第十三話・思いの差 Ⅲ
成人前の子供の胸倉をつかみ上げる体格のいい男達を目にした瞬間、エリーサは視界が赤く染まったような錯覚に陥った。
ダニエルから事情を聞いて、全力疾走してきて、呼吸は荒く乱れている。
それが急速に治まり、困惑していた頭が冷静になる。
自分でも意識しないままに、今までにないほど厳しい声が出た。
「あ?」
エリーサの命令に、リュトをつかみ上げる男が眉を寄せる。
小柄な少女の登場に、ちっと舌打ちをする。
「領主はどこだ、小娘」
リュトは自分の状況を忘れて瞳を丸くし、ジョイスはポカンと口をあけている。
軍人達も一瞬、自分の耳を疑い、ロイは口元をおおって笑いを抑える。
確かに、一般市民ではエリーサを領主だと分かる者はいないだろう。
だが、男達を含めて、自警団希望者の前で、エリーサは挨拶をしている。面接を通った者は知っているから、確かだ。
男達が覚えていないのは、つまり、そういうこと。
エリーサの服装が麻の簡素な者であることも理由だろうが、その特徴的な美貌は見間違えようがない。
「……礼儀知らずだな、東部ガウフ=ホウセ」
「は…?」
自身の名と出身を言い当てられて、ガウフは一瞬ポカンとする。
「同じくゾルドス=ギィ、北部ホアン=ラン、ギィス=ファゼルク、南部セヴルス=アール、ドゥオ=ワォン………なんだったら、全員の名を言ってもいいが?」
前に立っている男達の表情が驚愕に染まる。
「てめぇ……」
「二度目だ、ガウフ=ホウセ。その手を離せ」
ドスをきかせた低い声に、ビクッと震えた腕からわずかに力が抜けて、リュトはその隙に抜け出す。
膝を曲げて着地したリュトは、そろりと上目づかいにエリーサを見上げる。
瞬間、心臓が凍ったような錯覚に陥った。
(……怖い……)
絶対的な恐怖を感じた。
間近で、その視線を知ったからこそ、感じた。
自身に向けられたわけではないのに。
完全なる無の表情。
凍てつくような怒りを宿した瞳。
厳しい声と突き刺さるような言葉。
正面からそれを受けたガウフは、無意識のうちに震えていた。
「要求があるなら話せ。自身よりも小さな物に暴力をふるって、無理矢理に主張を受け入れさせようとするな」
言外に、恥知らず、と言う意味をこめて感情を抑えた声は、ともに来たベレニセとダニエルを震えさせた。
「な、なんで、てめぇに……」
自覚していないのだろうが、声が震えている。
「私が領主だ。話せ」
手短に言い放ったエリーサに目を見開き、次いで、何かに気付いたように表情をゆがめる。
ここにきて、見覚えがあることに気付いたのだろう。かなり鈍い。
エリーサは、十六年の人生の中で、今、一番怒っていると自覚していた。
見覚えのある男が、華奢な未発達の少年をつかみ上げているのを見て、冷静でいられる自分を不思議に思った。
実際、冷静ではなかった。
怒りが臨界点を突き抜けて、全てのリミッターが降り切れている。
いつも、無意識にかけているリミッター。
自分が優れているとは思わないが、人よりも多少できる自覚があるからそれを抑えるようにしている。ちなみに、ファルドスにも呆れたように忠告されたのだ。
過ぎた力は、尊敬と憧憬、同時に恐怖と忌避感を覚えさせるもの。だから、表に出さない方が良い。
目立ちたくないと思うのなら、なおのこと。
だから、抑えてきた。
王宮ではうつけに映らなければならないし、誰かに認められて近づかれることが怖かった。
抑えることが日常になって、無意識に当たり前になってしまうほどに。
抑えることを辞めた今、エリーサの手には剣がない。
元より争い事は嫌いだから、常に持っているわけではない。
だが、すべてが終わった後、エリーサはこの時自分が剣を持っていなかったことに酷く安堵する。
それほどまでに、この時のエリーサは危なかった。
下手をすれば、ガウフ達を斬り倒してしまいかねないほどに。
……何気に危ない人・エリーサ。




