24.厄介な人
私の反応が芳しくないためか、ウィルフレッドはへにょりと眉尻を下げた。
「――俺は、ずっとシャノンともっと仲良くなりたいと思っていた」
「そうですか。私なりにウィルフレッドさんとはお客様として親しくお話しさせていただいていたという認識ですが」
その延長線上で、付き合うことにもなったのだ。
過去の私はウィルフレッドに心を開き、そして騙された。
もうその手には乗らないと、ぴしゃりと線を引く。
だが、意思表示をしたつもりだがウィルフレッドは気づかなかったのか、空の青の瞳を熱っぽく染めて私を見つめた。
「俺も、彼のようにシャノンと仲良くなりたいと言ったら迷惑?」
やけにガブリエルに拘る。
もしかしたら、新たな男性の存在に私を落とす作戦に支障をきたすと焦っているのかもしれない。
「ガブとウィルフレッドさんは違いますので」
私にとってガブリエルは家族とまではいかなくとも、気心の知れた信頼できる相手だ。
友人とも違う、いうなれば遠い親戚のお兄さん的な感じか。つらい時に支えてもらい、今もなお気にかけつかず離れずいてくれる相手の存在は大きい。
ウィルフレッドとの付き合いは学ぶことや感じることも多く新鮮であったが、ガブリエルは安定材のような存在だ。
時に親のように見守ってくれ、家族の思い出を共有できる相手は私にとってかけがえのない人だ。
私と親しくなる作戦は諦めてもらおうと距離を取ると、席を立ったウィルフレッドが私のほうへとゆっくりと歩いてきた。
真正面に立ち、私を見下ろす。
「ねえ、答えになっていないけど?」
にっこりと見慣れた微笑みを浮かべるウィルフレッドの瞳が、不安定に揺れた。
それをまっすぐに受け止める。
「……答えないとダメですか?」
私はこれ以上ウィルフレッドと距離を詰める気はない。
傷ついた分、同じように傷つけてやろうなんて気持ちはないが、騙されたこと、嘘をついて付き合う人である事実を決して忘れない。
話す必要がないことは話さなくてもいいだろう。
私はここでの生活を守りたい。それだけだ。
だから、忘れ薬とともに過去のことは水に流しお客さんとしてなら接するが、それ以上は踏み入らせるつもりはない。
どれだけ優しさを見せられようとも、好意を振り撒かれようとも、絶対。
「俺はシャノンと仲良くなりたい」
「私はこれくらいの関係が好ましいと思っています」
角が立たないよう、だけどしっかりと意思表示をすると、ウィルフレッドは何を思ったかさらに一歩詰め寄ってきた。
座っているため逃げ場がない。
見上げる首に限界がきそうなほどの近さで、ウィルフレッドは金で縁どられた睫毛を瞬かせ、笑みを深くする。
それを見た瞬間、猫が毛を逆立たせるように全身にさぁっと鳥肌が立った。
なんとも言えない感覚に囚われている間に、ウィルフレッドは膝をつくと上目遣いで覗き込んでくる。
「俺のこと嫌い?」
ほんとずるい。
嫌いにさせてくれなかった、憎ませてくれなかった相手のその言葉に小さく頬を膨らませた。
「いえ」
それだけを口にする。
悔しかった。ここで嫌いだと拒絶できない自分の気持ちと立場に。
「そっか。なら諦めない」
その言葉にむぅっと軽く睨んでみると、嬉しそうにウィルフレッドは笑った。
もう、なんなの!
私は私なりに線引きしているのに、全く相手に通用しない手ごたえのなさ。
忘れ薬は性格が変わるようなものではないのに、絡み方が当初思い描いていたものとは程遠い。
本当に厄介な人だ。
そこまで考え、いや待てよとはっとする。
ごたごたでその時はあれっとは思ったが、今の今まで忘れていた。
――あの時も、どうしても一緒に出掛けたいとの要望は最後まで諦めなかったな。
裏切られていたショックと今後のことについて悩んでいたためすっかり忘れていたが、ウィルフレッドは意外としつこいところがあった。
外デートについては彼にしてはなかなか引いてくれず、かなり粘っていた。しかも、人にばれたくないはずなのにである。
「私は今の関係で満足です」
「ふ~ん。シャノンがもっと仲良くなりたいと思えるように頑張るから」
デジャブだ。
そういえばと、告白を私が受け入れるまでもわりとしつこかったことを思い出す。
また繰り返すのだろうか。
少し不安になったが、同じことはさせないとぐっと拳を握る。
私はその場で勢いよく立ち上がった。
「わっ、どうしたの? 大丈夫?」
驚きながらもぶつからないようにさっと身体を除け、まず心配を口にするウィルフレッドを見て、気持ちを固める。
強気な発言と行動だが、私を傷つける気はないのは今も変わらなそうだ。
思っていた再会とは違うが、それさえ確認できればもうそれでいい。
今後騙されることもないし、前のように流されることは決してないのだから、ウィルフレッドをこれ以上意識することは時間の無駄だ。
別れのキスをした、形のいい唇に目がいく。
確かに私は騙されたとはいえ、彼のことが好きだった。
かつての恋心がまったく疼かないわけではなかったけれど、私は私らしく生活していくことが最優先。
その日常の中で絡まれようとも、私が動じなければいい話だ。
「話は以上でしょうか? もう身体は温まったようですし、今日は久しぶりに店を開けるので準備があるのでそろそろ」
「――そうだね。早朝にすまない。また来るよ」
ウィルフレッドの宣言には何も触れず強引に話を切り上げると、くすっと不敵な笑みを閃かせた。
その瞬間、肌が粟立つ。
笑みを浮かべる青の瞳の奥は、一体何を考えているのか底の読めない鈍い光が宿っており、その視線に晒されるとどうしようもない不安に駆られた。




