第三話・武王の葛藤
「ガーロフの商人か…」
「はい。第一妾妃様が非常に親しくしているとか。ぜひとも、一度ご挨拶を、と」
「ずいぶんと肝の据わった者のようだな」
ロナードは忌々しそうに表情をゆがめながら吐き捨てる。
それに、宰相エドガー=グローセリアもため息をついて頷く。
一介の商人が、一国の王に謁見するには面倒な手順を踏み、何年も待たなくてはならない。
他国の商人ならその国の王族の保証が必要になるからだ。
それらをすっとばして、唐突に会いたいというのだから、不敬極まりない。
「第一妾妃様も是非に会っていただきたいと。若いですが非常に有能なようです」
「…本気か?」
「本気なようですよ」
額に指をあてて唸るロナードに、エドガーは表情を崩すことな続ける。
「隠者の報告では、商人は第一妾妃様の寝室で夜を過ごしたと」
「その後は?」
「…第三妾妃様のご助言通り、見張らせましたところ、奴隷の少女と密会をしていたと」
「内容は?」
「聞きとれなかったそうです。商人に隙がなく、あまり近づけなかったようで…」
「只者ではない、ということか。商人というのも本当かどうか怪しいな」
「武芸の心得があるのは確かでしょう。ですが、ハリス商会もそこにアロルドという名の息子も存在していますのでなんとも…」
「そうか…」
アロルドから申し込まれた謁見のことで、ロナードとエドガーは苦々しさを隠そうとしない。
フォーラとリグジッドの横暴は日に日に増していく。
いくらいさめても聞こうとしないので、態度で示し続けた。
王太子にする気も関わる気もない、と。
それが伝わっていないことは分かっているので、そろそろ最後通牒を突きつけるべきかと思っていた。
フォーラとアロルドの関係は知っている。フォーラは隠せている気かもしれないが、ロナードが自分の領域である王宮内に目を光らせていないわけがない。
一般の妾とは違う。妾妃、王の側室としての立場がある以上、他の男と通じれば、姦通罪に問われ死は免れない。一族郎党皆殺しになる可能性もある。
そして、通じたアロルドもその対象となる。
「いかがいたしますか」
「会おう」
「よろしいのですか?」
「罪に問うことは簡単だがな。ガーロフの目論見が気になる。つながりも理由も分かるが、簡単にばれるような行動が、な…」
『エリノス』の死後、王妃よりも第一妾妃であるフォーラに権力と将来的安定を見出す貴族は多い。ガーロフも同じように考えたのだろう。その上、ガーロフはフォーラの実家と懇意にしている。近づきやすいのは十分わかる。
「奴隷の少女との密会も気になる」
「確かに、そうですね…」
納得したように頷いて、エドガーは謁見準備を秘書官に命じる。
その様子を見ていたロナードは、視線を窓に向ける。その方向は、南。
(…お前ならば、どうするのだろうな。エリーサ)
見誤り、逃してしまった唯一の娘。
正しく優しい眼差しをするエリーサならば、どうするのか。
思わず心の中で問いかけたロナードは、小さな自嘲の笑みをこぼして首を振った。
名君とたたえられながら娘のことに気付かなかったことで、ロナードは少しばかり自信をなくしていた。
そして、シュヴスでのエリーサのことを聞いて、なお自信が揺らいでいた。
最善と思ったことが、本当にそうなのか疑うようになった。
一度疑ってしまえば、それを口にすることも行うことも出来ない。
揺らぎ、沈むロナードに、大臣達が動揺し始めていた。
そこに付け込もうとするフォーラ達を、諌める手も迷って…。
手っ取り早いのは王太子を選定すること。
現状において、不満を向けられないのはリグジッド(女性関係を無視すれば)。
それだけは避けるのなら、ファルドスだ。
影が薄く体力的にも問題があるが、補佐にルービンスをつければバランスが取れる。その逆でも同じこと。
ロナードはそう考えていた。
次代が決定すれば、貴族達の水面下での争いも沈静化する。フォーラ達も、自分達を優位にしようとする動きを控え、様子を見るだろう。
身分が低くとも、ファルドスの聡明さとルービンスの武勇は貴族を納得させることができると、ロナードは考えていた。
(まさか、二人共に拒絶されるとは思わなかった…)
『エリノス』の喪に服している間、偽りに疲れたエリーサに玉座を託すのは哀れと思った。貴族や他国を納得させられる要素がないのも事実だが。
だから、最初はファルドスをと考えた。それを、ファルドスはあっさりと拒絶。
『何を血迷っていらっしゃるのですか、父上。相応しき者はすでに存在しております。迷うことなく、その者に後を譲るべきです』
誰のことを指しているのか、自分と同じ色のファルドスの瞳を見つめ、ロナードは理解した。
その後、ルービンスにも拒絶され、ロナードは苦笑するしかなかった。
『相応しき者は他にいます。御再考を』
二人が気付いていたこと、知っていたことが分かった。
だからこそ、ロナードはエリーサにシュヴスを与え、王太子にするための布石を用意した。
そして、それがロナードが名君として成した最後の事柄だったのだ。
ロナードがそれを知るのは、まだしばらくの時間を必要とする。
※※※
(まさか、即日叶うとは思わなかった…)
ローサにはああ言ったが、アロルドは宮廷の七面倒な規則を理解していた。
会えるのは早くて数ヶ月後だろうと思っていたのだ。そして、ローサも理解していた。
謁見の間にて、跪いてうつむいたアロルドは背中に嫌な汗をかくのを自覚した。
「面を上げよ」
低い声が、謁見の間に響いた。
ゆっくりと顔を上げたアロルドは、玉座にいるロナードの眼差しを受けて、ゾワッと鳥肌が立つのを感じた。
『武王』の名は伊達ではない、とその空気と眼差しが告げる。
本人がいくら名君としての自信に揺らごうと、内心の葛藤は他人には分からない。
ルービンスと同年であるアロルドが、敵う相手ではない。
「ガーロフ王国より参りました。ハリス商会跡取りアロルド=ハリスと申します」
「第一妾妃から話は聞いている。有能だそうだな」
「ありがとうございます。第一妾妃様には御贔屓にしていただいておりまして…」
「私室に招くのだから、そうなのだろう」
さらりと言われた言葉に、アロルドはとっさに反応できなかった。
「お前が誰に仕えているのは知らない。知る気もない。ただ、我が国を引きこもうとするのはやめろ。自国のことは自分達だけで解決するべきだろう」
ごもっともな言葉をもらって、ようやくアロルドは理解した。
探るまでもなく、知られていたことを。
「付け入るすきを探していたのだろう。そして、その為に奴隷も差し向けた…」
ぴくり、とアロルドの肩が小さく揺れる。
その様子に、ロナードはふっと小さく息をつく。
若さゆえの未熟さに、微笑ましくなる。
「どういった理由で謁見を願い出たのかは知らないが、こちらから言えるのはただ一つ。企みを捨てて立ち去れ」
何があろうと関わる気はない。
何をしていようとも今ならば罪に問わない。
言うとおりにすれば関わらない。
拒否を、そして、罪を言外に告げられて、アロルドは奥歯をかみしめた。
自分に命令を与えた人物がどうなろうが知ったことではない。だが、それと自分が同列に扱われるのは、従っていると思われるのは我慢がならなかった。
しかし、それを表に出すことはできない。そんなことをすれば、この場で首を落とされるだけだ。
アロルドは何も言えず、何もできず、動くことすらできないまま、さっさと立ち去るロナードを見送ることしかできなかった。
一介の商人の申し出を受け、即日謁見をかなえただけでも十分に温情なのだ。
一方的に言葉をぶつけ、言い終えたら立ち去ることを誰も非道とは言わない。
当然だからだ。
(…腹が立つな。これが、『武王』と俺の差か…)
対等であるなどと思ったことはない。
経験も実力も器も圧倒的にロナードが上だと理解している。
だが、こうまであからさまに言動にあらわされるといらだつ。
(それ以上に腹が立つのは、うちの無能と『武王』が同じ王ということだ…!)
苛立ちを覆うほどの壮絶な怒りが渦巻く。
自分とローサを今に追いやったガーロフ王とロナードが対等であるという事実。
国の規模が違っても、同じ王であることに変わりはない。
それが腹立たしくてしかたなかった。
もしかしたら、その対等位置に、自分かローサがいたかもしれない、と思えば思うほどに。
怒りを押し込めて、アロルドは王宮を後にする。
アロルドとの謁見後、ロナードはナティーシャを呼んだ。
その内容を知るのは、二人だけ。
エドガーですら、話に参加させなかった。
ゆっくりと、暗雲と闇が近づいていることに気付く者はまだいない。




