかり重くなっていく。それを振り払うようにぶんぶんと頭を振った。


「ウィルフレッドとは親しくしていたと思うけど、それでもそういうのは言わない、か。まあ、シャノンは人当たりは柔らかいけど警戒心が強いしな」

「若い女性が一人でやっているのだからそれくらいのほうがいい。だが、教えてほしかったとは思うよ」


 どうしても本音が漏れる。

 警戒心が高いことはいいことだ。

 だが、自分がシャノンにとってそうやって切り捨てられる位置にいる時点で、今の関係では仕方がないと頭ではわかっていても心は納得いかなかった。


「任務のこともあるしな。この一年、シャノンと懇意にしているそれらしい男の気配はないままだ。いなくなったものは仕方がないが、帰ってきたら本気で情報を掴まないとやばいかもな。今度また長期で離れられたらどうしようもない」

「そうだな」

「あっ、旅と偽ってその男と逃げたということは?」


 その言葉に手を握りしめ、ウィルフレッドは首を振った。


「それはない」

「どうして言い切れる?」


 想像するだけで頭がずきずきする。眉間を揉みながら、事実だけを述べる。


「店に防衛魔法がかかっていた。彼女は仕事に誇りを持っていたし、常連にも帰ってくると言っていたから店を手放すつもりはないだろう」

「へえ。防衛魔法も使えるのか。シャノンは知れば知るほどすごいな。しれっと上級魔法もこなすから、薬屋じゃなくてもやっていけるんじゃないか? 魔女の知識を多く失ったのは歴史の失敗だったなと思うよ」


 エーリックの妹は喘息持ちだった。だがシャノンの薬を飲みすっかり具合がよくなってからというもの、シャノンの能力を絶賛していた。

 ことあるごとにシャノンを褒めては、こじんまりとした店の主で収まっているのをもったいないと残念がっている。


「魔女の末裔というよりは、シャノンが特別なのだろう」


 断言すると、そこでエーリックがこちらの機嫌をうかがうように見た。


「……なあ、最近シャノンの話になるとどんな顔になっているのか気づいているか?」

「顔?」


 どちらかというと穏やかだと言われる表情を常にしているはずだがと、顔を触る。


「ああ。なんていうか、可愛さ余って憎さ百倍。それを押し殺したような表情だ。笑顔で取り繕っているから余計にこっちはビビるんだが。――何も言われなかったのがそんなにショックだったのか?」


 ウィルフレッドはそのまま目元を隠すように顔を手で覆ったが、隠しきれないならと抑えても仕方がないだろうとすぐに手を下ろす。


「ああ。そうだな。ここ最近、夜もまともに眠れない」

「もしかして、彼女のこと本気になったのか? てか、マジで顔怖いって」


 げっ、と眉を跳ね上げたエーリックの指摘におかしくて笑いがこみ上げる。


「本気? 最初から本気だ」


 本気だから、本気になったから大事にしたかった。今もその気持ちは変わらない。

 だけど、いっこうに狭まらない距離、そして言づけもなく姿を消した事実に心が荒れ狂う。

 シャノンのことを考えれば考えるほど、心と身体がじっとしていていいのかと激しく訴えてくる。


「ああ、なるほどね。前も彼女に本気だからちゃかして怒っていたのか。それならそうと言ってくれたら。なぜ、黙っていた?」

「言葉にすると抑えが外れるから」

「ああ~。前のウィルフレッドならわからなかったが、今の状態だと説得力があるな。個人的な感情を持つのはいいが、任務に支障はない?」

「もちろんだ。手を抜く必要はないからな」


 シャノンと繋がりのある今回の任務の対象者である男の、髪色や瞳の特徴は聞かされていない。

 相手は高位魔法使いで、髪色や瞳の色くらい簡単に変えられるため意味がないからとのことだ。


 しかし、これまでシャノンの周囲で疑わしい人物を見たことはなかった。

 だからその旨を報告し、しばらくはただ様子を見るだけにするようにとの命令を受けている。


「だよな。そもそも任務が特殊すぎる。急かす割に直接的な言葉で訊ねるのは危険だとか、どんな任務だよ」


 今回の任務は特務であるわりに期間や調査条件が緩い。

 ただ、その期間も指令を出した人物の機嫌次第というのもあり、こちらとしてもそろそろ結果を出さないといつ爆発するか気が気ではない。


 あまりにも特殊だが、今回の任務はウィルフレッドにとって渡りに船だった。

 ずっと捜していた相手に、任務と称して関わりを持てる。しかも、任務だからと勤務時間内でもシャノンのもとに通うことができ接する時間が増えるのだ。


 その役目を誰にも譲る気はなかった。だから、引き受けた。

 任務と称して近づく行為に多少後ろめたさはあるが、もはや見つからないかもと思っていた人物を見つけた喜びのほうが大きかった。


 ――やっと掴んだこの機会を逃すつもりはない。


 この一年、ゆっくりと関係を維持し少しずつ距離を縮めてきた。

 騎士と店主の関係はなかなか崩せなかったが、良好な関係を維持してきたはずだ。


 だが、シャノンは何も言わずに消えた。

 帰ってくるとしても突きつけられたものは消えず、ウィルフレッドの中でくすぶり、時間とともにぐつぐつ煮えたぎっていた。


 どくん、と胸が大きく音を立てる。

 そのあまりの激しさに、ウィルフレッドは胸に手を当てた。

 最近、シャノンのことを思い出そうとするたびに、大事なものを見落としているのではないか、そんな焦燥とともに熱いものが込み上げてくるのを我慢できない。


 彼女のペースを崩さないようどれだけ大事にしても、存在を示しても、一定以上の線を越えられない。

 シャノンのことを考えるだけで、店の前に立つだけで、どうしようもない渇望感に襲われる。


 ウィルフレッドはシャノンの店の前に足を運んだ。

 まだシャノンが旅に出て一週間も経っていない。一か月は帰ってこないとわかっていても、どうしても確認せずにはいられず毎日訪れていた。


 今日も一つ、エーリックに話すことで抑えていたものが取れてしまった。

 時間とともに一つずつ何かが欠けていく気がして、早くシャノンに会わないと自分の中のものが爆発してしまいそうだ。

 そうしてなんとか均衡を保ちながら一か月が経った。



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