14.なかったことに
「シャノン?」
私の様子に気づいたウィルフレッドが、すぐさまどうしたと覗き込んでくる。
「ううん。ウィルの役に立ててよかったなと思っただけ」
私はふるふると頭を振った。
「――シャノンと一緒にいるだけで俺は幸せだからね」
じっ、と私を見たウィルフレッドは、わずかに眉を寄せたが笑顔を浮かべる私に追求しても仕方がないと思ったのか、小さく息をつくと切り替えると私を優しく包み込むように微笑んだ。
ウィルフレッドと出会うまでは、甘えることが許され見守ってくれる恋人の存在が、こんなにも素敵なものだとは知らなかった。
彼に告白され付き合うようになり、一緒に過ごす時間はふわふわとあまりにも優しい夢の中にいるようで、私は毎日が新鮮で充実していた。
ウィルフレッドと過ごす月日は私にとってものすごく明るく、何も疑うことはないものだった。
走馬灯のように、出会いからこれまでの記憶が再生される。
話を聞くときは、どこまでも優しい顔をして私を見ている。
その瞳を前にすると、愛されていると自信を持てすべてがうまくいくような気がした。
ウィルフレッドとはここで何度も食事をした。
何も言わずともできることは手伝ってくれて、例えば皿を出すこと一つでもごく自然にしてくれる。
一時だけではなくそれらは今も変わらず続き、一人でいる時には考えられない、さりげなく伸びてくる手は二人で一緒に過ごしているのだなと、優しい時間に心は常にぽかぽかした。
ウィルフレッドと過ごすのは、どこまでも居心地がよかった。
この場所で、たくさん話をした。
上のほうに仕舞っていた粉袋を取ってもらう際に、仕舞い方が悪く落ちてしまったことがあった。
しかも破れて全身が汚れ、床もものすごい惨状になったこともあったが、仕舞い方が悪いだの責められることもなく、やっちゃったねと仲良く片付けたのも今ではいい思い出だ。
ずっと寄り添ってもらい、優しい眼差しを向けられていたこと、楽しかった記憶しかない。
真実を知らなければ、私は優しい嘘に騙されたままだっただろう。
ぎゅっと唇を噛み締めると、スープを飲み終えたウィルフレッドが心配そうに私の顔を見ていた。
「シャノン。本当にどうしたの?」
おいでと優しく手招きされ、泣いてしまいそうなこともあり私はふらふらとその腕の中に身を任せた。
そこまで表情に出したつもりはない。
それなのに私の機微に気づき、包み込んでくれるこの優しさが偽りだなんて気づきたくなかった。
ぐりぐりとその胸に顔を押し付ける。
甘える振りをして、顔を見せまいとぎゅっとその身体に腕を回した。
そうしないとすぐに表情が崩れそうで。
見られてしまいそうで。
これが最後だからいいじゃないかと、踏ん切りがつかない恋心が温もりを求めてしまって。
心と身体がばらばらになりそうだ。
「何かあるなら言って。シャノンはあまり自分のこと話さないから心配だ」
そう訊ねてくる優しい響きが、不安定な心を揺さぶる。
泣いたらおしまいだと、私はこぼれそうになる涙を抑えるよう顔をさらに押し付けた。
「両親の命日が近くて。亡くなったのはちょうど雪が降っていた日だったから、少し思い出しちゃって」
咄嗟にそう答え、誤魔化した。
あながち嘘というわけでもない。
痛み懐かしむ気持ちは消えず、雪の降る日にはよく思い出される。
「そうか。今度、一緒に墓参りに行こう。両親の代わりにはなれないけれど、そばにいることはできる。こんな日は俺にたくさん甘えて」
両親の話をしていたこともあり、ウィルフレッドは疑うことなく私を慰めてくれる。
大きな手がゆっくりと頭を撫で、どこまでも優しい手つきに泣きたくなった。
今日で最後だと思うからか、どうしても恨みよりも寂しさが増していく。
嘘でも偽りでも、ウィルフレッドが私にずっと優しかったのは本当のことだ。
だから、どうしても憎めない。
嫌だと突き放し、臆病な私は問い詰めることもできない。
現状、すでにウィルフレッドの知りたい情報の切れ端を渡してしまっているのかさえもわからない。
私と付き合ってまで何が知りたいのか。
まだ付き合っているのは情報のすべてを知り得ていないからだろうが、私がどこまで彼の知りたいことに触れているのか見当もつかなかった。
だから、私はこの関係を『なかったことにする』ことを選んだ。
「ありがとう」
声が細かに震える。
この温もりと優しさは偽りなのだと言い聞かせ、距離をとった。
ちらりと戸棚へと視線をやる。
ゆっくりと足を運び、引き出しを引くと目的の小瓶に視界に留めた。
「今日、ウィルに効果を試してもらいたい物があるの。協力してもらってもいいかな?」
この日のために準備してきた物、この関係を終わらせるための『忘れ薬』を取り出す。
私はウィルフレッドの前に差し出し、にこっと笑みを浮かべた。




