第二話・北の暗雲 Ⅱ
南方諸島自治領は、本島・ミア島・リガ島・ジェダ島の四つの島と十数個の無人島からなる。
最も古いのが、四つの島の中で最小のミア島。古くから、ロアヌ一族の本拠地で、いつからかは当人達も分かっていない。
最大の島である本島は、最も規模の大きなジェノバ一族が本拠地としている。山脈を有し、木材と石材の産出場として栄え、外部から物品が入る貿易港としても有名だ。
同規模の二つ、リガ島はラーン一族、ジェダ島はヌメル一族が本拠地としている。ラーン一族は染色織物に優れ、ヌメル一族は操船造船技術に優れている。
南方諸島が連合としてひとまとまりになったのは、およそ三百年ほど前。
四百五十年ほど前に大陸全土を席巻した戦火によって、ほとんどの国が絶え、現在の国が形成された。その頃、南方大陸(大陸の南に突き出した巨大な半島)から逃れてきたジェノバ一族が本島に住みついた。
もともと、本島にはラーン一族とヌメル一族が住んでいたが、この二つも大陸から逃れて来てロアヌ一族の温情によって住まわせてもらっていた。そのため、協力体制を作ることで二つの一族は現在の島へと移住した。
大陸が安定し始めた頃、同盟を結んで一つの共同体となるため、ロアヌ一族が主導となって話し合いの場を開いた。
その時、まとめ役として三方から支持を受けたのはロアヌ一族の長だった。
唯一、古来の民族であり、自分達を受け入れてくれたロアヌの人を敬うのは当然のことだった。
ロアヌ一族も、諸島を一番知っているのは自分達であることを自負していたので、これを受けた。
ある条件を付けて。
三十年に一度、各族長が集まって代表者を選出すること。
世代の移り変わりごとに代表者を変え、権力の集中を避けた。だが、過去、ロアヌ一族以外が選出されたのは二人だけだった。
それだけ、信頼されていた。
先代はナティーシャの父、ベガイル=フォゥグ・ロアヌ=セドレス。
当代はナティーシャの弟、リグフェルド=ソラ・ロアヌ=セドレス。
親子二代にわたって選出されるのは珍しいが、ロアヌ一族の長が連続するのは不思議ではなかった。
当代が選出されたのは、今から三十年前、南方諸島が自治領としてルックロワーズに組み込まれる話が上がったことに起因している。
当時、十五歳で成人したばかりだったリグフェルドは、父や族長達に進言した。
「このまま独立は難しいと思われます。ですが、新たに領主を受け入れるのも難しい。ならば、いくつかの献上品を捧げ、我らの自治をお許しいただけるようにすればよろしいかと」
蛮族と蔑まれる自分達の言葉を王(当時はロナードの父)が効くかどうかは別として、と前置きをした言葉に、族長達は悔しそうにしながらも何も言い返せなかった。
優秀で知られていたリグフェルドの言葉を、彼自身の考えだと思い込んだ。そうでなかったのは父であるベガイルだけ。
息子の言葉が、当時十八歳だったナティーシャのものであると見抜いていた。
男であれば、とベガイルは幾度なく思った娘が、何を考えているのか知って表情を暗くした。
父の変化に、見抜かれていることを知ったリグフェルドが、さらに言葉を続けた。
「その献上品の中に、我が姉ナティーシャを含めようと思っております」
これに族長達がどよめいた。
当時、ナティーシャは各一族の若者にとって憧れの的だった。
美貌才智で知られ、武芸はたしなんでいないものの、冷静で分け隔てない人格を高く評価されていた。
代表者の娘を後宮へ。
それは十分な貢物であり、当然の行為だった。
過去、歴史上でも広く行われたことだ。
だから、族長達はそれを受けてベガイルに全て一任した。
ベガイルの娘が最たる献上品であるならば、彼の意思一つで決まる。
即決だった。
リグフェルド、いや、ナティーシャの要求を受け入れて、ベガイルは翌日にルックロワーズの王宮を訪ねて自治を許していただけるならと献上品の目録を渡した。
当時の王は、制海権が欲しかった。
アルマディア大公国と南方諸島に、豊かな南の制海権を取られたままなのは不安でもあった。
シェルドアースのように南方の小島を領土としている国などは、海軍が鍛えられている。
だが、東の制海権しか持たないルックロワーズは、南側の国々への対処が遅れかねない。しかも、南方諸島やアルマディアが南側の国に取り込まれれば一気に攻め込まれるかもしれない。
それらの不安を取り払う為に、半ば脅しのような提案、傘下に下らなければ皆殺しにする、と暗に言ったのだ。
分かっていたから、献上品を持って自治を願った。
王国領の一つとして責務をこなし、国民としての義務を負うのならば、忠誠を誓うのならば、王はそれに異論はなかった。
本来は、全てを自分の領土にしてしまいたかったが、王太子(当時のロナード)の進言によって自治を受け入れた。
幾度かの会議の後、ナティーシャが嫁ぐのは王ではなく王太子になり、誓約の取り交わしが終わってからさらに二年後になった。
ナティーシャは二十歳で王太子の側室となった。
唯一古来からの民族である為、他の一族から一目置かれていたロアヌ一族。
自治領となった後も、あの時の提案を持ち出したリグフェルドが領主となることに誰も異論はなかった。
本来なら、自治領の政府は本島に置かれるべきだが、現在、ミア島にある。
領主がリグフェルドであることと、ミア島が経済の中心であることだった。
ミア島の近海でのみ、希少な黒真珠が産出されるからだ。
アルマディアや南の国々でも真珠は産出され、特産品として色真珠を売り出しているところは多い。
だが、黒真珠は何故かミア島の近海でしか取れない。
黒真珠以外にも普通の真珠も取れ、それらの細工技術はルックロワーズの宮廷細工師をはるかに上回るものがあった。
それらは、高値で取引され、南方諸島の主要産物となっていた。
技術も産出方法もロアヌ一族の秘伝とされている。そのため、ロアヌ一族をルックロワーズもむげに扱えなかった。
南方諸島の特産品は、自治領となった今ではルックロワーズの特産品でもあるのだから。
人格者とされるロアヌ一族だが、自分達を守るために最後の切り札・黒真珠の製法と細工技術は誰にも明かしていなかった。
強かさを持つロアヌ一族だからこそ、自治領を治められている。
そして、最も規模が小さいからこそ、ロアヌ一族は付き合う相手を吟味し続けた。
だまされればひとたまりもなく潰されるほどの規模しかない彼らは、生き抜くために人を見る目を養い続けた。
それが集約されたのが、ナティーシャ達姉弟とそれに連なる子供達だ。
誰もが欲する技術を持つから。
立地的に大陸の国に睨まれかねないから。
規模としてはちっぽけだから。
彼らは、自分の味方、もしくは、協力者になりそうな者達を選び続けた。
そのめがねにかなったのが、ジェノバ一族などの民族とルックロワーズの王(正確には当時の王太子ロナード)だった。
その人格と才智ゆえか、ナティーシャは側室の中でも特に寵愛が深い。彼女の言葉なら、ロナードは真剣に耳を傾ける。
フォーラはそれが気に入らないが、手を出せない。
ナティーシャの人徳と洞察力ゆえに。
「ここ数代、ルックロワーズの王は賢明よ。隣国の戦火に関わることを避け、国を守るために海に根ざす者達と協力を取り付けた。南方諸島もアルマディアも、きっとルックロワーズだからこそ、その手を取ったんだわ」
楽しげに言うローサに、アロルドはため息をつく。呆れたように。
「確かに、その通りだと思うが……。それではダメだろう?こちらはひっ迫しているんだ」
「いっそ、滅んでもいいくらいには思ってるんだけどね。あたしは」
「まぁ、俺もだが……」
二人にとって、祖国の存亡はどうでもいい。
いっそのこと滅びてくれた方が、二人にとっては都合が良かった。
そうなれば、自由になれるから。
「ひとまずは、動いていてあげるわ。国の為に。でも、いざとなれば、あたしは全てを捨てて逃げるわよ。共倒れなんてごめんだわ」
「そうだな」
二人は北西を見る。
祖国ガーロフのある方角。
だが、温かい記憶は何もなかった。
自分達を痛めつけた絶望だけがそこにある。
ゆっくりと、暗雲が近づいている。
それを引き寄せているのは自分達だと自覚していても、二人は罪悪感を抱かない。
ルックロワーズのことも祖国のこともどうでもよかったから。
「ねぇ、アロルド」
「何だ?」
「………その時が来たら、一緒に……」
「………どこまでも、永遠に逃げようか。俺の華……」
二人は誓うようにささやき合って、口づけを交わす。
暗雲を引き寄せ、絶望に浸る二人が、ルックロワーズの華に出会うのは、まだ当分先のことだった。
……悲恋っぽくなったような……。




