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魔女の末裔と偽りの恋~忘れ薬と嘘~  作者: 橋本彩里
第四章 偽りの元恋人

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19.再会


 一瞬、思考が停止する。ウィルフレッドの動きがとてもスローモーションのように感じる。

 瞬きを繰り返す間に、先ほどの表情は幻であったかのように柔和な笑顔を浮かべたウィルフレッドが私たちのほうへと歩いてきた。


「知り合いか?」


 ガブリエルが警戒しながら、私のほうへと首を捻り聞いてくる。

 私は早すぎる再会に動揺を隠せないまま、呆然と立ち尽くした。


 ――これはどっち?


 忘れ薬は成功しているはずだが、万が一ということもある。

 記憶があり、偽りとはいえ恋人のつもりであったその人物が、何も言わずに一か月以上も音信不通ならば先ほどの険しい表情の理由も説明がつく。


 だが、今は見慣れた穏やかな笑顔だ。

 顔を合わせることになるのは覚悟していたが帰ってきて早々であること、表情や先ほど強めに叩くか蹴るかしなければ出ない音を彼が出したであろうことから、出鼻をくじかれてしまった。


 再度、ウィルフレッドを見つめる。

 視線が合うとにこっと笑みを深める様子に、ほっと息をつく。静かに息を吐き出し、初動は大事だと私はにっこりと笑顔を浮かべた。


「……ええ、王都の騎士様で定期的に薬を購入してくださるの。もしかして急に必要な物ができたのでしょうか?」


 当たり障りのないセリフを徹底する。

 忘れ薬の効果が発揮されているのなら、出会った頃から少し仲良くなったくらいの距離感。他者がいるときは恋人らしい会話をしたことはないので、何もおかしなことはない。

 だが、忘れ薬を飲ませ別れてからファーストコンタクトになるため、あらゆる意味でウィルフレッドの反応は気になった。


「いや。そういうわけではないのですが。張り紙はあったが、シャノンの姿が一か月以上見えなくてとても心配した。せめて連絡してくださったら」


 長く付き合いのある常連には挨拶をしたが、当然ウィルフレッドには話していない。

 笑顔を浮かべながらも、若干棘があるように感じるのは私に後ろめたいことがあるからだろう。

 でも、それもお互い様だしと、今は薬の効果を見極めるほうが大事だとウィルフレッドの挙動に注目する。


「急遽、旅に出ることを決めたので事前にお知らせできずにすみません」

「急ならば仕方がありませんね。ただ、帰って来るのがもう少し遅ければ、事件に巻き込まれたのではないかと捜しに行くところでしたよ。無事に帰ってきてくれてよかった。女性一人で長期間の知らない土地で危険はなかったですか?」


 ウィルフレッドの話し方には若干敬語が残っており、まさには親しくなる前のただの客と店主の関係性だった時と一緒だ。

 最初の頃、ウィルフレッドは若い女性が一人で店をしていることを気にかけていたので、話す内容もウィルフレッドらしいものだ。

 忘れ薬の効果を確認でき、私はそっと肩の力を抜いた。


「ご心配おかけして申し訳ありません。ガブ、――彼と一緒に行動しておりましたので、問題ありませんでした」


 そう告げると、ぴくっとウィルフレッドの眉が動いた。

 そこでウィルフレッドはガブリエルへと視線を向けた。


「彼と?」

「はい。今回も彼に誘われたのもあって、旅先に彼がいるなら安心なので行くことにしました」

「彼がいるから……? 彼とは――」


 さらに質問を続けようとしたウィルフレッドを遮り、そこでガブリエルが割って入る。


「ああ~、ちょっといいか? 誰だか知らないが、俺ら帰ってきたばかりで疲れているんだ。話があるならまた今度にしてくれないか?」

「俺ら?」

「ああ。さっきも聞いただろ。俺たちずっと一緒に行動していた。そんで、今帰ってきたとこ。なっ」


 そこでガブリエルが私の肩に手を抱き、「俺は早くシャノンのシチューが食べたいんだ~」と子供のように叫んだ。

 やけにいい笑顔、なぜかにやにやしているが、確かに疲れているしお礼のご飯も約束しているので今優先すべきは休息と夕食だ。


「帰りはさすがに移動が多くて疲れたね。あと、ガブのために夕食も作らないといけないし。となると買い出しもしないと」

「おう。それも一緒に行こう。荷物は俺が持つ」

「やった。ガブがいるならたくさん買える!」


 薬草の状態も気になるし、買い出しに夕食の準備、そして買ってきた物の整頓とやることはたんまりある。

 きっとそれを見越して申し出てくれたのだろう。ガブリエルの収納魔法様様だ!


「すみません。そういうことなのでお話があるならまたにお願いします」

「またとはいつ?」


 ぺこりと頭を下げると食い気味に訊ねられ、そういえば店の再開を具体的に決めていなかったなとガブリエルを見る。

 まずは今回の旅で買ってきた物の整理を終えてから再開したい。


「ええ~と、ガブ?」

「ああ。今日はさすがにゆっくりしたいから、明日ならどうだ?」


 荷物を預けているのでいつ出してもらえるのか確認すると、すぐさま返答がきた。


「それでお願い! できたら朝ね」

「わかったわかった。起きたら手伝う」

「朝一で起こす。なんならモーニングセットもつけるから絶対ね! ということで、三日後にお店を開けますのでその時にでも」


 ガブリエルと話をつけウィルフレッドを見ると、こちらを見ていたウィルフレッドは一切の感情も伝わらない無機質な顔をしていた。

 整った顔立ちのそれは鳥肌が立ちそうなほど美しく、目が奪われるとともにぞっと背筋に冷たいものが走る。


「あの……」

「ああ。すまない。三日後、必ず訪ねる」


 恐る恐る話しかけるとすぐさま表情を和らげたが、先ほど感じた違和感にそれ以上言葉が出ずに小さく頷いた。


「ああ。そうしてくれ」


 代わりとばかりにひらひらと私の肩を掴んでいないほうの追いやるようにガブリエルが手を振ると、眩しいくらいの笑顔を浮かべ私だけを見て手を振ってウィルフレッドは去っていった。



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