第十七話・思いを馳せる
自室でうずくまるエリーサは、処理の追いつかずにずっと混乱したままだった。
昨日、屋上でロイに告白されたエリーサは、思わずひっぱたいて走って逃げた。
逃げ戻った執務室で、待っていたのはマリファ一人。
「ロイ殿下はいかがされました?」
一人で戻ってきたエリーサに、いつも通りに淡々と聞いてきた。
何故、殿下と呼ぶのかを聞けば、イウリアが教えたらしい。
一体、どこまで知っているのか。
そう思えば、マリファからさらなる爆弾が落とされた。
「殿下は大変なご苦労をしてらっしゃったんですね……」
この場合の殿下は、エリーサのことだ。
過去形であることに違和感を覚えて、怪訝な視線を向ければ、返ってきた言葉に頭を殴られたような衝撃を与えられた。
「殿下のかつては存じております。私ども全てが」
それはつまり、エリーサが『エリノス』だったことを知っているということ。
しかも、『私ども』。それで思い浮かべるのは、自分で見つけ、声をかけた側近達。
聞く前にある程度は察していたという付け足しに、エリーサは沈没した。
細かな情報を伝えれば逆に怪しまれるかもしれない、とざっくりした情報を公開していたが、それが裏目に出たのか。
もしくは、誰でも不審に思ってしまうほど、『エリノス』の噂は信憑性がなかったのか。
様々な可能性を考えつつ、エリーサが至った結論は個人的に何より納得できた。
マリファ達が異常なんだ。
納得して、混乱から復活した。
この時、エリーサはロイのことをすっかり忘れていた。
「それで、ロイ殿下はどうなされたのですか?」
最初の質問に答えをもらえなかったため、マリファは繰り返す。
結果、せっかく忘れてた存在を思い出したエリーサは、ぼんと音がするほど赤くなって奇声を上げた。
耳を押さえてうずくまったエリーサを見て、マリファは何を思ったのか無言で退室していった。
それに気付くことなく、エリーサは意味を成さない何かを呟き続けていた。
そして、現在。
自室に引きこもるエリーサに、心配する女官達をマリファがなだめ、事情を知っているイウリアは何も言わなかった。
通常なら、長時間説教コース確定だ。
当然ながら、エリーサには恋愛経験がない。
『エリノス』の時、すり寄ってくる女性(年代様々)は多かったが、エリーサは同性愛者ではない。なので、手ひどく追っ払っていたり(わざと)、無視して逃亡していた。
たとえ、そつなく相手をしていたとしても、現状では全く役に立たない経験だっただろう。
初めて、異性に告白されたエリーサは、どうすれば良いのか分からずにうなるしかなかった。
忘れようとか、からかわれたんだとか、無理やり納得しようと繰り返し呟く。だが、そのたびに脳裏に再生されるロイの姿に、奇声を上げて動悸が速くなる。
そばを通りかかった従僕にそれが聞こえて、びくっと飛び上る事が廊下では頻発していた。数回繰り返して慣れていたが。
混乱の極みに達していたため、自分の心情に一切気づいていない。
ロイの告白が嫌ではなかったこと。
思わずひっぱたいたのは恥ずかしかったからだと。
正確には、気付こうとしていない。
心にくすぶった暗い思いが、気付くことを拒絶していた。
エリーサ自身が鈍感であることも要因だろうが…。
一つ、確実に言えるのは、はたから見れば恋する乙女にしか見えないことだった……。
※※※
頬に大きな湿布を貼ったロイを前にして、イウリアは心底嫌そうに表情をゆがめた。
「美少女顔が残念なことになってるぞ」
「誰が美少女だ」
ビシッと頭に手刀を叩き込む。
堪えた風もなく、痛いなぁ、と呟くロイにイウリアはため息をつく。
「で、お前は何で法務部長室にいるんだ?仕事はどうした?」
「マリファ殿に一日近づくなって言われてるんだよ」
「……あぁ、なるほど」
イウリアは呆れたような声で納得したと呟いた。
昨日、頬を赤くして戻ってきたロイを最初に見つけたのはイウリアだった。
告白したら殴られた、と笑って言うロイに少し哀れんでいたら、怒りのオーラをまとうマリファがやってきた。
いつも通りの無表情だが、その瞳と空気はさすがのイウリアやロイを威圧するほどだった。
思わず、距離を取って傍観態勢をとったイウリアを、誰も責められないだろう。
その場に正座させられ、いろいろと問い詰められた上に説教をくらったロイに、実質的な非は何もなかった。
だが、マリファは年齢的なものか、実際に一児の母だからなのか、エリーサに対して保護者的立場にいる。そこから見れば、ロイが全面的に悪くなるだろう。
しかも、どう考えてもあらゆる面で経験不足なエリーサに対して、ロイはどう考えても経験豊富だ。それゆえに、あらゆる責任を負わされる。
「俺としては、見たいんだけどなぁ……」
何を、とは言わなかったがその表情が非常に楽しそうであることから、察することはできる。
「お前、Sだな」
「イウリアには言われたくないなぁ」
はは、と軽く笑うロイに、イウリアは反応しない。
「どうして、言った?」
「言いたかったから」
「……状況を分かってるのに?」
「分かってるからこそ。世間的に、エリーサ王女の後見は弱い」
ガルビオン子爵家。
その歴史は古い。建国に貢献した名将クラウス=ディーター=ガルビオンを祖とする。
クラウスの妻はルックロワーズ王国初代国王の娘。その為、数世代に一人、ガルビオン子爵家には紫色の瞳を持った者が生まれる。
王家との血縁。歴史上最大の功労者の子孫。有能な官にして将の一族。
けして、軽く見てはならない歴史と家系。
現在に至っては王妃の親族。
だが、権力と血縁を誇示すれば敵を作る。
身分は低く、ひけらかすことのできない力を持つ。
どれだけ有能でも、表立つことができなければ、全ては無意味だ。
名としては絶大な効力を持つが、ガルビオン子爵家に現実的な力はない。
暗に王が後継者として認めたとしても、実績がない以上は王がかばえない。
下手すれば、内乱に発展してしまう。
「……シェルドアース王国の王弟が傍らにあることは、牽制になる、か?だが、同時にかなり危険だ」
シェルドアース王国がルックロワーズを侵略しようとしている。
そう思われても仕方ない。
次期国王として王に求められている王女に、王弟が近づいたのだから。猜疑しない者はいない。
政略による婚姻を、誰もが思い浮かべるだろう。
立場的に、不自然ではない。そして、何よりも有力な後ろ盾になる。
ただし、ロイが普通の王弟なら、だ。
「お前は先代の唯一の嫡子。現時点で、第一位王位継承者だろう」
「まだ姪が成人してないからな。成人さえすれば、俺は不要だ」
「それでも、第二位王位継承者だ。実力と血筋のある王弟と第一王女なら、大抵の貴族は前者を推す」
「残念。甥もいる」
「無事に育てばな」
まだ五つにもならない小さな甥を思い浮かべて、苦笑を浮かべる。
王侯貴族において、暗殺は日常茶飯事だ。
特に、シェルドアースでは。
妾腹の現王は有能だが、血統主義の貴族は意外に多い。そういう者は、正当な嫡流である王弟ロイを推す。というか、未だに推している。
そう言った貴族にとっては、第一王子の存在は邪魔なのだ。
「未来はどうであれ、現時点での筆頭王位継承者が次期国王有力候補の王女と婚姻を結べば、最悪、ルックロワーズはシェルドアースの属国となる」
「シェルドアースを後見として女王になった王女はいいなりになって、ルックロワーズを狂わし壊す。特定の貴族は、そう思って動き出しかねない」
ロイの言う『特定の貴族』に思い当って、イウリアは舌打ちを洩らす。
「ガラ悪いぞ」
「お前が言うな」
吐き捨てられて、ロイは肩をすくめる。
「……惚れてるのは事実だから、迷惑はかけたくない」
「すでに迷惑だ。仕事が滞ってる」
「悪い。でも、責めないんだな」
「人の感情にとやかく言えるほど、偉くねぇよ。マリファ殿も、責めはしなかっただろう」
そうだなぁ、とちょっと遠い目をしつつ頷くロイに、若干同情する。
今までの経験で、女官からこっぴどく叱られることがなかったので、説教の後、ロイはしばし呆然としていた。
「しばらくは、傭兵でいる」
「それが良いだろうな。まぁ、知ってるのは俺達ぐらいだから、特に問題はねぇ」
「ああ。今はまだ、厄介なことにしかならないからな」
少し、悲しそうで悔しげなロイの頭を、ぽんぽんと軽くたたいてやる。
立っているイウリアに対してロイは座っているので、イウリアの方が視線が高い。
上目遣いに見やれば、しょうがない、と言いたげにイウリアがため息をつく。
その姿に、ロイは兄を思い出す。
優しく強く、厳しい兄は、幼い頃、良く頭をなでてくれた。
その時の穏やかで優しい空気と感情を思い出して、ロイはふっと脱力したように微笑んだ。
「………良いよな、ここ」
「あ?」
「エリーサは人を見る目がある」
「何を…」
「誰かを思う、誰かに優しくすることが普通だと思っている者ばかりだ」
嫌そうに表情をゆがめるイウリアに、ロイは小さく呟く。
「その筆頭は、お前だよ。イウリア」
違う、と言おうとしたイウリアは口を閉ざした。
ふいに遠い故郷の記憶が呼び覚まされたからだ。
お前は優しい。優しすぎる……。
少し悲しげに呟く声が、脳裏に浮かび上がる。
久しく忘れていた故郷の光景と声の主の荘厳な姿。
それは暖かく尊い記憶。
だが、それよりもエリーサの懸命な姿が強く印象に残り、過去の映像を上塗りしていく。
わずか数ヶ月。
イウリアにとって、いつの間にかエリーサが優先順位筆頭になっていた。
かつてを思う二人。
その二人を、かつてではなく現在につなぎとめているのが自分だと、エリーサは知らない。
うっかり、番外を先にあげてしまいました……。
題も間違えるという……。




