16.忘れてね
食事を終え、寛ぐために私たちはソファに並び座った。
ぱちぱちと暖炉で火が燃える音がし、部屋は暖かいはずなのに妙に肌寒く感じて身震いする。
窓の外へと視線を向けると、羽毛のようにはらはらと雪が落ち、ときおり吹き付けた風に乗って舞っていた。
「今夜は冷えそうだね」
「ああ。シャノン、もっとこっちに来て」
ウィルフレッドはぽんぽんとすぐ横を叩き、言われるまま距離を詰めた私の腰に手を回した。
「暖かくなったらあちこち行きたいな。まずはシャノンのご両親のお墓に挨拶だな」
「そうだね。ありがとう」
何も知らないままならそんな日があったかもしれないが、そんな日は来ることはない。
私はこうしてくっつくのも最後になると、そっと頼もしい腕に頭を乗せた。
深く息を吸う。
頼りになる力強い腕も、ウィルフレッドの匂いを感じるのも今日で最後。先の話をすればするほど、終わりを意識する。
「ウィルフレッドと付き合えてよかったよ」
「急にどうしたの?」
「ふと、思っただけ。さっきも言ったけど、雪が降っていると少しナイーブになるみたい。こうして人の温もりを感じていると余計に」
騙されていたと知った虚しさや憤りはあったけれど、結局一緒にいると安らぎを覚える。
それくらいウィルフレッドは常に優しかった。
きっと別れる時も気づかないようにしてくれたはずで、それでもよかったのではと私の前で企みがあることを見せない相手を前に、楽なほうへと流されたくなることが何度もあった。
皮肉にも、ウィルフレッドが魔女の末裔だから私に近づいたその知識で、彼は記憶を忘れることになる。
騙されたけれど、偽りだけれど、情報を取られなかったことを、今後は警戒もして与えるつもりはないことを考えれば、一矢報えたのでそれでいいのではないか。
――結局、最後まで憎ませてくれなかったな。
その完璧さがなんだかおかしくて、ふふっと笑いを漏らすと、ウィルフレッドが頭上に優しく唇を落とした。
「そうか。俺もシャノンと出会えてよかった」
「じゃ、薬を一気に飲んでみて」
「じゃの意味がわからないが、期待に添えようか」
くすりと笑い、再び忘れ薬の入った小瓶を手に取ったウィルフレッドをじっと見つめる。
ビンの蓋を開けると、独特の薬品の匂いがそろりと漂った。
「なかなかの匂いだね」
「そうなの。匂いだけはどうしようもなくて。ごめんなさい」
「いや、いいよ。だが、部屋に残りそうな匂いだし少し窓を開けて喚起しようか」
あまりにも強い匂いに窓を開けると、カーテンがはためき暖まった部屋に冷気が入り込む。
温度が下がったことで、また気持ちも下がりこれで最後なのだとより冷静になれた。
「ちょっと慣れてきたな。――シャノン、緊張してる?」
「少し。身体に悪い物は入れていないけれど、新しく作った物はどうしても効果が気になって」
おかしくなって笑ったり、緊張したり、情緒が先ほどから不安定だ。
――しっかりしないと。これが最後なのよ!
ここまできて失敗するわけにはいかないと、私はゆっくりと瞼を伏せた。
忘れ薬を作りながら、この一か月様子を見ながらずっと悩み、自問自答し出した答え。
一緒にいると好かれているとしか思えなくて。
でも、実際は目的があって近づいてきて、そのためには付き合えてしまう人で。
私はそれが許容できない。理解できない。
そして問い詰めることもできないから、終わらせる。
何もなかったことにするしか、私にはできなかった。
情報とは何かを問いただすことも、優しくされたまま恋心を捨てることもできないから、逃げる。
嘘から。本当から。自分の心から。この想いから。
捨てしまうこともできなくて、だから強引に終わらせるべく彼に忘れてもらう。
忘れてほしくないのに、忘れてほしくて――。
ウィルフレッドの口に小瓶が触れる。
液体が流れ、こくりと喉が嚥下する。
やけにゆっくりと時間が流れる。
最後の一滴がウィルフレッドの体内へと入るのを見届け、私はふっと眠りに入る瞬間に私を見た優しい眼差しに息を止める。
あまりにも熱っぽくて、その双眸に一瞬映った私の顔の酷さとともに一生忘れることはできないだろう。
本当に、気づいていないのだろうか。そうした不安はあるけれど、それらすべては忘れ薬が解決してくれる。
無事、忘れ薬を飲ませることができた安堵と、本当にこれで終わったのだと言い知れぬ喪失感に私はしばらく座りこんだ。




