第一話・対面
…短いです。
国王直轄地以外で唯一の王族領である為、視察という名目でもってルービンスとファルドスを含めた五人は、色づき始めた樹木に迎えられてシュヴスに無事到着した。…約一名を除いて。
「…大丈夫ですか? ファルドス異母兄上」
「………」
ファルドスは、濡らしたハンカチを目元に乗せてぐったりと横になっている。
口元は動いているが、音になっていないので何と言っているのかは誰にもわからなかった。側にぴったりと寄り添って介抱しているキャロライン以外は。
キャロラインは、困ったような微笑みを浮かべながらエリーサに小さく頷く。
まぁ、大丈夫だということだろう。
基本、王宮から、というか、王宮の自分の離宮と書庫やルービンスの離宮ぐらいしか出歩かないファルドスにとって、ゆったり来て一日半ほどの距離と言えども今回の旅程はかなりの苦行であったらしい。
…単純に体が弱い、というか引きこもり故に体力がないだけだと思われる。
ルービンスが、心の底から呆れたような眼差しを向けているのに、ファルドスは何となく気付いているが藪蛇になりそうなので何も言わない。
面倒は避けるに限る。
ちなみに、馬車の収容人数の関係で、ルービンスが御者をしていた。
出発前にひと悶着あったが、ルービンスの無言の圧力に王宮の従者達も押し負け、ロナードが許可を出したことで丸く収まった。
つい先ほどにルービンス達を迎えたエリーサだが、降りてきた時点で頽れそうだったファルドスの為に、歓待の前に休養時間を挟んだ。
お昼を過ぎて、お茶の時間だったことも幸いした。
「…休めば動けるようになるだろう。気にするな」
「そうですね…」
ファルドスの体力のなさは、王宮では周知の事実だったので、エリーサは中々に冷たいルービンスの言葉に従うことにした。
キャロラインも、最愛の婚約者のフォローをしたくともできない状況にただ微笑んでいるしかない。
「初めてまみえる方がいらっしゃいますね」
「あぁ。アデーラ」
「南方諸島自治領領主リグフェルド=ソラ・ロアヌ=セドレスが第六子、アデーラ=フェリス・ロアヌ=セドレスと申します。お見知りおきを」
「ルービンス異母兄上の従妹姫ですね。アデーラ様、とお呼びしても?」
「もちろんです」
「ありがとう。では、私の事はエリーサとお呼びください」
「はい。エリーサ様!」
初めての王族との近距離対面に若干緊張しているらしいアデーラは、穏やかに優しく声をかけてくれるエリーサに好感を抱いたらしい。
ルービンスもここにはいないマイクも王族なのだが、アデーラの中では身内に分類されているので、王族という認識がない。ファルドスには、余りにも自由気まますぎる日常に、緊張することも畏敬を抱くこともなかった。
王族、というだけではなく、その美貌も緊張する要因ではあったのだが、エリーサは無自覚だしルービンス達はそれらに対する細やかな機微には疎かった。
微笑ましい少女達の交流を、冷めた目で見ている者が一人。
そちらに視線を向けたエリーサは、一瞬小さく目を見開いたがすぐにアデーラに対していたような微笑みを向ける。
それに、促されるようにして一礼する。
「…この度、侍女として同道させていただきました。ローサと申します」
姿勢を正したローサは、冷ややかなままの視線をエリーサに向ける。
道すがら、シュヴスの現状とエリーサの評判を聞いたが、ローサはそれを八割方疑っている。
領主という存在が、本当に政治のかじ取りをしている例などごく少数でしかない。その能力がある者となれば、なお少なくなる。
善政を敷くことなど、官吏が有能であればいくらでもできる。
国王直轄地だったのだから、それなりに有能な官吏が集まっていると考えるのは当然。その官吏達に王族としての権限による後見を与えて、後は自由にさせたとしてもおかしくはない。
つまり、ローサはエリーサを一般的な領主として見下していた。
それに気付かないほど、エリーサはバカでも鈍くもない事に気付かないまま。
※※※
新しい人事を発表し、それが落ち着いて間もない頃にやって来たルービンス達に、エリーサの側近達は興味津々だった。
王族どころか、下位貴族である子爵や男爵ですら見たこともない身分の者ばかりだ。約一名は除く。
エリーサで色々と慣れて図太くなった精神で、観察しようと思っていた(特にどこかの童顔腹黒が)のだが、エリーサに呼ばれて挨拶をする羽目になり、少々戸惑った。
普通、側近と言えども官吏如きを紹介する物なのか? という困惑顔をライアンとベレニセがロイに視線を向けるが、さわやかな笑顔を返された。
どういう意図なのか全く読めないことに苛立ちつつ、諦めるしかない事だけは理解してため息をついた。
「…ここまで、真っ当で高い能力を持った者が集まっていると、父上の性悪ぶりが伺えるな」
「ファルドス様…」
ようやく復活したファルドスが一通り挨拶をした全員をしげしげと見つめ、ロイを見上げたまま無感情に呟く。キャロラインが窘めるように名を呼ぶが、肩をすくめるだけで気にした様子はない。
ルービンスは、イウリアを見つめて何か思案していたが、一つ瞬きをした後には興味がなさそうに視線を逸らした。
「…父上は性悪なのですか?」
「歴史に名だたる名君が、清廉潔白だとでも思うのか? 温厚篤実だと思うのか? 人柄の良さと善良さだけで統治していたと思うのか? 僕は思う。名君とは、性悪でなければなれない、と」
何時になく饒舌なファルドスに、何かあったのだろうか、と不安になってしまったエリーサはルービンスに視線を向ける。
「…お前達は似ているな」
無言の問いかけに即しているように思えないが、返答があっただけマシなのか。
思わずそう考えかけたエリーサは、ファルドスにあった『何か』に思い当った。
(現状、第二王位継承者だものね…)
つまり、そういうことである。
エリーサが興味を抱けず、疎んじているその事態に真っ向から対峙しなければいけない立場にファルドスはあるということだ。
影が薄く体力のないファルドスを、傀儡に出来ると思って近づいてくる貴族もいる。それらをのらりくらりとかわしたり無視したりしているのだが、いなくなる気配がない。そのことに、ファルドスはストレスをためている。
ルービンスは、現状、継承順位が王子の中で最下位なのでさほど被害はない。
健康で武勇に長け、見栄えもして評判もいいということで何事かを探ろうとしたり焚き付けて良いように動かそうとしたりする者もいるが、そういった輩は没落しかけて再起を狙っていたりするので、無視を決め込んでいる。
そもそも、か弱そうなファルドスと違って鍛え上げた長身と何とも言えない威圧感を持つルービンスには、あまり人は近寄らない。
軍人とかなら別だが。
ちょっと遠い目になっていたエリーサに、後ろに立っていたロイが腰をかがめて囁く。
「多分、もう一つあると思うぞ」
「ヒッ…」
耳元で囁かれて、エリーサは肩を跳ねさせてひきつった悲鳴を上げる。
ほんの小さなものだったが、基本的に静かな面々が揃っている場所なので、良く響いた。
気配の動きに気付いていて、何をされるか粗方分かっていても驚いたエリーサに、ロイは瞳を瞬かせる。
いつものような、やましい意図はなかったのだろう。
つまり、エリーサがロイを意識しているだけだ。
それに気付いて、ロイは内心でニヤリと笑う。表面上は、真面目くさった表情を保っている。
ファルドスとルービンスの視線がエリーサとロイを行き来する。数度それを繰り返して、二人して何かに気付いたらしく一つ頷くと生暖かい視線をエリーサに向ける。キャロラインとアデーラも気付いたようで、瞳を輝かせてエリーサを見ている。
それぞれの視線に気付いているエリーサは、いたたまれなくなって膝に額をつけるようにしてうつむき、顔を覆っていた。
髪から除く耳が真っ赤であることに気付いていない。
どこか生ぬるい空気に、呆れと怒りと侮蔑が入り混じった瞳でエリーサを見下ろすローサに、イウリアだけが意識を向けていた。
ようやくエリーサが顔を上げられるようになるまで、一時間近くを要した。
ロイの指摘とファルドスの『何か』に意識を向けられるようになるには、さらに時間を要することとなる。




