第十二話・思いの差 Ⅱ
ダニエルが執務室に駆け込むよりも前、演習場で多くの軍人が鍛錬に励んでいた。
演習場の一角で、ロイはリュトに頼まれて剣の指南をしていた。
その表情は、弱弱しい苦笑だった。
「……剣は、止めた方が良いな。向いてない」
「やっぱり、そうですか……」
周囲に散々言われたので分かっていたが、再度はっきりと言われてうなだれる。
悄然とする最年少(軍部内)に、周囲も苦笑いを浮かべている。
リュトの正確な身分は、見習い。
基本的に、官吏も軍人も成人していることが大前提なので、十二歳のリュトは見習い身分。
同じように成人未満の少年は数人いるが、全員、リュトより年上だ。
「素手での格闘術か、短剣術を鍛えた方が良い」
「指揮官にも言われました」
がっくりとしてため息をつくリュトに、ロイは何と言っていいのか分からない。
(基本的に、オレは何でもできるからなぁ……)
苦手なのは弓ぐらいだ、と思いながら小さな頭をなでる。
かける言葉が見つからないので苦肉の策だが、リュトは予想外に癒されてくれたらしい。
肩の力を抜いて脱力した笑顔を浮かべる。
(……おぉ、弟ってこんな感じか…?)
ロイには弟妹がいない。
兄弟自体が少なく、兄が一人いるだけで、自分より小さな子供と接する機会がなかった。
だから、今の状況にわずかな感動を覚える。
「リュト!!」
演習場の入り口から、一人の男性がリュトを呼んだ。
「お前に客だ!」
「客?」
男性の横からひょっこりと顔を出した少女に瞳を見開く。
「ジョイス!?」
チェスティア商店で修行中の幼馴染ジョイス=エンマが、軍部の敷地に来るのは初めてだ。
驚いて駆け寄るリュトを見送って、ロイは口元を歪める。
(さて、どうする?ラフィー。騒動がやってきそうだぞ?)
遠く、不穏な空気が近づいているのに気付いて、城の方に視線を向ける。
そこにいる、想い人がどう動くのか、ロイは楽しみにしていた。
……若干、愛情が歪んでいるように感じられた。
「えぇっ?!」
ロイが完全に傍観態勢に入ったと同時に、リュトが驚きの声を上げた。
慌てたように身ぶり手ぶりで何かをジョイスが話している間に、他の軍人は日陰などで休憩に入っている。
驚愕に固まっているリュトと、困ったようにそわそわしているジョイス。
幼い少年少女の様子にほとんどが首を傾げていると、荒々しい足音が聞こえてきた。
がたいの良い男達が、ジョイスを乱暴に押しのけて入ってくる。
押されて倒れたジョイスを支え、リュトが眉を寄せる。
「おい、小僧」
少女を押しのけておきながら、偉そうな男にリュトが怒りを覚える。
「領主を呼んで来い」
「……あんた、何様だ」
周囲が年上ばかりで、軍人(見習い)として職についているため、礼儀として常に敬語のリュトだったが、さすがに今回はそれが外れた。
王女であるエリーサを呼べという非礼もそうだが、人としての礼儀すらない。
「小間使いのガキが、生意気な口きいてんじゃねぇ。とっとと呼んで来い」
どう見ても成人しているように見えないリュトを、軍人とは思わなかったのだろう。
「……生意気なのはそっちだろう。というか、王女殿下に会いたいなら面会の申し込みをすればいい。役所の窓口でできる」
エリーサ自身が直に声を聞きたいとして設けた窓口だが、今現在、申込者は四日に一人いるかどうかだ。権力者と直に会えるということに懐疑的な民が多いのだ。
「けっ。上から見下ろして何が面会だ」
ちなみに、エリーサが提示したのは、謁見の間で行う『謁見』ではなく、大広間で同じ位置に同じ椅子を置いて向かい合う『面会』である。
男の言うようなものではない。
「……あんたら、自警団人の面接で落とされた人らだな」
「それがどうした」
「まさか、逆恨みして……」
「逆恨みじゃねぇ!お偉い奴らはおれ達みたいなのが嫌いなんだよ!いつの時代もな!!」
「勝手に決め付けるな!」
立ち上がりざま叫ぶリュトに、ジョイスも同意するように頷く。
休憩していた軍人たちも不快気に眉をひそめている。
(本当に、殿下がそういう人間だったら、自分の足で街を歩くもんかっ!)
一緒に街を歩いたからこそ、何の隔意もなく民の生活を知ろうとする貪欲な姿を知っている。
何よりも、純粋に楽しみながら知識を吸収する、年相応の姿を見ては、男達のようには感じられない。
リュトのように知らない軍人達でも、空いた時間にベレニセやロイ(最近)などを相手に鍛錬している姿を見ている。同じように簡素な動きやすい服を着て汗だくになるエリーサを見て、好感を抱かない者はいない。ちなみに、ちゃんと仕事をこなした上であることも理由にある。
「あんたら、落とされた理由をちゃんと聞いたのかよ!聞こうともしないで怒って、飛び出したんじゃないのか!?」
図星だったのか、男達が怯む。
それを見て、リュト達が怒りを募らせる。ロイは視界の端で、人影が城の方に走っていったのを認めて、笑みを深める。
十分ほど、穏やかで控えめなリュトが男達相手にまくしたて、男達が怒鳴り返し、という応酬を続けた。
「うるせぇっ!いいから、とっとと呼んで来い!」
ガッと胸倉をつかみ、体格差を利用してつるしあげるようにリュトの小柄な体が宙に浮かぶ。
首がしまって息がつまり、苦しそうに表情をゆがめてもがく。それを見て、さすがにやりすぎだと軍人達が動こうとする。
それより早く、怒りを含んだ静かな、けれど、どこまでも厳しい声が響いた。
「その手を離せ」
誰もが視線を向けた先で、息を乱しながらも瞳に怒りを宿して凛と立つエリーサがいた。




