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魔女の末裔と偽りの恋~忘れ薬と嘘~  作者: 橋本彩里
第三章 決別

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15.最後の時間


「もちろん。俺でよければ協力するよ」

「どんな薬か聞かなくてもいいの?」


 間髪入れずに了承され、思わず問いかける。

 どうやって飲ませようか、不審に思われないようにいろいろ聞かれたときの言い訳をたくさん準備してきた。


 話を切り出すのもかなり緊張していたが肩透かしを食らい、まじまじとウィルフレッドを見てしまう。

 躊躇なく小瓶を受け取ったウィルフレッドは、何の疑問もない爽やかな笑顔を浮かべた。


「シャノンが害のある物を渡すわけがないから」

「そ、う……。信用してくれてありがとう」


 寄せられる信頼に心が揺らぐ。

 わずかに震えた声を誤魔化すように、笑みを浮かべた。


 それを見たウィルフレッドがわずかに眉を寄せ、せっかくとった距離を詰めてくる。ゆっくりと前髪をかきあげられ、「シャノン」とこつんと額をつけられた。

 薄い水色の瞳に至近距離で見つめられ、逃れられないまま見つめ合う。


「それよりも、今日はどうしたの?」

「どう、って?」


 震える声に気づかれたのだろうか。

 表情が作れていないのだろうか。

 いつも通りにしようと思えば思うほど、何か失敗していないだろうかと心配になった。


「元気がないように見えるから。何かあるなら話して」


 心なしかいつもより声が低い。少し身を屈めたウィルフレッドが、奥底を探るように私の瞳を覗き込んできた。

 私はきゅっと唇を噛み締め、小さく首を振った。


「ううん。ウィルはいつも優しいなと思って。両親も私のすることにいつも手放しで褒めてくれたのを思い出して。認めてもらえるってパワーになるよね」


 嘘をつくことができず、本当のことを混ぜて咄嗟に告げたがそれがよかったのか、探るような視線の圧が弱まる。


「そうか。シャノンの中で俺の存在が大きくなっていたら嬉しいな」

「付き合っているのだから当然だよ」


 あえて、付き合っていると言葉にして反応を見る。


「当然か」


 そこでウィルフレッドは、花が咲き誇るようにぱっと笑顔になった。

 外の寒さとは反対に、ここだけ春が来たかのようにほこほこと笑う姿はあまりにも眩しすぎて、直視していられない。


 これも演技なのか。嘘なのか。騙すためなのか。

 何が嘘で、本当なのか。

 ウィルフレッドの反応ではわからない。


 騙されていたことを知り、これまでいろいろ試し様子を見てきた。けれど、知りたがっている決定的なものが何であるか、情報を得ることができないままここまできた。

 今日を迎えるにあたって決して忘れないと誓った笑顔を浮かべ、最後になるのだからしっかり見ておこうとウィルフレッドを視界に入れた。


「うん。私のことを私以上に知っているのは、亡き両親以外でウィルだけだよ。薬を作るときだけ両利きになることや、独り言とが多いのは自分で気づかなかったもの」

「それだけ真摯に向き合っているんだろうね。あと、シャノンは楽しみなことがあるときは足の音が明るい」

「音が明るい?」


 そんなことを言われたのは初めてだ。

 なんとなく言わんとしていることのニュアンスは伝わるが、具体的にどう違うのか自分でもわからず首を傾げると、ウィルフレッドがとろけるような甘い瞳とともに微笑んだ。


 愛情が溢れ出たとでもいうようなたっぷりの当分を含んだ双眸は、今の私には荒波にも思え気圧される。

 ぱちりと瞬きしたその瞬間、その奥に揺らめく熱が見え目を見開く。

 小さく、えっ、と声にもならない声を出すと、ウィルフレッドは何事もなかったかのように爽やかな笑顔を浮かべた。


「ああ。職業柄人を観察することもあるからか、足音や動作を見る癖があって」

「だから、足音」

「そう。シャノンは嬉しいときは足音が軽やかで可愛らしい。料理のときに小さく鼻歌を歌っているときもあるよね。それも可愛い。知れば知るほどシャノンのことが好きになる。もっともっとシャノンの可愛いところを知りたい」

「そ、う。足音でいろいろバレてるの恥ずかしいかも……」


 見間違いだろうかと思うほど一瞬にして消し去ったものは気になったが、どうせ今日で最後だと改めて問うことはしなかった。

 いつも好意を示してくれるけれど、具体的に好きなところや今後を匂わされ、そう返すのが精いっぱいだ。


「まだまだあるけど、気づかれて直されたら困るし内緒にしとく。俺だけが知っていたいし。それでさっきの話に繋がるけれど、シャノンが薬を作るために素材から始まり、どれだけ手間暇かけて作っているのか、相手の症状に丁寧に向き合っているのを知っている。だから、そんなシャノンがくれる物はプラスになる物であるのだから、しかも頼られたら俺は喜んで飲むよ」


 ふわりと微笑み、忘れ薬のビンを小さく振るウィルフレッド。

 そんなに信頼していいのか。

 騙していたくせに、騙しているくせに、こちらのことはちっとも疑わない。


 信頼があるからなのか、優しいからなのか。

 騙しているくせにあまりにも優しい眼差しで見つめられ、もうわけがわからなくなる。


 今までだったらその言葉を信じて、その表情を信じて、単純に喜んでいた。

 長らく一人で過ごした時間が多かったため、感情を伝えるという行為をしてこなかったのだと、ウィルフレッドと付き合って気づいた。


 少しずつ、そういった私の感情を出していったのがウィルフレッドだ。

 私の内側を、両親のこと、過去の思い出や気持ちを引き出していったのは彼だ。


 だが、それも私の魔女の知識を得るためだったと思えば虚しくて。

 それでも常に好意的に接してくれて、偽りでも自分をこんなに見てくれた人を嫌いになれなくて。


 すっと細められる双眸に、いつもならきゅんとするところがぎゅんと引き絞られる。

 どうしても嫌いになれないまま、今日を迎えてしまった。


 ――もう、終わりにしよう。


 終わりにするのだ。

 この一か月、忘れ薬を作りながらもあれこれと考えることがありすぎて、どれも確信的なものは持てずにただ進めることにとても疲れた。

 最後まで揺らされる心にうんざりし、やっとこのわずらわしさから解放されることへの安堵もあった。


「ありがとう。でも、口に入れる物だしさすがに説明させて。その小瓶に入っているのは疲労回復の薬。効果としては飲んだ直後にものすごく眠くなるのだけど、従来の薬より蓄積された疲労を解放してくれるの」


 忘れ薬は眠っている間に記憶を整理させるものなので、睡眠を促す物が入っている。そのため、あとで疑問に思われないようにあらかじめ告げておく必要があった。

 ちらっ、とウィルフレッドを見ると、へぇとウィルフレッドは感心したように小瓶をかかげ覗き込む。


「疲労回復は嬉しいな」

「でも、さっきも言ったけれど眠たくなるのが思ったよりも効果がありすぎて。私も試したけれど横になった途端に眠くなるから。朝までぐっすり眠れたけど、あまりに眠りの効果がきつかったら調整が必要かなって。ウィルだったら、私が起こすこともできるから」

「そっちのほうの効果が心配なのか。ならなおさら安心だね」


 少しも疑っていない発言に心が痛くなる。

 もちろん、身体に悪く作用する物は入っていない。いないけれど、人を騙すのは初めてで、バレないだろうかとひやひやする。

 気持ちを落ち着かせるように、そっと右耳に髪をかけた。



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