第十六話・思いの差 Ⅵ
執務室でイウリアが暴露している時、城の屋上、夕暮れに染まる街を見下ろすエリーサは、深く息をついた。
「……何なんだ、お前もイウリアも……」
ライアンの言うとおり、ガウフ達の自業自得だと分かっている。それでも、けして拭えない妙な罪悪感を覚えた。
「人間」
「そういうことじゃないっ!」
おちょくっているとしか思えない返答に、振り返れば声とは違って真剣な表情でロイは立っていた。
予想外の表情に、息をのむ。
「聞きたいことがあるのなら、聞いたらどうだ?」
「答える気はあるのか?」
「なければ言わない」
「……そうか」
深呼吸を一度。
心を落ち着かせて、東部・南部諸国では珍しい濃い朱色の瞳を見据えた。
「何故、ここに来た?」
「かつて会った、幼い王子の不可解な噂、そして、その死と同時に現れた王女の存在。疑問を持つのは普通だ。知っている者ならば」
「…どうして、偽る?」
「本当の名と身分は、不便すぎるから」
エリーサの脳裏に、さっき読んだ手紙の内容を思い出す。
十日ほど前、部下に依頼した仕事結果。
「……サヘイラス伯爵家には、傍流として同じ名の子爵家と男爵家がある。それらには、確かに男子がいる。だが、跡取りとする長男がいるだけで、他は女子ばかりだ」
「良く、上位貴族の家系内情を調べられたな」
「そういうことに精通している者だからな」
「……なるほど。で、もう、知っているんだろう?」
「王太后の生家の名を名乗るなど、生半可な地位と立場ではできない」
「下手すれば、不敬罪で処刑だ」
「だが、お前ならできる」
言い切ったエリーサに、ロイは口元に小さな笑みを浮かべた。
「シェルドアース王国第二三代国王レイモンド=ルイス=シュレディオンの異母弟、ロイ=ベルガ=シュレディオン。王妃を母とし嫡子として生まれながら、王位を捨てて国を出奔した貴方が、何故わざわざ他国の王族に関わる?」
「……真実が知りたかった。それだけだ」
納得いかないと言いたげにエリーサが表情を歪める。
それに笑みを苦いものに変えて、ロイはエリーサの右手をとる。
「幼い頃、一度だけ会った君に、心惹かれた」
その時は、王子だった。男だから、興味や親近感だと思っていた。
ロイとエリーサの立場はよく似ている。
強い後見を得ながら末子として生まれ、けれど国を引き継ぐ立場にある。
「王族に、王家の跡継ぎとして生まれた。でも、嫌気がさして国を出た」
『王子』の身分にまとわりつくものに、その重さに耐えられなかった。
「去年、そのことを少し後悔した。君に会えなかったから」
立場を捨てたことで、心惹かれた存在と再会できなくなった。
「その後、王女の存在が明らかにされて、シュヴスを与えられたと知った。大抜擢ともいえる境遇に、興味を持った。調べれば、聞けば、分かってきた。」
その理由はすでに告げてある。
かつて出会っていたからこそ、感じたもの。
「来てみたら、『君』だった」
ゆっくりと、膝をついてエリーサの右手の甲に口づける。
見上げれば、時が止まったように固まるエリーサ。
にっと少し悪そうに笑えば、硬直から溶けたエリーサの顔が瞬く間に赤くなる。
「最たる理由を言おう。エリーサ。俺は君が好きだからここに来たんだ」
王族としての覚悟と思いは、彼女に遠く及ばない。
自分は逃げてしまったから。
それでも、彼女を思う気持ちは確かだから。
誰かを愛するという気持ちは誰にでもある。
たとえ、相手の気持ちが自分の気持ちと同じではなくても。
同じ思いを抱いても、そこに差は生じる。
それでも良い、かつての後悔をしないため、側にあると誓った。
放棄した全てへの思いより、たった一人への思いが、強かった。
ただ、それだけのことだ……。
正体判明、なので……主要登場人物を変更します。
ロイは王様に向いてません。絶対。




