第十四話・思いの差 Ⅳ
男達の素性や生い立ちは似たり寄ったりだった。
農家や職人などの家に生まれたが、次男以降であったため、後を継げなかった。
貧しい農家では土地を分けることもできない。必然、彼らは養子に出されたり、他家に婿養子として入ったり、そうでなければ出稼ぎに行く。
ほとんどの場合、商家などに養子に出された。
大変なのは、出稼ぎに行った者だ。
雇われの身である為、多少理不尽があっても飲まざるを得ない。どんな小さなもめごとでも、起こせばそこで終わりだ。一度解雇されれば、その街ではもうまともな働き口はない。
街単位で情報が共有される為だ。
次男、三男はまだいい。四男や五男やそれ以降になると、家族からもおざなりにされたりする。
精神的にかなりの過重を感じ、その欝憤が一人になって溢れ出すのは当然だったのだろう。
周囲から白眼視されれば、鬱憤がたまって溢れる。
それが繰り返される。
故郷に戻っても厄介者扱いされて、居場所がない。
悪循環に、犯罪じみた行為に手を出す者もいた。
だから、今回の自警団設立は男達にとって再起する絶好の機会だった。
普通なら……。
※※※
「不当な面接結果、か……。そう思う根拠は何だ?」
「根拠だぁ?おれらは省いといて、ガキとかばっかじゃねぇか。どう考えてもおかしいだろうが」
「立場を考慮した。お前達だけではなく、長男や独立している者も落としている。ただ、お前達とは違って、彼らはちゃんと理由を聞いて納得して帰っていった」
嫌味を混ぜたエリーサの冷たい声に、ガウフは必死の虚勢でドスのきいた声を出して抵抗している。
だが、わずかに震えている。
エリーサの気迫に押され、完全に負けている。
「じゃぁ、理由を聞いてやる!何なんだよ!」
負けているのを認めたくないからか、必要以上に声を張り上げる。
だが、周囲からは多くのため息が漏れる。
上から目線、虚勢、立場の無理解……。
ガウフ達は自分達の置かれている現状を認識できていない。
この場にいるのは、彼ら自身を除けばすべて敵だ。
「何様、て感じだなぁ」
距離を取って、傍観者として呟くロイの声は、誰にも届いていない。
だが、誰もが思っていることだった。
「……故郷に対する愛着も守ろうとする意思もない者に、自警団の紋章を背負わせるわけがない」
それが理由。
彼らが再起できる絶好の機会。そう、彼ら自身が思っていれば、何も問題はなかった。
根無し草で喧嘩が強い。
こういうった男達を自警団に登用出来れば、治安の改善にもつながる。
それをエリーサ達も考えていた。だからこそ、重点は彼らの雇用だった。
実際、面接を通過した者の半分はガウフ達と同じような男達だ。
今までの罪滅ぼしを、親孝行を、恩返しを。
そういう男達の声と瞳が、本気であるとベレニセは判断したから通した。
ガウフ達は、自身の強さを誇示して当然、と言わんばかりの態度でどこにも故郷への思いは感じられなかった。
下町で相談事を受けていたベレニセだから、人を見る目がある。それらを見抜き、自身のためにしか動かないだろうことを、悟った。
他の面接を担当した軍人も同じような評価を下していたため、ガウフ達は落とされた。
「守る、という意思。ここで生きる、という意志。何よりも、共に歩む、という決意がない。お前達には、心がない」
きっぱりとした声は、大きく張り上げられたわけではない。荒げられたわけでもない。
だが、演習場の隅から隅まで響き、全ての人の動きを止めた。
「見返したい、そう思う者に武器を持たせられない。仕返しを、そう思う者に権限を託せない。自分の思うままにしたい、そう思う者に命を預ける者はいない」
見上げる瞳に、苛烈な光がきらめく。
怒りが、殺意に変わる。
「領主にとって、領民は命。領民の存在こそが領主の生命線。それをお前達に託そうとは思わない。託せるとは、私は思わない」
殺意を受けて、ガウフの顔色が真っ青になる。
だが、と続いたエリーサの声に、ガウフ達は愕然とする。
「お前達も、民だ。だから、再起を望むのなら、そう言ってくれれば、手だてを用意していた」
ただ、切り捨てたのではない。
次を望む意思を、思いを待っていた。
「……地下街の治安維持と取り締まりのため、それらの空気に慣れている者を探していた。そして、それなりに力技ができる者を」
当てはまるのが、ガウフ達だった。
そう思って、エリーサの中では警備隊の構想ができていた。
イウリアに言われてずっと考えていた。新しい警備隊の編成内容。
現在の警備隊を軍にした後、新しい警備隊に地下街担当を作ろうと。
それはロイと一緒に、地下街に足を踏み入れた時に思ったこと。
必要部分での違法は見逃せばいい。ただ、命を踏みにじって利を得ることは見逃せない。
それを、厳しく律するために。
言葉を失い、ガウフ達は固まる。
それを見上げていたエリーサは、ゆっくりと瞳を閉ざした。
「…この演習場は、領政府管轄の土地。関係のない者の立ち入りは許可されていない。お前達は無関係、その上、関係者に対して暴力を振るおうとした。拘束させてもらう」
エリーサの気迫に飲まれていたベレニセが、我に返って周囲で固まっている軍人達に指示を出す。
のろのろと動きだすより早く、わなわなと震えるガウフがエリーサの胸倉をつかむ。
「だったら最初から言やぁいいじゃねぇか!めんどくせぇことしやっ……」
軍人が駆け付けるより早く、つかみかかっているガウフの腕を誰かが叩き落とした。
「自分の立場、わかってんのか?」
冷ややかな声で、自然な動きでエリーサを抱きよせて、木剣をガウフに向けてロイが微笑む。
一切、目は笑っていない。
というか、いつのまに移動したのか。
数人の軍人が、ロイがいたはずの場所と現在位置を交互に見ている。
「殿下がおっしゃっただろう?お前達には心がない。だから、最初から救いを差し伸べては意味がない。つけあがるし、調子に乗るし、与えられた権限と身分を振りかざしかねない。治安維持のためなのに、それでは本末転倒だ」
瞳を見開いて見上げてくるエリーサを一瞥して、ロイは笑みを深める。
「お前達に、ほんのわずかでも家族を故郷を思う心があるのなら、下がれ。それが、お前達に出来る、殿下の温情への心の示し方だ」
凄みのある微笑みが、反論を許さない。
言葉に押されたのか、感じるところがあったのか、一歩、ガウフが下がる。
「お前達が、殿下につっかかるのは、分かっているのに認められないからだ。思いがあるのに、否定し続けているからだ。何よりも、殿下の思いとお前達の思いには差がありすぎるからだ」
「……差…?」
思わず呟いたのは、エリーサだった。
それに対しては反応を見せず、ロイは続ける。
「深さ、広さ、覚悟、決意。それらの全て、それ以外の全てが。お前達は、いざとなれば逃げてしまうだろう。所詮、その程度の思いと心だ。だが、殿下はきっと、命を懸けてその思いを、心を遂げようとするだろう」
その差だ、と。
自身の心と行動、言動の全てに命を懸けている。
いざとなれば逃げてしまうことを考えている者とは、深みが違う。
エリーサ自身、自覚していなかったことを言われて、半ば呆然としていた。
だが、納得した。
周囲の誰もが、ロイの言葉にすんなり納得した。
「いい加減、自分の立場と心を理解しろ。自分のしっかりとした思いを理解してから、相手に挑め。相手が確固たる信念と意思で立っている限り、お前達は惨敗するだけだ。………さぁ、お前達は、理解しているか?守るという意思、生きるという意志、それらがあるか?共に歩む決意はあるか?再起を望む心はあるか?…………応えてみろ」
声は、返らない。
ガウフ達は、自身の心の醜さを突きつけられて。
エリーサは、豹変したロイの言動に驚いて。
完全に、場を支配するロイの微笑みと空気に、誰も何も言えなかった……。




